強き意思・その理由
どうでもいいんだ、僕は諦めたんだ。
今度こそ、本当に終わりだ。
「?」
不安定な場所にいた。
ゆらりゆらりと体が流され、自分すら曖昧な気持ち。そこかしこで、光が点滅してるような。してないような。息苦しくはない、どこなんだここ。
不思議と不快感はない。ようやく、楽になれた。感想としては、そんなもんだ。
「もう、辛い修行なんてないんだな」
ねぇよ。ていうかよ、元々そんなもん必要なかったんだ。
考えてもみろ。僕みたいな落ちこぼれが必死に頑張ったところで、大したことが出来る訳もない。スカイラウンド優勝?無理無理。夢、見てんなよ。
へとへとになって、ボロボロになって、それで何が得られたよ。努力の量に見合わない、少量の銅貨だけだろうが。とても欲しいものなんて買えないぜ、こんなんじゃさ。
しかも皆、横でじゃらじゃら金貨を鳴らしてやがる。
やってられねぇよな、クソみてぇだ。
「そんな糞みてぇな頑張りを、続けてきたじゃねぇか」
その通りだ。僕は、続けて来ちまったんだ。
せっせと、せっせと、割に合わない行為を繰り返してきた。
【八歳ぐらいの時。ある日、体力作りのために王都中を走り回ったっけか。あんまり熱心にやり過ぎて、暗くなってから帰宅して、メイに心配かけて怒られたな。懐かしい】
・心配かけちゃだめッ!!ロインのばかッ!・
【その後、限界が来てベッドに倒れ込んだんだ。やり過ぎだ。体、壊すぞ】
「微笑ましいな」
忌々しいよ。今となっては、ただの徒労だった訳だ。めっちゃ疲れたんだよなぁ、苦しかったんだよなぁ。
やりきった時、嬉しかったんだ。本当によ。
少しでも、高みに近づいていると思い込んでいた。
止めときゃ良かったんだ。昔の僕。それは無駄になるぜと、教えてやりたい。
勘違いしたまま進んで、こんな所まで来た。とうとう、完全に折れちまった。
「決意してますよみたいな振りして、あっさり折れてんもんな。笑ったわ」
笑うなよ。辛いんだぞ、あれ。自分なんだから、分かるだろ。
今までの信念だとか、誓いだとか、想いだとか、それらが下らねェ綺麗事に思えてしまう程の、圧倒的な苦痛の嵐。
ただひたすらに、アレを味わいたくないと願い、震える。
勝つために、どれほどの苦痛を受けるのか。想像したくもない。
もう、戦えねェよ。恐怖しか、ないんだ。
「情けなくならねぇか」
なった。当然だろうが?
一度立ち上がれなくなって、あのいけ好かない練兵長の野郎に言われて、二人のお蔭で再起した風を装って、恥ずかしい宣言かまして、なんとかやっていけてる!とか、思ってたんだ。
それが、あれだぞ。
誰だって、ダサいと思うだろ。
「ああ、僕も思ったぜ」
だろう。あのクソ野郎の言うことは、正しかった。そうなっちまった。
結局、こんなもんだったな。落ちこぼれの、人生ってやつは。
【九歳の頃、僕は努力によって運命を変えた気になった。学校で優等生として知られる奴を、授業で負かしたのだ。僕の時代が始まった、とか考えてたよ……】
・やるー!あたしとも戦って!・
・お前は、やれば出来ると思ってたぜ!・
・格好良かったよ、ロイン・
【まぐれっぽい部分もあったが、単純に嬉しかった。メイに、あんなこと言われたし。ジョージの奴は、調子良いこと言ってたぜ。メリッサに、全力で戦ってと迫られたな】
「あったあった、そんなこと!戦いたくねぇよな」
理由は一つじゃないがな。やっぱ、綺麗な女性とは戦いづらいんだ。どうしても、惹かれちまうところあるしよ。
そのことで、ジン太とかに注意されたっけな。ちゃんと集中しろって。
「言われるわ。そりゃ」
弁解させてもらうと、集中してないわけじゃないんだ。ただ、人間なんだから少しは気を取られる時があるんだって話。
超人でも何でもない、ロインだ僕は。
「……それじゃあ、仕方ないよな」
それが言いたかった、しょうがない。ここが限界だ。僕の力じゃ。それを言い訳に、逃げるとしよう。
色々足掻いたりもしたけれど、休もうぜロイン。
この、結論が決まってる一人語りも終わりにして。
「ごめん、ジン太」
僕の、親友。家の屋根の上で、夢を語り合ったこともあった。巻き込んでしまった、愚かな自分が憎い。
こんな僕だけど、人間関係だけは恵まれていた。迷いなく、そう断言できる。
【ぶっ倒れた時、面倒を見てくれたメイ・よく修行に付き合ってくれたメリッサ・地味だけど、色々なサポートをしてくれたジョージ・支えて励ましてくれた先生・シャドウトライアングルの同士三人・堅物風の風紀委員長……】
本当に、僕には勿体ない良い奴等ばっかだ。
それに応えられなかった、巻き込んだ挙句に、勝手に楽になろうとしてるクソ野郎には過ぎた、大事な繋がり。
だが、クソ野郎には無理なんだよ。もう。
……そろそろ、幕を閉じよう。
意識を完全に手放し、甘美な怠惰に沈もうぜ。僕は、充分に頑張ったよ。何も見ないで、さっさと現実から離れよう。
・泣かないで、ロイン・
無価値な落ちこぼれが、無様に頑張って、無情に無責任に散っていく――無駄な努力の、下らない人生。
僕は悲惨、観客は歓喜。傍から見たら、ただの喜劇さ。
「滑稽な喜劇って、こんな感じか」
空回りばかりの人生に、いみなんてあるのか。ないな。なにもしなければ、こんなこともなかったんだろう。
心底やめときゃよかったよ、こんなむだなこと――。
「――――無駄な努力なんてねェよッッ!!!」
「――」
いつか聞いたような糞喧しい声に、引き戻された。
暑苦しいんだよ、ジン太君。
「……また、お前か」
ようやく、楽な場所に行けると思ったのに。
やっと、諦められると思ったのによ……!
【十四歳の頃。よく晴れた日に、太陽に負けないぐらいの熱血野郎に出会った。人生は良いもんだとか、努力は価値あるもんだとか、ベストを尽くせとか】
ああもうとにかく、うざったい野郎だったよお前は。
今も昔も変わらず、空気が読めない熱血漢。
情熱だけは無駄にある、僕と同じ落ちこぼれ。
【腐っていた、努力を自分を信じられなかった時期】
――あの時も、人を遠慮なく引き戻しやがったよな……ッ!!
「……ッ!?」
頭が痛い。ずきずきする。
視界が晴れて、信じ難い光景が入ってきた。
「オオおおおおッッ!!」
「ギャハハッ!」
次々と色が切り替わる壁の中で、巨人と戦うジン太。剣をさばき、かわし、立ち回っている。それなりの出血が見られ、動きも鋭さがない。
精神負荷の影響なのか?
なんで負けそうになってんだよ、ふざけんなよ。
テメェは、その程度じゃないだろ?
「……ア」
重い体が、小刻みに震える。だから、見たくなかったんだ。
これじゃ、僕が戦わないといけなくなる。
また、戻る破目になってしまうだろうが。
止せよロイン。どうでも良いんだろ。そう言ったじゃないか。
「……どうでも良い」
そうだ、立ち上がらなければジン太が死ぬだけだぞ。
大切な誰かが、いなく、なるだけ?
【ロイン】
どうでもいいことなのか、それは。
「――――わけ、ねェだろオオオオオォォォッッッ!!!」
錆び付いたような肉体を、無理矢理動かした。手元に落ちてる剣を、震える手で強く握った。諦観とか、後悔とか、絶望とか、恐怖を引き摺りながら、思いのままに走り出す。
「ア……アッ」
足を引っ張るんだ、先程刻まれた苦痛が。
涙と鼻水と涎が止まらないんだ、怖すぎて。
【ぐりぐりぎゅりぎゅり】
本当に本当に、逃げ出したい筈なのに。
「アアアああああああァッ!!」
それでも止まってくれないんだ、僕の足は。
其処に、失いたくない人がいる限り。