人と化け物
闘技場上空にて、赤い大きな光が迸った。
「けっ、決着―ッ!!期待の外部枠ッ!!シリウスを、撃破―ッ!!えっ、やばくねっ!?校長ッ!!」
審判者による、決着の合図。それに追いすがるように、闘技場が一斉に沸く。
困惑・歓喜・侮蔑・尊敬……渦巻く感情は様々で、溢れて止まらず。
「どうなってんだよっ!何が、起こったんだっ」
「一撃で、やられたのか!?天上学院生、しょぼくね!?学校は何を教えてんだよ!」
「いやいや、男の方も凄かっただろ」
「ぶはっ!あんなヒョロ女に負けるとか、だせぇっ!」
「んじゃ、おめぇ勝てんのか?凄い動きだったぞ」
「ふぅ……ちょっと満足」
歓声は更に沸き、注目の目を向けられる円リング上のフィルは、落ち着き冷静。観客の反応など、どこ吹く風。
颯爽と短い石段を下りて、チームメイトの元へ。
「すごいぜ!アンタ!ロインの野郎が頼むだけあるな!」
「ほんとだ!見ろよ!あいつら!あんな偉そうなこと、言っといて!」
チームメイトの男二人が指差す方には、白目でリングに伏せた選手。
涎を垂らした間抜け面をフィル達に向ける、相手チームの最後の一人。フィルを舐めきっていた男だ。
彼は青い光に包まれ、少し経って姿が消えた。
治療・休息が必要と判断された選手は、闘技場の一室に送られる。
「全員、治療室行きか。フィルさん容赦ねぇな」
既に、試合は決している。
圧倒的な強者に、蹂躙される形で。
「くそが!見かけ倒しかよ!賭けてたのによ!あんな小娘にやられるとかっ。おれなら、楽勝で叩きのめせるぜ!」
「いいぞー!お嬢ちゃん!おじさん、惚れたぜ!」
「凄いなー、あのチーム。一人少ないけど」
「応援するぞー!頑張れー!」
「外部の癖に!調子に乗るなよ!」
「他のもあのレベルなのか?優勝候補じゃね?」
「格好良いなぁ……憧れるぅ……」
「がたがた震えてやがったぜ!相手の奴!」
「気持ちは分かるよ。味方の俺達もビビった!あの速度……殿堂入り選手並じゃないか?」
「さすがに大袈裟じゃないか。それよりも、防御と攻撃だろ!ハンマー粉々だぞ!」
称賛と畏怖の念。味方からでも、それはフィルが向け慣れたものだ。
「相手が、油断してくれたおかげですよ。そうでなければ、どうなっていたか……ああ、恐ろしいです」
怯える様子を、フィルは見せる。
凄まじく白々しい、謙遜であった。
「またまたー、余裕でしょうよ!」
「え?……いえ、本当なんですが」
「アンタのブレード、やばすぎだって!波動が、まるで見えなかった!」
当然ながら、通じず。フィルは、若干渋い顔。
「……それは」
「あの女性は、使ってない。ブレードを、展開していない」
戦闘を注視した、学院屈指の猛者であるアッシュ。彼の観察眼は、そう結論を下した。
真面目にフィルを見据える瞳には、強者に対する敬意の念あり。
「あたしも同意見だけど。身化だけで、あれを砕いたってこと?まさかっ。ブレードとストロングを併用しないと、とても拮抗できないわよ!」
「しかし、波動……外見上の変化が見られなかったのは、確実だ。如何なる仕組みか……」
「……想像が、膨らむわね。……ふふふ」
思わぬ強者の登場に、メリッサは楽し気ににやけた。
どう戦うか、どうやって手合わせしてもらうか、思索は急回転。しているなと、微妙な顔で思う友人アッシュ君なのであった。
嫌がる相手と戦うような真似はしないと考えるが、いざとなったら自分が止めないといけない。とも、思った。
「おれが、しっかりせねば」
闘技場上空の青空を見て、決意固める真面目男。
「――♪」
期待に胸を膨らませるメリッサと、不安に胃を痛める苦労人。
「……」
メイは、どちらの感情も抱きながら、スカイラウンドの行く末を案じる。
「――大して期待してなかったが、面白いのがいるじゃないか。華を失った、下らん舞台の割には」
観客に紛れて、その異物は存在していた。
緑の髪を長く伸ばし、眼鏡を光らせる女性。やぼったい服装に身を包み、猫背の体勢。見つめる先には、己と【同類】の観察対象。それは興味深く、彼女は好奇心をくすぐられる。
(女。あの、強靱な肉体。一瞬見えた、右腕の輝きは。――結晶か)
ジュアには、心当たりがある。あの異常な強度、フィルの正体について。
「結晶族」
非常に強固で、虹色に煌めく綺麗な肉体を有す種族。
(かつて起きたスタルトとの争いにおいて、滅んだと聞いたが。生き残りがいたか。スタルトと言えば、強力な戦士・天上の一人と同じ名前……関係、あり)
あの女は、自分の研究に利用できるかもしれない。
(【機械】を使用しての実験は、かなり手間を省ける。効率は、以前の比じゃない。それでも、足りないんでね……!)
ジュアは、とんだ収穫があったとほくそ笑む。
「フィルさーんっ!怪我はないっ!?」
「……?」
最前列の方に、観客席から身を乗り出す少女を見つけた。
(「フィルさん」ね。赤髪、関係者か――)
ジュアは一瞬考え。即座に、その考えを切り捨てる。
(必要ない。……もう少し、様子を見る)
眠気で吹き飛びそうな意識を研ぎ澄ませ、見ることに徹する。
(それにしても、凡夫とは。いや、それ以下か)
視線が向く先、少女の両手。
包帯巻かれた、努力の跡。
(――無様)
嘲りの笑みが、彼女の表情を塗り尽くした。
●■▲
「鍵を、手に、いれた……ん」
薄暗い空間で、左手に掲げし銀色の鍵。
取り出す際に宝箱を開けるのすら、辛い状態ではあるが。
「達成……だ。ぜ」
がくりと、地面に右の手と膝を着く。
掌から、冷たく湿った岩の感触が伝わってきた。額には、天井から水滴が落ちてきた。
「転ばなくて、よかった……」
視界が悪く、湿った洞窟内で、激しい戦いを終えた僕達。
苦労の甲斐あり、最終修練の場に繋がる鍵を入手した。
「しっかり、守ってんだからよ……っ」
宝を守る番人は、当たり前のようにそこに立っていた。棍棒の攻撃はいくつもの破壊跡を岩肌に残し、迂闊に近づけないほど凶悪だ。いまいましい限りだな。
なんとか鍵だけ入手できないかと、試してはみたが……。
(宝箱、びくともしやがらねェ。ありゃあ、倒さないと開かない仕組みか……)
開くことも、持っていくことも、不可。
結局、先に進むためには修練の必要ありありで。
ジン太との連携で、隙を突いて倒した。ちゃんと観察すれば、隙は見つかる、それなりの分析は出来る。時間・神経と交換、だが。簡単に見極められるもんじゃない。出来たら、化け物だ。
おかげで精神は磨り減った。何が何でも、修行を勧めてくるらしい。スカイフィールドさんは。
「大きな、お世話だっ」
とは言うものの、達成したんだが。
このスカイフィールドの戦いで、僕の精神も磨かれていったようだ。今では、簡単に動じない精神を持つようになった。
当然だ。こん、こんなに、辛い思いをしててて、るんだから。それぐらいの事がないと、納得いかねええ、あ、ああああああああああああああああああぁああああああ。
「ロイン」
あ?ああ。
なん、だよ、ジン太。
「ぼくなら大丈夫だ」
――そうでも思わねぇと。狂っちまう。
しっかりしろ。忘れるな。
「……」
深呼吸。落ち着け。
僕はロイン。遥か高みに手を伸ばす者だ。こんな所で、くじける男じゃない。
「……いよいよだ。やってやろうぜ」
「……ああ、全力を尽くそう」
定まらない意識に足をふらつかせながら、出口へ向かって進んでいく。
左手には、しっかりと成果を握っている。
暗闇の先にある光明は、まだ遠くに感じた。