着地
薄茶髪の巨人と、黒の怪物。
シリウスを襲う嵐は、静けさを保ったまま。
「――戦闘方法不明。というか、データ皆無です。外部枠なんで。固定武器が出現しなかった所を見ると、ボディか、もしくは特殊でしょうが。あの闘技場は、そちらに対応していませんし」
熱気沸き立つ観客席の三段目に並んで座る、男女三名。
衣服こそ凡庸なものであるが、その三人は周囲の観客とは違う雰囲気を持っている。種別は、戦士。
「フィル……さて、お手並みを見せてもらおうか。……あの怪物と、同じ名前を持つ者よ」
「……アスカールの北東、かつての強国・スタルト。それを支えていた、傭兵集団・天上の【黒滅鬼】の事、ですね?……味方が十なら既に死、百なら諦め、千なら――信じ、逃げよ。大袈裟な話ですが」
「我々を意識してるよなぁ。その集団の名前」
「でしょう。気になりますね。……まさか、なんて」
女性は、冗談めいた口調で言う。気持ちは、男二人も同じだろう。
「はは、とにかく試合に期待しようじゃないか!」
「ロインの奴いないじゃないっ!腹でも壊したのかしら?どう思う」
「ううん。ロインはちょっと抜けてるけど、大事な試合の時に体調崩すような失敗は……ないんじゃないかなぁ」
闘技場南の観客席。一段目。
帽子を目深に被り、顔を隠すようにしている二人の人物が座っている。
「……その通りね!馬鹿は馬鹿でも、やる馬鹿だもんっ!きっと、凄い試合を見せてくれるわ!」
見るのは、そこまで好きじゃないけれど。と、付け足す美女。右手に売り子から買ったお菓子の袋を持ち、地味な色合いの服を着た、【殿堂入り】選手、メリッサ。
「……そうなると、良いね。うん。期待しないとね。大事な友達だもの」
どこか遣り切れない声で、短いスカート姿の女性・メイは言った。彼女もまた、トップクラスの選手であり、今回は参加を自重した。
「なんか、元気ないわねー。あんたがそんなんじゃ、あいつも頑張れないじゃないっ。ファイトよっ」
「……うん。ごめんメリッサ」
共に人気選手である。見つかったら、ちょっとした騒ぎになりかねない。
「そう言われると確かに、ロインはそういった人種だったな。……目に余る態度もあるが、駄目な部分だけでは無い男だ」
声は彼の律儀さを表すように、隣のメリッサ達に向けられた。
「少しはあんたの真面目さを分けたいもんだけど、アッシュ」
「……ふむ、真面目なロインというのも違和感だ。むずむずする」
「あははっ、同意!」
メリッサが仲よく語り合う、緑の短髪男の名はアッシュ。彼も闘技場に設置された石碑に名を刻まれた、殿堂入りの男。
良いがたいに、紺や黒などで構成された制服がきっちりマッチ。左腕で輝く腕章は、彼の立場を表す。
「風紀委員長様としては、そっちの方が良いんでしょうに」
「規則は大事だが、がちがち過ぎるのも問題だ。少しは、ああいうのがいた方が良いかもな」
「ほんと、あんたって普通に真面目ね。普通に。こんな時でも制服なのは、あれだけど」
行きすぎた真面目でもなく、ただの真面目男だと評されるアッシュ。
「それでも絵になるのは、イケメン得よねー」
「けなしているのか?……制服については、おれのポリシーのようなものだ」
若干、不機嫌そうに顔をしかめる。そのアッシュの横顔を見て、彼の美形っぷりをメリッサは再確認。異性なら、思わず惹かれてしまう程度の魅力はあると、彼女は思った。
「まっ!あたしの好みじゃないんだけどっ」
「?好みとは、何の話だ」
「なんでもないですよ。委員長ッ」
わざとらしい笑みを形作るメリッサを横目で見て、アッシュは怪訝そうに首を傾げた。
「……そうか。とにかく今は、試合に集中だな。あの女性とは、知り合いなのだろう?」
「強さは、よく知らない。けど、ただものじゃないわね」
出会いの時を、彼女は思い出す。
「まあ、見れば分かるか」
「そうよ!あんたが、わざわざ観戦しやすい環境を作ってくれたんだから」
「おれの、友人のお陰だ」
周りに座る観客に感謝するように、アッシュは言う。
返答として、「気にすんなっ」「ついでだ。ついで」「後で、おごれよ!」「と、当然です!」といったものが、返ってきた。
「ありがとな。一緒に楽しもう。――未知の戦いを」
「謎だ何者だ彼女は一体……しかも可愛いこれは好奇心くすぐられ……」
「うおーい。そのマシンガントークは、他の観戦者の迷惑になるだろうが。いいのかい?一流の観戦者さんよ」
「いかん。自重します」
西側、五列目。
テンションが上がって、暴走気味のジョン。と、ブレーキ役のマイクが座る。
注目しているのは、ジョンだけではない。彼の周り、会場全体が、謎の選手に思い巡らす。
「外部からだもの。大したことないんじゃない。天上学院生は、才力に関して突出してるのよ?」
「いーや、俺には分かる。ああいうのが、強かったりするんだよ」
「見ろよ、あの体格差。二メートルはあんぞ、男。勝負になんのかよ」
「それだけじゃ、決まらないだろうよ。……つっても、勝つのは……」
「綺麗な人だよな。頑張って欲しい!」
「こりゃ、勝負は決まったな」
果たして、その実力の程や如何にと。
「相手の方は、知ってるんだろ。ジョン」
「もちろんだ。奴の出場回数は二回。固定武器は共に鎚。巨体に似合わぬ、スピードを持っている」
己の頭に収納した情報を、すらすらと言っていく。
「霧と鎚の、ブレード。集めた情報により、武強までにかかる時間は、約二秒と思われる。ミストの波動は、不必要に大きくなく小さく展開された。出力速度は、速い」
「小さいのか、予兆を見極めるのは難しそうだな」
「うん。目が痛くなった。何回か見て、ようやく掴んだぜ」
「その執念を、勉強にもよー」
ジョンが分析を語る間に、状況は動き出した。
「!どうやら、仕掛けるようだぜっ。目を離すなよ、マイク」
「――おーっと!シリウス選手っ!大きな肉体を機敏に動かしての、連続攻撃っ!フィル選手は防戦一方だーっ!!」
実況者の言葉通り、試合は一方的な展開を見せていた。
「うまく躱すなっ!!伊達ではないかっ」
リング上で疾走する、強力な肉体。ストロングによって、シリウスの大きな体は常識外れの動きを発揮する。
「速い……!」
フィルの顔は、若干だが驚きを表していた。
シリウスの強さが、想像以上だったのだ。
(想定外ね。これは)
バックステップを踏みながら、迫り来る鉄塊をかわし続ける。実況は間違いなく正確で、フィルは反撃できない。
こうなった理由は、当然ある。
(――重い。この【海】では)
彼女は枷をはめられた状態で、それでも何とか敵の動きに付いていけている。
しかし、この戦況は脆く崩れるものであった。
「……そろそろ、やるか」
シリウスが呟くと同時、彼が纏う力が上昇する。
ストロング・ブレード。共に、全力ではなく。未だ、彼は底を見せていなかった。
「――悪く思うなよ」
「!?」
一気に、距離が縮む。其処、攻撃範囲内。フィルは、回避行動が取れず。
シリウスの両腕が、しなやかに動き。
(この男、まさか!)
彼女の横腹に向けて、赤光の一撃が放たれた。
――轟く轟音、吹き飛ぶ体、決着が。
――呆れた。ただ、そう思うしかない。
(シリなんとかは【速い】玩具。【想定外】。ブレード発動速度・二秒と少し。時間安定。ミスト・ソル、使用可)
彼女の心境は、萎えていた。
この男は、こちらを気遣って手加減している。か弱そうな女性だから?美人だから?どちらもだろう。
ああ、鬱陶しい。善人気取り。
(ここまで阿呆とは【想定外ね】)
考えている内に、接近を許す。
(あ、ちょっと、速くなった。あれ、この男まさか)
この期に及んで、顔への攻撃を躊躇うとは。
呆れ果て、少し怒ったので。
右手で、攻撃を払った。
鎚が、砕け壊れた。
敵の表情も、砕けた。
(ストロング、精度低下。呆けた顔。面白い。――遠慮しないけど)
顔面に向けて放たれる、回し蹴り。
巻き起こる、破砕の竜巻。轟音響かせ。
シリウスの肉体は、上空に向かって打ち上げられ。
「は?」
「え?」
仲間達の困惑の視線を受けながら、そのまま敗北の地へ急速落下し―――叩き・着けられた。