来訪者
図書館帰りの森の中。
ロイン宅近くの坂道を上りながら、俺は今日の出来事を思い返す。
手に持った袋が、妙に軽い。
(キャサリンさんって、どこに住んでいるんだろうな)
王都に住んでいるとは言っていたが、詳しい場所は分からない。
ロインとかと、顔見知りの可能性もあるか。……美人だし、ロインは本当に知ってるかもしれない。
(ま、王都にいるんなら、また会えるだろう。町中で、ひょっこり会うことだって……)
ありえるだろうと、期待しながら帰路を進み。
「?……ああ」
木々の向こうから、音が聞こえた。
音の正体は、すぐに分かる。
(ロインの奴、派手にやってるな……。しかし、この音は)
相手がいるのか?フィルでは、ないよな。
(あり得るとしたら、あいつかな)
橙色の少女、メリッサ。このアスカールでの、友人の一人。
あいつと出会ったのは、丁度こんな感じの図書館帰りだったか……。
(思えば、メリッサとの出会いも)
ラブコメ的であったか。
面倒そうなので、一応ロインには内緒だが。
まあ、別に恋愛的な進展があったわけじゃないんだけれど。普通に友人だ。
「……すねてそうだな。メリッサの奴」
ちょっと、嫌な予感がする。
「ただいま」
ドアを開け、家に戻る。踏み入れた足が離れる前に、その匂いに気付いた。
「……?」
感じたのは、ほのかに甘い匂い。前にも一度、この匂いを味わったことがある。
(フィッシュリザードの、スープ)
才獣の一種、フィッシュリザード。
かなり強力な才獣だが、こいつを出汁に使ったスープは美味いと思う。例えるならコーンスープ的な味。時々、弾けるような味になるのが困りもんだが。一度その弾けた味によって、思い切り噴き出したのを思い出す。
昔、ここで作ったことがあったなと思いながら、かつての調理場へと目を向けた。
「おかえりー!キャプテン!!ちょっと、待っててね!!」
視線は左のキッチンに。
そこに立っているのは、お馴染みの眩しい少女。
「だけではなく」
マリンの隣。湯気を上げる鍋の前に立ち、こちらを睨んでいる、エプロンを着用した女性は。
「――やっと帰ってきたわね!ジン太!!この、薄情者!!」
久しぶりの友人。予想通り、不満げなメリッサ。
さて、どう弁明するべきか?
「久しぶりだな、メリッサ。……顔を出せなかったのは、悪かった」
「なにを不満に思ってるのかは、分かっているようね!でも、許さない!決闘よ!決闘案件よ!これは!」
鼻息を荒くしながら、彼女はまくし立てる。
やはり、そう来たか。こいつのバトルマニアな性格だと、言いそうだとは思っていた。
「いや、用事がな」
「問答無用!ちょっと顔を出すぐらい、良いじゃない!もう、バトルしかないわ!」
決闘だ!バトルだ!と、ここまでしつこいと、ただ戦いたいだけじゃないのかと思ってしまう。
「分かったよ……。だけど、今は疲れてるからさ」
「そうね。これから夕食だし、今は止めておきましょう。決闘は、別にいつでも良いわよ!あたしは!」
なんとか凌いだ。いや、凌げてないな。こりゃあ。
俺としても、手合わせしたい気持ちはあるんだが。
「……夕食、作ってくれんのか」
「そうだよ!メリッサさん、変わった食材もってきてくれたの!」
鍋の様子を見ながらマリンは言う。
「ついでよ、ついで。ロインは、稽古でお疲れ中だしね」
そう言ってメリッサは、俺から視線を左に逸らした。
線を向けられたそこには、テーブルに突っ伏してダウン中のダチ公の姿。
「相当、しごかれたな……」
伏せた顔は伺えないが、かなりの疲労度が伝わってくる。
「生きてるのか……ロイン」
「大袈裟ね。大丈夫でしょ。あいつなら!」
だろうな……。美女が近くに寄れば、それだけで復活しそうな奴ではある。
(美女……フィル)
フィルの姿が、部屋に見えない。
「フィルは……」
「フィル?ああ、あの人なら、二階で読書中の筈だけど。……綺麗な人よね。どういう関係なのかしらー?」
にやにやと笑みを浮かべて、余計な関心を見せるメリッサ。
相変わらず、そっち方面に興味ありありか。
「ロインに聞いてないか?旅の仲間だ。お前が期待するようなもんじゃない」
「ほーう、あれほどの美人と旅をねえ……怪しさ満天じゃない!吐きなさい!」
「なにもない」
「うそよっ!そっちの方が、あり得ないでしょう!」
本当だ。一切、ラブコメパートはなかった。
「出会いが、出会いだったからな……」
「出会い!?どんなドラマチックな出会いをしたのよ!聞かせて聞かせて!」
「ドラマチック……ある意味そうかもなぁ……」
「泣きそうな顔よ?大丈夫なの?」
この泣き顔は、お前の無神経な採掘作業の結果だよ、メリッサ。人のトラウマを、喜々として掘ろうとしてはならない。
「……なんだか知らないけど、やばい事情がありそうね!聞かないでおくわ!」
「そうしてくれると助かるわい。これ以上は、止めておくれ」
あの惨劇を、思い出してはならない。
「だけれど、やっぱ美人さんと旅って、良いものじゃない?ロインが羨ましがるのも分かる気がする」
「そうかね……お前だって充分美人だろう」
「あら、嬉しいこといってくれるわね!」
ちょっと嬉しそうな感じで、彼女は笑った。
「僕もぉ……ちょっとぉ……興味あるなぁ……君達の出会いってぇ……」
「聞いてたんかい」
「美女の事なら、なんでも吸収……ってほどでもないかな?」
夕食が出来るまでソファで寝ようとしていた俺に、弱弱しい声が掛けられた。
「お前が嫉妬するようなもんでもないぞ。マジで」
「本当かぁ……否、そうでなければ困るぅ……お前がラブドラマ的な展開とかぁ……許すまじぃ……」
テーブルに伏せた顔から、ぶつぶつと気味が悪い言葉を発射し続けるロイン。
「僕なんてぇ……ウホ……だぞぉ……現実なんてぇ……ゴリラなんだよぉ……!」
「ごりら?うほ?」
なんのことだ?意味が分からない。
「ふふふ……聞くんじゃねぇぞ……!!絶対になぁ」
「良いよ。興味ないしな」
「エ?エエッ?」
聞いて欲しそうな声を出してきたが、逆に聞きたくなくなる。
「……ちくしょおうぅ……僕だって……メイがいればなぁ……!」
「メイか」
金髪の少女、メイ。ロインの幼馴染みにして、俺の友人。メリッサほどではないが、それなりの仲。
「あいつにも、タイミングを見て顔を出すかね」
「まー……ハニーはぁ……別に文句は言わないとぉ……思うけどぉ……」
確かに基本的に大人しいメイなら、文句は言わないだろう。不満は、なくはないだろが。
「メイは、寮暮らしだったな」
「そうだぜぇい……!ハニーが住む場所は、聖域になるぅ……!」
寮の場所は……覚えてるな、ちゃんと。
「それじゃ、今度、図書館に……」
「僕もぉ……第二地区駐屯所にぃ用があるぅ……のでぇ……用が合えばぁ……道案内ぃ……してもぉ」
ノックの音が、部屋に響いた。
「おっ?客か?」
まさか、噂をすればなんとやらか。
「――この感じはぁ!!ラブリー!!ハニー!!だああっ!!」
そのまさかだったようだ。
ロインは顔をがばっと上げ、椅子から飛び出し、ドアに急行した。ふらふらながらも勢いを感じるのは、愛故か
「ハニー!!カモン!!」
開け放たれる、ドア。
その先に立っていたのは、やはり彼女。
半袖の金髪女性。
ラフな服装の、美女。
「こんばんは。ロイン。……凄い顔!?」
「ははは!嬉しさの表れさ!これはぁ!!YO!!」
格好付けて、両腕をびしっと構える満身創痍男。
足が大爆笑やで。ロイン。
「うーん……とりあえず、座って話をしようよ」
「そうだね!!……ごふぅ!!」
「ロイン!?」
完全に壊れたか!?無茶しやがって!!
「しっかりして!!」
仰向けに倒れるロインと、それを心配そうに揺するメイ。
「もう……もう……だめだぁ……」
ちらちらと、メイの露出した膝に目を。
ダチ公よ。そこまでするか。抜け目がない。