文武両道
「申し訳ありませんでした……」
女性の手をしっかり握って、その感触を味わう事案が発生。
被告人は、「これ、ラブコメじゃね」などと、意味不明な供述をしており。
「良いんですよ。事故ですから」
優しい被害者は、そう言って俺の行動を許容してくれた。
天使が、ここに降臨した。
正直、俺が彼女の立場だったら、初対面の男に思い切りニギニギされるとか、嫌だわ。絶対。
(加えて更に)
なんとか弁明しようとして、口を開いた揚句に。
【――綺麗な手ですねッ!?結婚しましょうッ!!】
【はっ、はいィ!?】
違うだろうゥッ!?
いきなり告白するってどういう展開だ!完全に変質者じゃないかァッ!!
(終わった俺の尊厳ッッ。完ッッ!!)
図書館の読書スペースを訪れる俺たち。ちらほらと、読書している人達が窺えた。
そこに並んだテーブルの一つに着いた俺と。
「ジン太さんですか。わたしは、キャサリンです!」
ピンクの長髪美少女、キャサリンさん。
「どうしても、読みたい本でして。はい。そういう気持ちは。はい」
ハンカチで額を拭きながら、謝罪するひと風に弁明する。我ながら少し見苦しい。
フィルとマリンがこの光景を見たら、渇いた目を向けられそうだ……!
【キャプテン……自首しよう?】
【軽蔑です。近寄らないでください。汚らわしい】
【美女の敵!羨ましい!僕の敵!羨ましい!】
「本当、すみませんでした!反射的に、こう!!」
「いえいえ、良いんですよー」
机に額を押しつけて、誠心誠意、謝罪スタイル!!
「頭を、上げて下さい。……そんな事よりも、話に付き合ってくれる約束でしたよね?ジン太さん」
……そういうことに、なったんだった。なんでも、俺の探していた本がかなりマニアックというか、あまり読まれないものだったので、興味を持ったとか。
(ポピュラーなのは、目を通したからな。別の切り口から、調べてみないと。そう思って、この本を選んだんだが)
俺の目の前に置いてある黒い本、【才力者と無力者の違いと、克服!君なら、できる!】と表紙には書いてある。
正直、うさんくさい気がしないでもないが、試してみないと分からないこともある。
「その本……あなたは。もしかして」
キャサリンさんの、小さい呟き。
「……あ、はい。俺は、【無才】です」
才力者の反対存在。その意味を持つ言葉を、対面の彼女に告げた。
「珍しい、ですね……えーっと……」
若干気まずそうに、目を泳がせる彼女。
天上族は大半が才使いである為、無才であることにコンプレックスを持つ者はいる。そのせいでキャサリンさんは、言葉に詰まっているのだろう。
(俺にはイレギュラーがあるとはいえ、あれは才力かどうかも怪しい……無才で間違ってはいないだろう)
だからといって、そこまで気まずくされると、こっちまで気まずくなるな。
この空気をぶち壊せ、俺!
「……あーっと、話をしたいって、具体的にどんな話を?キャサリンさん」
「ああっ!?はいっ!……とにかく、才力に関することを。マニアさんなら、なにか興味深い話が聞けるかなって」
マニア……。俺は色々と人に聞いたり、本で調べたりしてたが、ここ最近の事情には、国から離れてたから詳しくない。
俺がここを離れたのが確か、天道暦1750年頃で。
現在は……だいたい五年前ぐらいか?あの日は。
「そんなマニアじゃ、ないですよ」
期待はずれで悪いが、正直に言う。
「それは、話してみれば分かりますよ!これも、何かの縁です!それじゃあまず、何から……」
わくわくしてるように見える、キャサリンさん。
(この人、得られるものに期待しているんじゃなくて、ただ話をするのが楽しい人なのかな)
そういうことなら、遠慮無く喋れるが。
この人は、かなりそっち方面に詳しいようだし、俺の方が得られるものは多そうだ。
(ロインじゃないが、べっぴんさんとお話できるだけでも嬉しいしな!)
俺も、男だ!正直に、楽しもう!
(当然、それに惑わされるようなことはないが)
ダチ公とは、違うんだな。俺は。
「――決まりました!最初は」
●■▲
「ふんっ!!ふんぬっ!!」
ぶんっ!!ぶんっ!!と、空気を裂く、木剣の音!
訓練場で、僕は必死になってフルスイングしていた。
その素振りの音は、なんとも勇ましく。
「ちっくしょい!!」
本当に素振りだったら、良かったんだが。
そうじゃないから、空しいばかりで。
「――本気でやってるの?ロイン」
稽古相手。半ズボン姿のメリッサから、地味に傷つく言葉を受けた。
「やってますよっ!!メリッサさんっ!!」
「そう。あんたのことだから、手を抜いてるんじゃないかと思ったの……」
手を抜くだとっ!?
(お前の、その姿っ!!目映いばかりの、細い美脚!ノースリーブから現れた、すらりとした両腕!!)
これを見ながら戦うのが、やりづらい。
あるよ。それは、滅茶苦茶あるよ。
(まあ、当たったところで)
効果はないんだろう。と、持っている木剣の輝きを見て思った。訓練用の特質武器なのに僕の全力よりも強そう……。
剣がへし折れるイメージが浮かんだぜ!!ぼきりとなっ!!
(これは決闘ではないから、セーフ……!挑んでも、勝てる気がしねぇ!)
なんて考えていると、腹部に衝撃が走った。
「ぐっふぅ!?」
「ちょっと、隙あり。もっと、集中しなさいな。あたし相手に、良い度胸ね」
ちょっと怒ってる風メリッサの見事な突きにより、僕の腹がへこむ。
敵わず。僕は、その場にへたり込んだ。
「一旦、休憩にしましょうか。体を壊したら、元も子もないし」
「ふー……容赦ねぇ。幼馴染みに、この仕打ちですよ!」
「そっちの方が、良い特訓になるでしょう?……ジン太に、そう言ったくせに」
「それは、そうなんだけどな!」
もっとも、偉そうに言ったはいいが、見事に敗北してしまったが……。
「ジン太に、叩きのめされたんですって?あいつ、そんなに強くなってんのね。一回、戦ってみたい!」
「おいおい、いつからお前は、戦闘好きになったんだ?」
とは言ってみたものの、彼女は割とそういう部分があったな。
フェアな戦いというか、同等の敵との戦いというか、そういったものを好む一面。
(前のスカイ・ラウンドでの戦いを思い出した……凄い楽しんで戦っていたぜ!【他校】の生徒が引く勢いで……)
「ジン太め……なんで、あたしに一声もないのかしら」
「奴は昔からそうだろ。おかしくはない」
今日の朝も、図書館が開く時間まで僕と特訓し、さっさと言ってしまった。
忙しない野郎だぜ。
「そうだったわね。まったくもう。ちょっと顔を見せるぐらい、良いでしょうに……。会ったら、それを口実に決闘を……!」
「……」
ジン太の知らぬ所で、恐ろしい計画が進んでいた。
いくら奴が強いと言っても、メリッサ相手は分が悪い。
「……他にも、あんたの家に住んでるって聞いたけど」
「ああ、お前が来たときは、なんかの用事で部屋にこもってたからな。見てないか」
「男?女?」
「うっ」
いかんぞ僕。メリッサに、警戒されているのか。
一応なんとか、隠さなくては。あらぬ疑いを、向けられる。
「その反応だと、女ね。それも可愛い」
あっさり、ばれた!
「何故」
「幼馴染だもの。……ロイン、妙な真似をしたら」
拳をぼきりと鳴らして、警告するメリッサ。
信用ないなぁ。僕。
「しないよ!紳士だよ、僕!!紳士は、己を律する者だぜ!!例え、無防備に寝てる子ウサギちゃんが目の前にいても、絶対に手は出さないッ!!」
「力強く宣言するのが、逆に怪しい!」
「弱くても怪しむんだろいぃ!!それよぉ!!」
酷いやい!それが親友に対する信頼かよぉ!
「……なんて、冗談よ。あんたが、そんな人間じゃないことは分かってるわよ。幼馴染だもの……一応は」
「一応かよぉ!それはそうと、メリッサ!疲れてんなら、マッサージするぜっ!遠慮せずにっ!僕に、身を委ねるんだっ!」
「そういう発言のせいよっ!にやけるなっ!汗だくのあんたが言う言葉じゃないでしょうが!」
そう言って彼女は、木を支えにして置いてあった鞄に近づいた。
「ほら、これで汗を拭きなさい。もう少し休んでから、再開するわよ!」
鞄からタオルを取り出し、僕の顔面に投げつけた。
「わぶっ!」
「あと、水分補給もね」
続けて、水袋を投げつけてきたので、右手でキャッチ。
「なんだかんだ言って、あんたが優勝する姿、期待してるのよ。変に根性あるものね、ロインは」
「……ありがとよ、親友」
優しいよな、お前は。
子供の頃からそうだった。そこは変わらない。
「……よし!さらに、気合入ってきた!」
彼女に貰ったものを元気に変えて、僕はひた走る。
目的に向かって真っ直ぐに。やるべきことは決まっている。