脅獣
くるくる回りながら、すとんと落ちる。
見えた表情は余裕マックス。
僕の気分はクライシス。
「ごふっ!!」
頭を通して、地面のざらざらした感触が伝わってくる。視界には朝の輝く太陽が映っていた。
風も穏やかで、王都アスカルドは、絶好の散歩日和……というわけではなく。
すなわち、地面を背にして、ダウン状態ということで。
僕はゴリラに敗北したんだ。
(……強い、洒落にならねぇ。通りすがりの、ゴリラのくせに……!!僕の真空刃残拳も、邪転滅風刃も、全て打ち砕かれた。強烈な身体能力、強靭な体、野生の力……。【脅威才獣】に認定されるレベルじゃ、ないか……!!)
脅威才獣。才獣の中の危険存在。
本来なら弱点を突くか、多人数で相手をしないとダメな相手。倒すにはチームワークや、事前の調査が必要だ。
一人で不用心に挑めば、あら不思議!すてきなエサに大変身!
しかし準備する暇もくれないんだから、酷過ぎる。
(僕に、どうにかなる相手じゃ、ない。呼んでも、助けはこないしな……。ここ、人気がなさすぎるしよ……逃げるなんてのも無理だ)
付近に民家はなし。あったとしても、一般人になんとかできる奴じゃない。
くそ……!じゃあ、敗北を認める訳にはいかないッ!!
「うほほいっ!」
ゴリラは満面の笑みで、こちらにのしのしと近づく。
勝ち誇ってやがる……!眩しい笑顔だ……!!殴りてぇ……!!
「はあっ、はあっ」
なんとか立たないと、そう思って体を動かしてみるが、上体を上げようとするだけで体に激痛が走る。
僕の体は、既に限界を迎えようとしていた。
器も、同様に。
「うっ、ぐぐぐ……!!」
立て。立たないと。
このままじゃ、むしゃむしゃされる……!!脳を、食べられる……!!
(それって、どんな気分なんだろうな……)
分からねぇが、最悪最低の気分であることは確か。それを味わうなんて……!!
「冗談じゃねぇ……!!」
両腕を支えに立ち上がろうと、爪を地面に食い込ませる。
(ただ道を、夢のはじまりに向かって進んでいただけ、なのに……こんな理不尽な死に方はっ)
いくら人生がくそったれだって言っても、そりゃあないだろう。
(これからッ、僕の下剋上が始まるはずだったのにッ)
食われるなんて、嫌だ。
◆獰猛な捕食者の笑みを浮かべて・才獣が近付いてくる◆
夢も叶えられずに、死ぬなんてごめんだ。
【泣かないで、ロイン】
――愛する人の顔を、見れなくなるなんて。
「絶対にッ、嫌だアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァっッ!!!」
支えてくれたものはなんだろう。立ち上がらせて、くれたものは。
とても暖かいもの。
「おおッ!!」
それだけは分かるッ!!
奮起しろ、僕の体っ!!まだ、やらなくちゃいけない事が、残っているんだからっ!!
「うほ?」
「うほ?じゃねぇ!!目にもの、見せてやるっ!!」
僕は、立ち上がった。膝が、がくがく言っている。体全体が、頼りなく揺れていた。
今にも飛びそうな意識の中、意思を滾らせ。
それからゴリラを睨み、拳を構える。
これが最後の馬鹿力だ。
負けてたまるかっ!死んでたまるかッ!こんなっ!!場所でっ!!僕が目指す頂は!!遥か高くにッッ!!
夢をッ!!果たすんだッッ!!
「うおおおおおおおおッッ!!」
ストロング、全開発動ッッ!!
(器が軋む、軋む、壊れる、それでもッ!!)
なりふり構わずっ!!突撃だあああああッッ!!
「!?オオッ!?」
少し後ずさりするゴリラ!!
流石に怯んだかッッ!!拳を突き出しッ!!このまま、一気に――
「ごっふうぅ!?」
行けるほど甘くはなかった。
左頬に衝撃が走り、ぐるりと、横に回転する僕の体。飛び散る血と、汗。回る、回る視界の中で。
僕は、見た。
「どふッッ!!」
顔面から見事に着地。
全身に衝撃が走り、ただでさえボロボロの体が、壊れてゆく。
土が口と鼻に入った。気持ち悪い。なんて思ってる場合じゃないので、急いで顔を上げた。
「……!!」
まだ、ゴリラは立っている。倒れていない。
僕はもう、立てない。今度こそ、ギブアップだ。
つまり結果は。
「――相打ちだな」
ぐらりと、ゴリラの体が後ろに傾く。膝が崩れる。
そのまま顔が見えなくなり、どすんと、重々しい音が響いた。
「やった……!!」
ゴリラ討伐!しかも、あんなにつよい奴を!僕一人でッッ!!
メイに伝えたい。僕だって、やれば出来るんだ!
「やったんだ……!!」
生き残れて嬉しいやら、なんやらで、目から水が流れる。鼻からは血が流れる。
だが、構いやしない。
これは、良い涙だ。
あの時とは違う。
「はは……」
僕は笑いながら、朦朧とする意識の中で、この瞬間の幸せを感じる。
ああ、これだから――。
「これだから、失敗作は」
侮蔑にまみれた声が聞こえた。
緑の髪の、小さい後姿が見えた。
(!!……誰だ!?この娘)
視界に入ってきた人物。150程の身長。白いローブを纏った姿。長いツインテールの髪。
「……調整が、必要か。……あっちの、研究も……」
その娘は、なにかをぶつぶつ呟きながら、倒れたゴリラを見ている。
とても、淡々とした口調。機械的とも、いえるかもしれない。
「……ふん。無様な」
そして、不満気に鼻を鳴らすと、僕の方に振り向いた。
僕を見下ろす、謎の女。視線には、嫌悪の感情、侮蔑の色合い。
(かわ……いい……な)
さらに、薄れゆく意識で、おもった。
メガネが、よく、にあってる……。しかし、むね、が――