原動力
子供の頃から、天才って奴が嫌いだった。
「――すげーっ!!」
天才はいつだって困難を乗り越えて、成功を掴んで、自然に格好良くて。めっちゃ羨ましい……イヤイヤ、そうじゃない。
「……フン」
とにかく、どうにも気に入らない存在だった。
「あんな奴ら」
努力もせずに甘い蜜を啜ってる、軟弱な奴らだ。
「……」
違う。本当は分かってるんだ。あいつ等だって、ある程度の努力はしてるんだよな。……多分。
ただ気に入らないから、そう思いたいだけだ。
「本当は」
嫉妬してるだけだ。俺にもあんな才能があったら……。思うと止められない。畜生……!我ながら女々しいな。
「だから」
心に強く焼き付いた、俺を叩きのめし、努力を否定する天才の姿。
……欲する理由は、違うけれど。
才能を手に入れられる機会があったら、俺は迷わずそれに飛びつくだろう――。
「手に入れる。俺は」
「あらあら、そんなに天の力が欲しいのですか?」
色取り取りの花が咲き誇る花畑で、俺達は出会った。
第一印象は、美しい。
栗色の髪に、純白のドレス。たれ目気味の青い目には、内に秘めた強い意志。
「そういった発言は、なるべく控えるように。一応禁止されてるので」
「エッ!!」
「ふふ……怯えすぎですわ」
穏やかな微笑。くるりと一回転して、彼女は長いスカートなびかせた。
「ジン太様が何故、そこまでこだわるのか、わたくしには分かりませんが」
「それは……」
「頑張り続ける貴方の姿勢は、好ましく思います。いつも何かを必死にやってますよね」
「――」
嘘偽りない笑顔を向けながら、彼女はそう言った。言ってくれたんだ。上手くいかなくて、何度か無様な姿を見せた筈の俺を、心の底から肯定してくれたんだ。
「そ、そのッッ!!」
顔が熱い。心の臓がドキドキする。これはもしや、ひょっとするともしかしておそらく……ッ!!
「ふふふ、顔が赤いですわよ」
笑われた!少し嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
三つ編みのポニーテールが、風に乗って揺れた。
「貴方と過ごしたこの日々を忘れません――また、どこかで」
別れ際に、初恋の人・フィアはそう言った。俺は走り込みという理由を付けて、急いでその場を去ったんだ。
■そうして現在、アシュア大陸の西にある国、リアメルへ■
「――それで、その人物に教えを請うと」
「そうだ。この国の騎士とは友人でな、なんとか会えることになった」
「港で信書を渡していた、あの男ね。貴方に似合いの、凡人」
「……おい、馬鹿にするなよ」
ここは国の港町、フェルン。
六つの大きな通りが並行に並ぶこの町の、三番通りを俺達は行く。
賑やかな町の通りを歩きながら、今後の方針を再確認していた。
(タイドスの盗賊団を討伐したことは、かなりのプラスになった筈。【力】を授ける資格には、充分だろう……長かった)
初めて国を訪れた日から、一年、二年……あっちへこっちへ難題解決に奔走して、ようやくの目的間近!親交のあるタイドスを襲った、盗賊団の問題に首を突っ込んだ甲斐はあり!
「俺は特別な人間になるんだ。フッ、夢が膨らむぜ……」
「それは結構ですが。なんです?その食物の山は」
「見りゃ分かるだろ?芋だ。この国のはうまいぞ、食うか」
「分かりますが、それを大量に買い込んでるのは分かりません。観光気分ですか?いりませんよ」
フィルは俺が持つ大きな紙袋に入った、大量の芋に訝しげな視線を送っている。
「……やれやれ。せっかくの新天地!!もっと楽しめよ!」
俺は周りの店に目を向けながら、高らかに言う。ちょっと、テンションが上がっているかも。
「ただし。王都には近づかない方が……」
あそこには、嫌な思い出があるんだ。ああいった【娯楽】もあるのは分かるが、受け入れられるものじゃなかった。
「特に、マリンにはですね」
「ああ、注意しないとな。……ま、そういう部分だけじゃない」
通りの両端に立ち並ぶ、色彩と飾り豊かな店の数々。どこかから歌が聞こえ、喜色の声が聞こえ……。
果物屋の豊富な果実。靴屋に並ぶ格好いい靴。商人が売る怪しげな商品、動物の剥製や、魔法の薬と宣伝されている、小瓶に入った奇っ怪な液体。
「よっていきなー!見ていきなー!今なら安く済ませるぜ!」
「よっしゃ、まいどありッ!!」
「昼食、何食う?」
「なんでも良いや」
そんな町中を歩いていると。
「そこのお兄さん……。怪しい物は好きかい?」
「いや、あんまり興味ないですね。はい」
商人に声をかけられた。彼が座っている赤い敷物に並べられた、珍妙な商品の数々。興味ない訳ではないが、買うほどでもないので、そう言った。
「……そうかい。ロマンが分からないかい。悲しいッッ!!なんかわくわくしないか!!こういうの」
「ええっ?……まあ」
「俺が子供の頃はわくわくしたもんだッッ!!お小遣い貯めてよ!!」
いきなりテンションが上がった……。
「そうして買った伝説の薬【レジェンド・ウォーター】が、ただの水だった日には……人間不信になって、こんな世界滅びろとまで思ったもんだ……!!」
このおっさん、泣いてるぜ。
「……まっ、興味ないんじゃしょうがない。ほら、持っていきな」
「はっ?」
おっさんは敷物の上の商品を掴むと、俺に差し出した。
「さっき、一緒に歩いてただろ。お連れのお嬢ちゃんにやりな。金は要らん。可愛い猫の人形だ。喜ぶだろ」
彼は反対側でフィルと一緒に花屋を見てる、赤髪の少女を見ながら言った。優しい目だ。
「いらなかったら、返品してくれて構わない!」
子供好きなのかな?変な意味じゃなく。
「……ありがとうございます!」
俺は、おっさんの好意を素直に受け取る。ピンク色の子猫の人形……気前良いな。
「なに、子供の頃から良くしてもらったことだ。気にするな」
「それにしても」
凄いな、活気。前より、活気に満ちている気がする。騒がしすぎるのは好きじゃないんだが、たまには良いか。
「……マリンは」
俺は、俺達の周りではしゃぐ、人形を抱えた一人の少女に目を向けた。
「すっごーいッ!!見て見て!!キャプテンっ!!」
赤いポニーテールの十代前半ぐらいの少女、白いワンピース風の衣装を着て、金色の目を持っている。
「楽しんでるな。心の底から」
店に並んだ商品を、通りを歩く人々を、物珍しそうに見ている。彼女も、我が船の一員だ。
(良かった)
彼女は一時期、塞ぎ込んでいた。それがあんなに元気そうにはしゃいでいると、嬉しくなる。
「いざって時は、マリンを頼んだぜ。フィル」
「人任せですか。情けない」
「当然、俺だって守るが――それだけ信頼してるのさ」
少し格好つけて、言ってみた。
「――気色悪い」
言わなきゃ良かったよ。