かつてない死闘
「ゴンザレスに、やられたのね。ロイン」
正座状態で、目の前の風紀委員様に事情説明。左腕の腕章の金属部分が割れた窓からの日の光で、きらりと光る。
(スカート……)
……強風さん、プリーズ。
「そうなんだ!僕は仕方なく、正当防衛の為に、才力を使ったんだよ!見てくれよ!この、痛々しい被害者顔を!」
「本当、酷いわ……!立てる?とりあえず、治療しながら事情を聞く!風紀室まで、頑張りなさい」
「おぶってくれ!さあ!しっかり、しがみ付くから!」
「立てそうね!よかった!頭は、更におかしくなったみたいだけど!叩いた方が、良いのかしら!」
若干、怒っているな。これ以上は、退いた方が無難か。
……まあ、そう言いながらさりげなく片手を差し出す辺り、彼女らしいが。所々に傷が見えるが、綺麗な手だ。
「ゴンザレスの奴、何であんたに絡むのかしら?」
顎に手を当てて、メリッサは考える。そんなの僕が聞きたいぜ。
本当に、迷惑な奴だよ。
(奴との因縁は、あの始まりの日――思い起こされるは、かつてない、死闘)
■二年前:王都アスカルドにて■
「これ、やばいよ!まじで、やばいよっ!」
始まりの日。天上学院の入学式に、僕は遅刻しそうになっていた。
現在地は、王都北の第五地区。【輝きの森】と学院の間に存在する林の中。
周りの木々の音を聞きながら、学校に続く人気のない道を全力で走る。体には新しい制服。背中には新品の学生鞄。
僕は、かなり焦っていた。
(メイに怒られちゃうぜっ!真面目だからな、ハニーは!)
息を切らし、走る僕。
才力は使えない。無断使用は禁止だ。身の危険でもない限りは。
(この、焦って登校する状況はあれだよな!)
焦りながらも、ある妄想を展開する。
(あそこの曲がり角で、美少女とぶつかったりしてな……!)
その妄想は、常々ぼくがしていたもの。書き溜めがそれなりにあり、家のタンスの奥に封印してある。
美少女とぶつかって、恋が始まる。我ながら、斬新な展開だと思った。
(まっ、そんなことあり得ないけどな……へへっ。既に、僕の一番は埋まってるし)
分かってるよ、僕は。まったく、現実が理解できる男は辛いぜ。
そんな妄想、実際には……。
「――えっ」
曲がり角で、僕の体に衝撃が走る。何かにぶつかった感触がした。
衝撃で体が飛ばされ、尻餅をつく。
「いてっ!」
尻に、鈍い痛みが。小石に、当たったか。
(ぶつかった!?誰に!?まさか――)
僕は下向きの顔を上げ、ぶつかった人物を見上げた。
(つぶらな瞳)
その人物は、とてもかわいい。愛らしい。
(綺麗な肌)
すべすべしてそうで、大変美しい。
(愛嬌のある顔)
みんなのアイドル。資質あり。
それらの要素を兼ね備えた――――ゴリラだった。
「――ウホ」
どう見ても、ゴリラだった。何回見ても、二メートル程のゴリラだった。ていうか、ウホって言ったよね?今。
人物じゃ、ない。
その、黄色い体毛と、白い肌を持つゴリラは、太く、逞しい両腕をだらりと下げながら、僕の事を見ている。
目の色は、青。
(滅茶苦茶、筋肉質っぽい……!ただのゴリラじゃ、ない。あの青い瞳は……!)
青の才獣。
才獣には、身体項目・知能項目・特性項目があって、ブルーは、全ての項目がバランス良く高い。
身体項目と知能項目は、その名の通りで。特性項目は……なんだっけ?忘れちった。
(なんにしても、身体と頭がヤバいのは確かであり)
そのヤバい奴に、僕は絡まれているわけで。
(まじ、ヤバいよ)
めっちゃ、睨んでない?あのゴリラ。僕、なんかしたっけ?ぶつかったからか。
というか、なんなん?この状況。なんで、入学式の日にゴリラに遭遇するんだよ。
王都の警備は、どうなってんだよ。
ゴリラがウォーキングしてるって、どうなってんだよ。
(ゴリラといえば)
こんな話を、人づてに聞いたことがある。
【アスカールの北東、山で狩りをしていた男性が】
【ゴリラの才獣に襲われ】
【悲鳴が。生きたまま、脳みそと両手を】
【むしゃむしゃ】
……うそだろ。
僕は片膝立ちの状態で、ゴリラの出方を伺う。
迂闊には、動けない。
「ウホゥ……!!」
!?。
ウホゥ!?今のは!?どういう意味だっ!!
(ぶつかったことを、怒っているのか!それとも美味そうだなとか!いやいや、別の理由も考えられる!)
僕は警戒を強め、最善の行動を模索する。
ばったり、ゴリラと遭遇。正直、イレギュラー過ぎて、対応できる自信がない……!
(境地だ。かつてない、かもしれない)
しかし、境地ということは。迫っているのか。
(覚醒の、時)
「――うほいッ!!」
「!!?」
刹那――ゴリラが、超速度で襲い掛かる。
(速い!!――ストロング、発動ッ!!)
ストロングと共に、後ろに飛び退く僕。
僕がいた地面に、ゴリラの拳が突き刺さる。
(なんて、威力……!!)
巻き上がる、土煙。振動する、地面。
威力を証明するに、十分なそれら。
僕の頬を、冷や汗が流れた。
(冗談みたいな状況だが、冗談じゃ済まない)
【感じる死に・心臓がドクンと鳴った】
(――やばいかもしれねェ)
一撃受ければ肉も骨も砕かれそうな威力。
相対する獣の顔は、邪悪に歪に牙を光らせている。
ここまで威圧感を感じる才獣は、遭遇したことないぜ。
(だがなっ)
僕には、夢があるんだ。叶えたい夢が。
(あの日、描いた夢。僕の原動力)
こんなところで。
殺されるわけにはいかない――通りすがりの、ゴリラなんかに。