流せる男
「遅刻、遅刻~!遅刻しちゃう四!」
三階、西校舎。
教室から出た僕は、黒や白などで彩られた、静かな廊下を走っていた。
廊下に描かれた模様は大きな黒い花の様なもので、多数のそれが、廊下の向こうまで等間隔で並んでいる。
毒々しい感じがして、あんまり好きじゃねぇんだよな……。
あっ、僕個人の感想ね。決して、自分の価値を押し付けてるわけではないんよ?
昔は、この花の上から落ちたら負けゲームとかやってたな。別の校舎だけど。
(あの頃は、若かったな。自分を、世界を滅ぼせる何かだと思っていた)
今考えると、恥ずかしい。
僕なんて、ちょっと隠れた力を秘めているだけの、ただの人類なのによ……。
「あの時があるから、今がある」
全ては無駄でなく、繋がっているのだ。
それこそが僕等の歴史、人類の歩んだ道。とても、価値があるものなんだ。
だから。
「――刻まなきゃ、新たな一歩」
僕は、歴史に残る一歩を踏み出そうと――。
「ストップだ。どあほ野郎」
した所に、顔面目掛けて強力な一撃が入った。
走る痛み。
「ぐぎゃああっ!?」
後方に吹き飛ぶ、僕の体。そのまま床に吸い寄せられる、僕の後頭部。
このままだと、頭を強打!?
――身化。発動!!
それによってパワーアップする、僕の肉体。
強化される、三要素。
攻撃上昇。パンチの威力が上がったりする。
防御上昇。体が丈夫になったりする。
速度上昇。めっちゃくちゃ速くなっる!
「ほああっ!!」
床に両手をつき、そのままグルッと後方回転。
見事に着地する、僕の両足。
(75点って感じ。僕の身化の総合評価は【サンド】。つまり普通だからな)
両手をつける時の声がダサいな。ほああ、ではなく、ふんっ、とかの方が……。こんなんじゃ、メイに嫌われるかも。
(んなわけ、ないな!)
杞憂だと考えながら、正面に仁王立ちで立つ襲撃犯に目を向ける。
廊下左側の教室内で、待ち伏せてやがったな。
「ゴンザレス!」
その男は、刈り上げた赤髪、人相悪すぎ、僕より高い身長、前を開いた紺色の男子制服、といった外見で、廊下に立ち塞がってやがる!
前開いて腹筋見せつけて、気色悪いわ!野郎の体とか、誰が得!?
「いきなり殴りかかるとか、どういう教育受けてんだテメェ!」
「……」
びきりと、ゴンザレスの額から音が鳴った気がした。
「おめぇに言われたくねぇよ。校内裏ランキング、ウザいやつ部門一位さんよ」
「はい?」
校内裏ランキング?ああ、あったなそんなの。別に興味ないから忘れてた。
メイを一位にする為に票操作しようかと思った時もあったけど、そんなことして彼女を狙うライバルを増やすの嫌だし、自力で一位になれるだろうし。
「どうでも良いわ。そんなん。僕には、愛するハニーがいるからな」
他人の評価とか、正直どうでも。
「愛するハニーねぇ……」
くっくっと、笑いやがるゴンザレス。
「なにが、おかしい」
「おめぇとあいつじゃ、釣り合わないだろ。どう考えてもよ!メイは校内上位に位置する優等生、おめぇは校内の底辺!落ちこぼれ!」
「……」
その通りではある。僕は確かに落ちこぼれで、他より生まれつき劣っているだろう。隠されし力も、まだ目覚めてくれないし……。
ただそれは、生まれ持った力がそうだというだけの話。
「いつの話をしてるんだ。お前は」
「……あんだと」
僕は、ある日を境に決意した。
その強い決意は、僕を落ちこぼれから引き上げてくれたんだ。
その甲斐あって、今では学内で、そこそこの強者になった。
これに秘めし力が加われば、世界征服もできるかもしれない。僕は平和主義者なので、そんな野望は持たないがね。
「……本当、目障りだぜ。なんで、おめぇはよ!!……水の波動っ!!」
――苛立ちの言葉と共に、ゴンザレスの肉体から青い霧が発生した。
「!!、武強、霧か!しかも、肉体の強化!」
青い霧の、武強。
武強で底上げされる、主な二つの要素。
武強の攻撃上昇、よく斬れるように。
武強の防御上昇、頑丈に。
ブレードにはいくつか種類があって、強化できる武器のタイプによって、剣・槍・弓矢・盾等に分けられる。
中でも、肉体のブレードは、【習熟度】が早く上がるのが特徴だが。
「いつの間に!結構、苦手じゃなかったか。ていうか、無断で才力を使うのはアウト!先生にいってやろ!」
「オレにかかりゃ、こんなもんよ!さあ、かかってきな!おめぇは素手だからな!先手はくれてやんよ!雑魚が!」
両拳を戦闘状態にしながら、ゴンザレスは僕を挑発する。
なんでイチイチ、お前さんの相手をしなければならないのか!本当に、傍迷惑な野郎だぜよ!
「いやだ!僕は、早く授業に行くんだよ!どきやがれ!」
「はっ!どうした!びびってんのか!?腰抜け!!」
右拳を何度も突き出しながら、挑発を続けるゴンザレス。纏ったミストが、揺れ動く。
やれやれだ。安すぎる。
流せる男な僕に称賛を。
「今度の大会で、あの糞金髪女もぶちのめしてやるからよ!まずは、おめぇだ!この糞底辺――」
「上等だっっっ!!!ボケええええええええええええぇぇぇっっっ!!!」