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喜劇

「……」

 

 暗い場所で、小さな存在は震えていた。


「……」

 

 なぜ震えているのか? そうするしか出来ないからだ。


「……」

 

 無力で、なにもできない。


「……お父さん」

 

 思わず、呟きがもれた。声を出してはまずい。それは分かっているが、出てしまったのだ。


「……お母さん」


 不安でしょうがないから、仕方ない。嫌な想像ばかりが、頭を埋めていく。

 それだと余計に体が震えてしまうから、楽しいことを考えようと思って。


(楽しかったこと……)

 

 お父さんと、過ごした時間。

 お母さんと、過ごした時間。

 友達と過ごした、時間。

 一緒にお菓子を食べたり、可愛い飾り物を見に行ったり、祭りを楽しんだり、みんなとすごした……。


 みんな、しんでないよね?


「あ」

 

 思ってしまったら、止められない。不安があふれ出し、爆発しそうになり、ベッドの下から飛び出す。

 その直前で、抱きしめている物が動きを止めた。


(……マリンちゃん)


 妙に気が合った少女。穏やかな笑みを浮かべていた友人から貰った、大切な物。

 これを抱きしめていると、なんだかあたたかくて。希望が、心の底から沸いてくる気がする。

 マリンちゃんが助けにきてくれる、そんな希望が。


(あたたかい)

 

 本当に、体が熱くなって。

 熱くなって。

 ……。


――熱い。熱い。熱い。あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあ――。


●■▲


 炎の光に照らされたエドワードが、庭で誰かと連絡を取っていた。

 彼の目の前では館がぼうぼうと燃えている。それをしっかりと視界に収めるエドワードは、絶対にこの光景を忘れまいと誓っていた。


「王も死んだと?」


「そうなんだよー。フィアの奴がさー。オレは悪くないんだよー」


「……回収できたのは、防御付与グラント・シールド速度付与グラント・スピード攻撃付与グラント・スピア灼熱刃ファイア・ロッドの四つですか」

 

 ガルドスの声が、エドワードの手元から聞こえている。

 彼の掌の上には、綺麗な水晶玉のようなもの。


(連玉による会話……遠く離れても話が出来る、便利な才物……ではあるんだが)

 

 だがとエドワードは、横目で少し左に離れて立つ人物を見る。


「はははは!! ファイヤー!! ひゃっほおおおおぉぉぉ!!」


 そこには、痛いくらいハイテンションのガルドスの姿があった。服は所々破れ、複数の傷が見えている。

 そんなことなどお構いなしに、彼は大爆笑しながら火を放つ。


「何故に、直接話をしないんですか? 貴方は。連玉の意味なくないですか」


「ええー? えーとだな……ノリだよ! ノリ! 理由なんてありまっせーん!! ははははははは!!」


 ガルドスの左手の平には連玉が置かれていて、右手には青い刀身の小さな剣が握られていた。


「良く燃えるなー!! これ!!」

 

 剣の切っ先は、ガルドスの前に存在する館に向けて。

 刀身全体から凄まじい火炎が放射され、館を焼き尽くしていく。


「はははははははは!! 一石二鳥ってやつか!?」

 

 才物の性能を試せて、館の中に残っているかもしれない誰かを処理できて、一石二鳥。

 ガルドスは顔を滑稽に歪め、鼻の穴を大きく広げ、狂ったような馬鹿笑いをその場に響かせた。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――!!」


 小さな悲鳴は笑い声にかき消され、彼の耳に届くことはなかった。


「……」

 

 その光景を見ながら、銀髪の女性は思う。

 嫌悪感を剥き出しにした瞳に、悪の化身としか思えない……ガルドスを映しながら思った。


(――完璧な人間なんて、いないわよね)


■しかし今は、己もそちら側に加担していると■

■彼女は湧いてくる怒りと嫌悪感を自制し、ただ彼のことを見ていた■


●■▲


「――の制圧完了です。ガルドス総隊長」


「了解した。手間を取らせたな」

 

 右手に乗せた連玉から、報告を聞くガルドス。逆の手には、黒い袋を持つ。

 彼の足取りは静かで、落ち着いている。歩く通りの状況など、動じるに値しないのだろう。

 べちゃりと、彼の靴底が赤く染まる。

 傾いた店の看板が、少し動いた。


「生き残りは、なるべく残さないようにでしたね」


「……そうなんだよねー! 面倒だよ! ほんとっ!」


「船は、出来る限り壊しましたが……」

 

 靴屋を通り過ぎ、通りを進行する彼の瞳には何が映るのか。

 血に濡れた悲劇か、深い深い絶望か。

 少なくとも。


「……オおおおおぉおおッッ!!」


 靴屋から飛び出し、目を怒気で染め尽くした鎧の男。騎士。

 彼の瞳には、悲劇しか映っていなかった。

 

 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。なんだこの目を背けたくなるような悲劇は!!

 この悲劇を生んだ人間が、憎くて憎くてたまらない!!ころすころすころすころす!!ぐちゃぐちゃに、滅多刺しに、それでもこの怒りは収まらない!!報いを受けろっ!!ゴミ屑カスがっ!!

 

 溢れて止まらない怒りを剣に込め、ガルドスの背後から襲いかかり――。


「止めてくれ。不快だ」


 数秒、経った。

 その数秒で、両腕を破壊・武器を破壊・鎧を破壊・背中を破壊・地面に叩きつけ・武器を突き刺し・憎悪を殺す。


「? ガルドス総隊長?」


「気にするな。些事だよ」

 

 騎士の背中に突き立った武器――大根が白く輝いていた。


●■▲


「ふーんんー♪」

 

 蹂躙された国。

 壊れた町。

 奪われた命。


「おー、良くできてるなー!」

 

 彼は楽しそうにその中を歩き、部下に命じて作らせた物を眺めている。

 その物体は、町の至る所に配置されていて。

 太くて巨大な鉄の棒に、縄や杭などで人形が磔にされているもので。


「どんな悲劇もシリアスも」

 

 人形にはどれも、メイクや小道具などで滑稽なアレンジがされていた。

 毛深い中年の人形には、似合わないふりふりの白いドレスを。

 花屋の店員のような人形には、似合わない毛深い髭の飾り物を。

 靴が片方ない人形には、変に可愛らしいデザインの靴を。

 人形達はどれもおかしな見た目で、おかしなポーズを取っていた。


「ある要素を変えるだけで、途端に滑稽な劇になる」

 

 それは、とても笑いを誘う物だろう。

 人形の正体を知らなければ。


「ははっ」

 

 知っていても遠慮なく笑う、そんな男は。

 どこからか流れる、喜劇のBGMを聞きながら。


「みんなギャグに変わる。――なんちって」


 盛大に屁をこいて、笑いながら歩く。

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