約束通りには
タイドス王国。気候は安定し、作物は良く育ち、平穏な国。
異常に高い塔や、珍妙な構造の建物など、奇妙な建築物が国には多い。先代と先々代の王の趣味だと、老人達は言う。
「――ろ」
数百年前は国の中で争いが絶えず、荒れていた。
「ははは――」
今では笑顔が絶えず、町は喧噪に満ちている。
「―げ―」
燃え上がる活気は、町を包み。
「逃――」
壊れゆく町がそこにはあった。
「はははははははは!! 燃やせ! 殺せ!」
夕焼けを、更に赤く染めるように。焼けた家、焦げた死体が生まれていく。
様々な臭いが漂う町中で、調子よく鼻を鳴らして声高に叫ぶ男が一人。
頭が禿げた、隻眼の巨漢。見ただけで分かるほどの屈強な肉体を誇り、たくましい右腕には巨大な斧を持っている。
この男こそが、町を壊した元凶。近頃悪名を広げる、盗賊団のリーダー。
「わああああああ!!」
「逃げろ! 逃げろー!!」
人々は、盗賊団から必死に逃げる。
中には盗賊団に立ち向かう者達もいたが、
「……」
結果は明らか。弱者が強者に敵う道理なし。その全てが蹂躙され、血に伏せ、物言わぬ肉塊になった。
「悲しいですな……。何故、弱いのに抗うのか」
盗賊団の主力その一、痩せ細った体格の男は悲しげにそう言った。
口元は笑っている。
「頭も・弱い・からじゃね?」
主力その二、ナイフを両手に持った身長が低い男はけらけらと笑いながら言った。
「人は死ぬのを恐れ……藁にもすがりたくなる、ってやつ」
「藁すらないだろ。この状況。ぎゃははは!」
主力その三と四、絶妙のコンビネーションを見せる二人の小太り男。
血が飛び散ったその顔は、双子のようにそっくりだ。
笑いながら剣が振られ、ナイフが肉を裂き、二つの乱舞が原型を壊し尽くす。
逃れられない圧倒的な蹂躙、とても常人に耐えられるものではなかった。
「滑稽だ! やわすぎる! てめぇら、なんだ! なんで、そんなに弱いんだ!」
足下の肉を踏みつぶし、逃げ惑う者達をあざ笑い、家の瓦礫を蹴り飛ばし、盗賊達の首領は町の道を歩く。点々と続く赤い足跡は、犠牲者の生み出したものだ。
彼は獰猛で大きな牙を口端から覗かせ、建物の壁を素手で破壊する。その肌は薄っすらと緑がかっていた。
「壊せ! 殺せ! 一人も残すな!! 逃げ道は塞いである! じっくり楽しめよ!!」
「おーけーだぜ! お頭!」
「ははっ!大したことはねぇなこの町!防衛組織は雑魚ばっか!!平和ボケの、軟弱な奴等だ!楽勝だぜお頭!」
意気揚々と、盗賊団の団員達は町を蹂躙していく。
首領ほどではないにしても、屈強な肉体を持つ彼等に対抗できる者は、この町にはいない。
盗賊団の一員が言う通り、楽にこの町を完全蹂躙できるだろう。
「――どうかな?」
否と、完全蹂躙を否定した声。声には楽しむ感情が混ざっている。
「……お頭?」
声を発したのは、盗賊達の中で誰より強いはずのお頭。彼は燃える町並みではなく他のどこかを見るような目で、顔を歪めて笑う。
「来るぜ、こりゃあ」
「はっ? なにが?」
首領の言葉に、周りの盗賊団員は首を傾げて疑問を口にした。
「【主人公】だ」
「……主人公? お頭、酔ってんすか?」
「酔ってねぇ!!」
「じゃあ、どういう意味なんすか」
「……俺の勘が言ってるんだ。悪を裁くお約束、物語の主人公が現れるとな」
首領の言葉は意味不明で、団員は疑問を大いに感じた。しかし真面目な口調のせいで、冗談と流すことも出来ない。
「今までも何度かこういう時はあった。主役の登場を察知する勘が動く時がな。そしてだいたい、その勘は中った」
目を細めて、楽しげに首領は言う。
「だが、ここは現実だ。物語じゃない」
それは、新しい玩具で遊ぶのを楽しみにしている子供のようで。
「――お約束通りにはいかないんだな。これが」
ありきたりの主人公に反感を持つ、悪ガキのようでもあった。
「俺は踏みにじってきた。主人公達を。お約束を壊してきた。それがなにより快感で」
首領は自分に酔っている。
彼の本質はそういうものだ。主人公を、決まり切った結果を、覆すことが楽しい。
それこそが彼の考える格好良さだから。
「死んでもらうぜ」
首領は振り返った。視線は背後の通りの奥へ。
焼け落ちる建物の間に、黒いフードを被り、漆黒のマントを羽織る人物が立っている。
「なんだ?ありゃあ……この町のヤツか?」
「そりゃ、そうだろ。海からは簡単にはこれねぇ。【霧】があるからな」
ざわめく盗賊達の疑問は、この状況で現れた謎の人物について。
「向かってくるぜ、あの野郎」
フードの人物は、一歩一歩確実に盗賊達に近づいていく。
「……」
発する言葉はなく、ただ黙々と歩いていく。
「……おうおうっ! 兄ちゃんよおおっ!! ……いや、女か?」
盗賊二人が、歩いてきた人物に絡む。
「どっちだろうと! ぶっころしィィ!!」
盗賊の一人が腰に携えたナイフを引き抜き、なんでもないことのようにマントに突き立てた。
目の前の人物の心臓に向けて、真っ直ぐに躊躇いなく。
「はっっ?」
しかしナイフは心臓に届くことなく、固い何かに阻まれる。
「なに? かたくね?がぎんっていったぞ――」
ナイフを持った男の顔が、右方向にひしゃげた。
「なっ!? てめッ!! ぐぎゃあッッ!?」
吹き飛ぶナイフ男と同時に、もう片方の男にも神速の鉄拳が突き刺さる。
拳を受けた腹は折れ曲がり、そのまま男の体は吹き飛び、首領を通り過ぎた。
「ヒュー!! やるじゃねェかっ!! まさか俺と同じ【ゴブリン】の肌を持ってやがるのかァ!? それとも【才を手繰る力】かァ!?」
後方に飛んだ部下には目を向けず、ただ眼前の敵を見据える。
首領の瞳に浮かぶのは「喜悦」。
「いいなっ! いいなっ! いいなっ!」
喜ぶ、ひたすら喜ぶ、感情に比例して、筋肉が盛り上がり、力みなぎる。
「顔を見せてくれ!! 壊されるお前は、一体どんな勘違いな表情を見せてるんだッッ!?」
顔を見せ、名乗りを上げよ。
首領はそう告げている。
「……いいぜ」
フードに手をかけ、引きはがす。
「――俺の名前は、ジン太」
現れた顔は、黒髪の男性のもの。
顔立ちは特別に整っているわけではなく、さりとて特別乱れているわけでもなく。灰色の瞳が敵意を宿し、首領を射貫く。
「良い目だ。そういう目をしなくちゃいけない。俺に壊される奴は」
にやりと、首領の口の端が上がる。
「勘違い野郎が。勝てると、思ってるのかッ」
「勝てるさ。――俺がお前を止める。必ずな」
ジン太はそう言い、マントの内から左手でナイフを取り出した。
「ナイフか……ッ! 主人公といったら、剣の方が似合うが……。フフフ……それも悪くないッ」
首領は斧を構え、闘志を漲らせる。血に濡れた刃が、屠ってきた者達を連想させた。
「――彩ってくれよ、お前の色で」
笑顔と共に首領は動いた。
石造りの地面をひびが入るほど踏み締め、巨体に似合わぬ疾走を開始する。
地響きを起こしながら、ジン太に襲いかかる殺戮の悪。
「うおおおッッッ!!!」
斧を振り上げ、敵対者に下す。
豪風を伴いながら迫り来る斧。
「――オオッッ!!!」
迎え撃つジン太も、負けじと咆哮を放つ。
ぶつかり合う意志と意志。競い合う、研鑽し積み重なった戦闘技術。
全てが混ざり合い、火花を散らし、雌雄を決する、決戦場――。
――俺はつまるところ、屑だったんだろう。
「かっこいいよなー、主人公」
「俺が貴様を止める!!……言ってみて――」
俺の国で流行っていた冒険譚、周りの奴等がそれの感想を口にしているのを、俺は不満気に聞いていた。
(悪役の方が、格好いいだろ)
いつもそう思ってた。
悪役の方が共感できた。
「かっけぇ」
本が擦り切れてボロボロになるほど読み返しても、考えは変わらず。
だから、自身を投影して。
「はっはッーァ!!」
いつの間にか、荒くれ者達を率いて、なっていたんだ。
物語に出てくる悪党に。
「壊せッ!!壊せよッ!!跡形なくなッ!!」
それは本当に快感で、
「貴様を倒す!」
本当に楽しくて、
「ゆ、ゆるしてくれっ!!僕が悪かった!!」
罪悪感なんて、微塵もなくて、
「いやだああああァァァァ!!!」
だって俺は、悪の親玉だから。
「――そんな訳ないでしょう」
荒れ果てた通りで、椅子に座った美しい女性が告げる。
告げた先は、座っている椅子。それの近くには、粉々にされた斧が転がっていた。
「ぶひゅうううう゛ぃ」
主力その一は。
「は……?ぎゃ……」
主力その二は。
「あたま……いてぇ……」
主力その三と四は。
「だ、だれか……たすけ……」
「ばけ……ものっ」
全ての主力は、一人の少女によって既に無力化され。
自称・悪の親玉は彼女に座られていた。
「ひひひぎゃっ」
その大きな椅子は声にならない声を発し、顔はぱんぱんに赤く腫れ上がり、ロープで両腕・両足を縛り上げられ、存在そのものが滑稽なものだった。
「貴方は、名も無きチンピラ程度よ」
背に座る黒髪の美女は、冷酷に評価を下し――。
その光景を間近で見ていた、脇役に貶められた男は呟いた。
「いや、空気読めよ。お前」
最後の一撃だけ横取りされ、微妙に空しい気分。
いつもの如く【場面破壊】は起こり、彼は棒立ち。
(倒せたから良いんだけど――帰っていいかな? 俺)
■数分後、盗賊たちを倒した少女……フィルは民衆から女神さまと呼ばれ、大いに称賛される■
■完全に空気と化したジン太は、知らないおっさんに「元気出せよ」とか励まされた■
「なんやねん。誰やねんおっさん」
■盗賊のボスと戦った際に、転んでぶつけた右ひざが妙に痛かった■