はじまりの仲間
「……」
ふらふらとした足取りが頼りなく。
見える世界は暗闇の中のようだ。
夢の世界を俺は歩く。
「はぁ」
溜息が出た。
無気力なものだ。
ああ、そうさ俺は無気力・無力。
「……先に」
この世界の先に何があるかは分からないが。
行こうと思う。
わりとどうでもいいのだが。
「……」
■夢の中なのに■
■暗すぎるな■
「……」
ぽつぽつと歩く。
気付いたことがあった。
それは足元の異常。
「水が……」
水たまりが広がっている地面。
別に不便なほどではないが。
むしろ状況には合っているのかもしれない。
「はぁ……」
まったく冷たくは感じない。
感覚が全体的に鈍くなっているような気もする。
どうでもいいが。
「……」
長い時間歩いてきた気がする。
この世界に来てからではなく。
これまでの人生の話だ。
「……」
奴隷時代から始まり、そこから自由になり、広い世界を知った。
世界を歩き回り、色々なものに触れ、楽しい日々。
「そして、出会った」
■今までで最大かもしれない壁■
■立ち向かっても勝機はない、世界が生んだ怪物■
【無様ですね】
「うるせぇよ」
過去に言われたあの言葉。
あの時に受けた圧倒的な力も相まって、とてもよく覚えている。
思えば、反発心をバネに修行する時、よく彼女の姿を思い浮かべていたような……。
「はは……」
笑ってしまう。
恐怖の対象でもあった相棒に、努力を支えられていたという事実が。
「フィル」
俺の初めての旅仲間。
彼女の存在は、本当はこんなにも大きいものだったのか。
改めて感謝する。
「ま、もう少し性格がマシになれば」
完璧なんだが。
多くを望むべきではない。
「それに」
ああ見えて、フィルはむやみに悪事を行ったりはしない。
理由があればどんな冷酷なことでもするだろうが、基本的には無害な……はず。
「……」
【黒滅鬼】と呼ばれる彼女。
その噂などはそれなりに耳に入ってくる。
かつての強国において、様々な国との戦争があった。
有名な大戦は【大海の艦隊戦】、【悪政大国の戦い】、【結晶の大戦】などだが。
その戦いの中でフィルの評判はかなりのものだった。
味方で崇める者がいるのはまだ分かるが、敵軍の中にすらそんな者がいるというのだから。
なんでも、天上の中にかなりの問題児がいて、その虐殺行為や残虐な行いを戒めていたのだとか。まだ彼女を信用できない時に調べたことだが。
「うそくさいな……」
相棒がそんな善人じみた行いをするとは思えない。
天上の良心的存在に思われていると聞いた時は、失笑しそうになった。
どんな悪党集団だよ、天上ってのは。
「きっと」
フィルは優しさからそんなことをしたわけではない。
だったら何だと言われると困るが。
「だってあいつは」
■思い出すのは、ある盗賊団との戦闘■
■悪逆に酔った男が率いる、悪の軍団■
「……」
あの盗賊団の頭は、とてつもない悪の気配を感じた。
間違いなく人でなしだろう。
なら。
「そいつの上に座る……」
悪を尻に敷く【絶対悪】。
俺が本当に恐怖したのはアイツの方だ。
その本質はなによりどす黒いものなんだろう。
「そして……」
リアメルでのトラブル。
天才・ジーアとの遭遇。
あの騎士は間違いなく強敵だった。努力の形は見えない敵ではあったが、才能だけで強者になれるほどに。
もしあれから堅実に努力を積んで、己の力量を磨いていったら、今度負けるのは俺かもしれない。
「生きてたら……な」
リアメルが滅んだということは、あいつも間違いなく死んだ。
惜しい気はするが、特に悲しいわけでもないが。
……あのノードスやフィルと同格が相手では、なすすべなどないだろうよ。
(天才たちを凌駕する、怪物たちか)
特殊種族だったり、特別な修行法を用いたり、異常な力を有する理由は様々ではあるのだろうが、俺では到底勝てないような怪物であることは違いない。
(努力によって届く範囲には限界がある)
【無駄な努力――】
否定したかったが、もうできない。
ロインのスカイ・ラウンド挑戦は届く範囲の高みではあった。
……だが、やはりあれは。
「……」
うっすらと霧が出てきた。
霧と言えば、あの戦いを思い出す。
(天上の怪物)
狂気に染まった男。
奴の振るう斧はすさまじい努力が感じられるものだった。
その点で言えば、俺はあの男に敬意を抱いているかもしれない。
(そしてジュア)
■自分自身を嘲笑していた、努力を愛する友■
「……」
少しだけ立ち止まる。
結局、俺は折れてしまった。
あいつにあんなことを言ったのに、今はこんな様だ。
努力を続ける姿が下らないなんて、そんなことはないと。
今では、胸を張って言うことが出来ないだろう。
「……」
なんとなくだが。
もしそんな弱音を吐いたら、あいつは逆に激怒しそうな気がする。
面倒くさい奴だからな、彼女は。
それすらも偽りの姿だったのかもしれないが。
「だが、友達だ」
そう呟いた。
自分に言い聞かせるように。
■死んでいった友人たちの姿を思い浮かべる■
■必死に逃げる己の姿も■
「……友達だ」
重ねて呟いた。
自分の中にある感情を確かめるように。
それが偽りではなかったことを再確認した。
「そうだ、大切だとは思っている……それでも」
「――貴方は、もっと大切なものがあるのよね」
■霧の中に怪物が潜んでいる■
■素直じゃない、ずっと一緒にいた怪物■
「……ああ、そうだ」
俺は前方に立つ人影に向かって歩く。
その人物は透き通っていて・人間味を感じさせない美しい髪・肌を持ち、肢体を包むは、黒で染められた着物。着物には蝶の刺繍が施され・彼女の外見と相まって怪しさを放っている。
美人は何を着ても美しいというか、なんというか。
「立ち直りましたか?」
「……いや」
見れば分かるだろうに、意地悪な奴だと思う。
そんなに俺を苦しめて楽しみたいのだろうか?
もしや、俺を助けたのもそれだけが理由では……?
「……」
分かっているさ。
そんなことはないってことを。
そんな奴が、俺を助けた時にあんなに優しい笑みを浮かべるわけはない。
「フィル……」
「なんでしょうか、船長」
「……」
何を言いたいのか分からなくなった。
こんな俺を船長と言わないでくれとか、あの時はありがとうとか、ノードスはどうなったとか……色々、聞きたいことはあるが。
「少し寒いな。小屋に入ろうぜ」
「そうですか・そうですね」
なんだかさっきより肌寒くなったような気がする。
なので、彼女の背後に建っている小屋に行こうと提案した。
和風の小屋は以前にも入ったことがある。
「……」
「?」
フィルがじっと俺の目を眺めている。
なんなんだろうか。またよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな。
「船長。質問を一つ」
「……なんだ?」
真剣な顔で問うてくる彼女に影響され、俺も顔が引き締まった。
これは彼女にとって大事な問いだ。
そう確信した。
「今でも、人生は良いものだと言えますか」
「……」
なんで彼女がそんなことを聞いたかは分からない。
そして、俺にとってその質問はとても答えにくいものに変化した。
(色々あったからな)
本当に災難の連続だ。
最悪に次ぐ最悪、仲間を友を同士を失い、何も出来ずに逃げるのみ。
思い出したくもない、少女の最後。
(そして)
かつての宿敵との戦い。
今まで磨き上げた力は、あのクソ怠惰野郎にあっさりと破られた。
その築き上げた力すら努力で手にしたものですらなく。
「はぁ」
ため息が漏れた。
一気に崩れた全てを背負って、まだ前向きでいれるわけはなく、とても重い負の感情が止まらない。
(がんばった、のにな)
どうしようもない現実を前に、人生など投げ捨てて死にたい気持ちにもなる。
なるんだが。
「ああ、思うさ」
本心からそう言った。
それ以外の考えなど、とくには思いつかない。
こんなにも打ちのめされて尚、絶望を味わって尚、心が折れたというのに。
うまく行かない人生を下らないとは思えないんだ。積み上げて来た苦労や頑張りを、否定したくはないんだ。
「……」
フィルは俺の答えを聞いて、いきなり目を見開いた。
彼女の驚く顔などかなりレアだな。
「……ああ、やっぱり」
震えるような声を出し、彼女は俺を見つめている。
「貴方は変わらないのね、あの時から」
あの時?
それって……。
「あの雨の日も、最後の足掻きの時、貴方の目には人生に対する強い執着が宿っていた」
フィルは美しい思い出のように語り。
「それが、私の心をどうしようもなく焼き尽くしてくれるのよ」
今まで聞いたことがない本音を告げた。
■フィルが俺の仲間になった理由を知り■
■また一歩、彼女のことを理解出来たような気がする■
「――なんて・言ってみたり。フふ」
「おいっ。冗談かよっ、俺の理解を返せっ」
「さあ? どうかしら・ね?」
「ったく。お前は本当に……!」
人のことをおちょくりまくった笑みを向けるフィルに、なんか脱力してしまう。
こいつを理解できる日が来るのは、まだまだ先の話のようだ。
それはともかく、いつも通りの相棒に安心したりもしているがな。
俺たちの関係性はこれでいい。
「行くか、フィル」
「ええ、船長」
■俺は、新しい一歩を踏み出した■
■はじまりの雨の日に出会った、大切な相棒と共に■
最後までお読みいただき感謝します。
いつか、違う結末を辿る話も書けたら良いなと思います。