失意の底へ・一つの結末
「……」
【遠く】で、狩人は覚悟を決めた。
位置は、島の東端にあるとても高い櫓。
そこで獲物を狙っていた事実。
「しぶとい……」
恐るべきことに、彼女は島の端から端へと狙撃を行っていたのだ。
彼女の両目に装着された双眼鏡のような才物が、それを可能にしている。
「仕方ないわね」
元々、あまりやる気が出る仕事ではなかったが、任されたからには応えなければと。
「もう間に合わないわ……」
しかし、撃破対象は思った以上に厄介で、消耗していたとは言え彼女の攻撃を凌いで見せた。
「――」
「見えた!船!」
島の西にある岩の海岸。
そこに停泊中のロード号が、遂に出航の時を迎える。
「……これは、とんでもない状況だな」
船長はラルドに変わり、既に出航の準備は出来ていた。
即座に逃走することが出来る体勢ではあったが、そんなものは何の気休めにもならない。
(マリンは……)
帰還してきた者達の中にお馴染みの少女の姿はなく、ジン太の様子を合わせて考えたラルドは、静かに結果を察した。
【今度、ラルドさんにも食べてもらうからね!】
「……」
甲板上で数秒だけ目を伏せた彼は、素早く行動を再開する。
「とにかく早くっ!!出航させるんだっ!!」
緊迫した状況の甲板上で、自動操作で動く船員達と、敗走した戦士達が船外からの攻撃に備える。全方位からの攻撃を、最大級の警戒で迎える構え。
「……相手が天上なら、無駄かもな」
ゼノがぽつりと言った言葉は、ここにいる戦士達全員が思っていることだ。
「とにかく、最善を尽くすしかないだろう……」
船が動き出し、ホワイ島から離れていく。
当然、全速力ではあるが、まるで安心できないのは。
「……」
アンが見つめる、甲板に横たわった体。
顔に布が掛けられた戦士は、物言わぬ存在になり果てた。
「ああ……」
決して彼は弱かったわけではなく、ただ単に敵が理不尽に強すぎた。
それだけのこと。
「生きた心地がしないぜ……ッ」
ヴァンの心臓は異常に速まり、いつあの【災害】が自分たちを襲うのか、恐怖心が体を凍えさせる。
(どうかこのまま……)
何事もなく船が進み、難を逃れることは出来ないか?
誰もがそう願った、その時だった。
「?……風が」
甲板上に吹く生温かい風が、ぴたりと止んだと思った彼等。
上空のカモメが船から離れていく。
なのに船の帆は、ぎしぎしと音を立てる。
「何……」
【遠くから・空間を抉る音が響き――】
「……おい!なんか聞こえなかったかっ」
「聞こえた。なんだ今の?」
ホワイ島の中央にある町、【キャマル】の住民たちがその気配を察した。
「――」
木の葉はざわめき、動物達は慌て、夜闇の全てが揺れていく。
「――あと、一発だけ」
己の力をある程度解き放った天上の力は、波紋を広げ。
【雷光の矢は・島を裂く雷となりて】
「あ――」
船上の戦士たちが、遠くで煌めくそれを見た。
(怪物)
アンが想起したものは、子供の頃に読んでいた童話のイメージ。
【決して抗えない・理不尽な力】
(違い過ぎる)
読んでいた当時の恐怖が急速に再現され。
空想の壁を破り・現実に諸現した。
【この世の条理では防げぬ一矢なり】
「――絶速」
ロード号を欠片も残さず破滅させる雷が、海上に破壊の渦を巻き起こした。
「……」
神速の極光は轟音をまき散らし、余波だけで西海岸を【抉り】、津波を発生させた。
大きな雷光を纏った球体が出現し、周囲に爪痕を残していく。
人では抗えない自然の猛威・怪物にしか不可能な所業。
「……あっけない」
その光景を見つめる怪物は、己の力を再確認し――。
「やはり、あの【壁】は崩せんか」
それを受けても健在の、【白き壁】に畏怖の念を向けた。
(霧の海……を利用した逃走とは)
世界と世界を繋ぐ、正体不明の領域。
怪物の牙ですら問題外の、この世界における最強の盾。
(嫌な予感はしていたけれど……)
ホワイ島の周囲に発生し、形変える霧の壁。
不規則性はなく、利用するのは比較的容易いと言えよう。
「……義務は果たしたわ。諦めましょう」
砕け散った己の波動砲で通じないのなら仕方なしと、あっさりと退くエルマリィ。
「ガルドス達の様子を」
自分より先に行動していた仲間達の元へ、全力で向かう。
ぼんやりと月が浮かんでいる。夜の平原。
「……あーあ、逃げられたなぁ」
地面に転がって、傷だらけの体を休めるガルドスは、西の高い岩壁の向こうで起きた轟音を聞いて思った。
「くそー!本調子ならなー!ワンパンだったのに!」
涙目になりながら言う彼の言葉は負け惜しみにしか聞こえないが、半分事実である。
標的たちも消耗していたが、もしガルドス達が万全であったのなら、少なくとも取り逃がすことはなかっただろう。
「……ガルドスさん。調子は?」
「おお?」
悔しがる彼に声を掛けたのは、チェーンメイルを上半身に纏った、戦士エドワード。
彼の持つ剣も鎧も破損が目立ち、激闘の後であることが分かる。
「そっちこそどうだ?随分とやられたみたいじゃないの!」
「一人だけ、異常な動きの奴がいたんです。まるで己の傷を考慮しない奴が」
「……ロウがやられた野郎かー」
ロイン達の足止めを行ったエドワードは、その勢いに押されてしまい、突破を許してしまった。
「すいません。僕の力不足です」
「いやー、オレの判断だよ。まいったな……あはは」
謝罪など必要ないと、右手を振るガルドス。
「そういえばロウは?落ち着いたかよ」
「さっきよりは。下手に動くと危険だと言うのに……」
エドワードは、少し離れた場所から聞こえてくる叫びに耳を澄ませる。
「がアあああああァっ嗚呼ああああッ!!」
狂ったような声は夜を裂いて島中に侵食するかの如き、怨念の塊。
己をこんな目に遭わせた存在を惨殺しなければ、その狂気が収まることはないだろう。
「嗚呼ああァっッ!!あのクソ野郎がァッ!?」
「おお~、哀れな相棒!」
砕かれた肉体で吐血しながら、治療されて間もない体を震わせるロウ。
「ははは、まっ、あいつなら大丈夫だろ。先の戦いで武器を壊されてなければなー」
「あいつは直ぐに感情的になって、器の操作を失敗しますからね……むしろ、そのまま……」
「腹黒いぞ!エドワード君!」
いつも通りの緊張感のなさで、ガルドスは去っていった者達について考える。
「相性が悪いシリアス君に……ロウを撃破した剣士……」
脅威である敵と、いつかまた戦う時が来ると確信していた。
「そして――」
「我がライバル……ッ。いつか決着を付けようぜ!!」
「なにその髪型」
好敵手のネタをさりげなくパクりながら、ガルドスはジン太との再戦(ガルドス的な)を望むのであった。
●■▲
――体が重い。
――意識がぼんやりしている。
(蜃気楼の中を、漂って。いる?)
違うな。
俺自身が蜃気楼になったかのような、ふわふわゆらゆらした感覚。
どうにも足元が定まらない、落ち着かない場所にいるようだ。
(今は……)
これで良いのかもしれない。
なんだかとっても疲れたんだよ。
いったい、なんで……。
(……)
……つかれた。
つかれた、つかれた、つかれた。
もう、今は何も。
(――かんがえたくねーな)
……ああ。だるい。うっとうしい。
自分でもいやになるぐらい、無気力……だ。
(周囲のこえが)
ゆれながら聞こえてくる……ような。
「――で!もっと――っ」
「今更――言ったって――!」
もめているのか。
今の俺にはかんけいないけど。
もう、真っ白になりたいんだよ。
(まりん)
なんでか少女が自分の手をにぎっているような気がして。
「――」
すぐに違うときづく。
(……おまえか)
危うさも感じるようなてざわりは。
相棒以外にいないよな。
(……悪い。いまは)
お前のあいてはできない。
くだけちったものを、悔いるので……。
(べつのことを考えよう)
もっと楽しいはなしを、現実をそらすために。
たまには逃げたっていいよな?そんなに強いにんげんじゃないんです。
あゆんできた道を、つみあげて来たもんを壊されて、それでも前向きになれるような強さはないんだよ。
だから……【漂流】はひとやすみだ。
(なにをかんがえようか)
俺は……そうだ……。
(……この髪、もどるのか?)
こまるぞ……本当に……はは……。
まりんに……笑われちまう――。