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天敵

 多くの棚が立ち並ぶ資料室内。

 【物品】関係の情報箱を開けたフィルは、驚愕した。


(なに……っ!?)

 いきなり感じた胸の痛みに、彼女はそれを左手で押さえる。

 非常に速く鳴る動悸は、全く経験したことがないものだった。

「アう」 

 手に持った資料を落としてしまい、両手を机に着く。

「……っ」

 顔を流れる汗が、感じている恐怖を表していた。

(――壊れる・船長(おもちゃ)が)

 かつてないほどの悪寒の正体は、ジン太の破壊を予感する知らせ。

(だから・なに)

 そんなものは気にするに値しない。

 自分がやるべきことをやらなければと、彼女は――。


(いや)


「あウ」

 そう思えば思うほど、彼女の動きは鈍くなっていく。

 眩暈が起きて、作業がままならない状況に陥り。

「そんな」

 自分でも理解できない程の激しい感情が、彼女の行動を縛っていた。

(――恐怖)

 感情の正体がそれであることに気付いた彼女は、困惑の中に取り残される。

(こんなに苦しい・何故・理解不能)

 心臓を締め付けるそれは、一体どこから発生しているものなのか。

【知ってしまったら・余計に苦しむ羽目になるからと】

 その答えから目を逸らし続けた彼女は、いよいよ直視する羽目になってしまった。

(落ち着きなさい――こんなのは、何かの間違いよ)

 必死に言い聞かせるような声が頭の中で木霊し、頭を抱える。

(冷静に・いつも通り・私は)

 声を抑えようと躍起になり、歯ぎしりの音を鳴らし、時間が経って――。

「……」

 ようやく声は収まった。

(早く)

 代わりに鳴り響く声は、素直に染みわたっていく。

(早くッ速くッはやくッ)

 ぐんぐんと速度を上げる肉体。【軋んでいく】。

 かつてない出力を見せる、天上の器。

 フィルは誰にも捉えられない閃光となって、夕焼けの中を進んでいく。【行き先は言うまでもなく】。


【いつかの病室を思い出した】

【燃え滾る情熱を・自分に見せてくれた少年】

【彼女は苦しんだ】

【そんなに{愛おしい}姿を見せては・壊したくなってしまうというのに】


(――はやくッ!!)


●■▲


 そうして辿り着いた彼女は――。


「……フィ、ル」

 薄い土煙の中に立つ・怪物の背中。

 助けに来た相棒を見たジン太は。

(やっぱり、な)

 驚きながらも、何故か納得が行っていた。

(見捨てない、よな。お前は)

 彼女はこういう人間であると。

 彼は、何だかんだで信頼していた。

「無様」

「……へ?」

「なんですか。その様は。主に髪」

 そして、辛辣な態度も信頼の内と言えるのかもしれない。

「……貴方らしいと言えば、貴方らしい・けれど」

 ぽつりと言った後に、彼女はその意識を・周囲に張り巡らせた。 

(邪魔な玩具が二つに壊れた玩具が二つ)

 赤い瞳に映るのは、何も変わらない異質な世界。

(後退したナマケモノと、その少し後ろに大きく不細工な玩具)

 大きな玩具の方の足元には、黒い鳥が踏み潰されている。

(そしてマリン)

 壊れてしまった、大切な玩具。

 形を失い、生気を失った状態でも、認識は変わらないが。

 彼女は悲しんでいた。

(――)

 前に映った、もう一つの壊れた玩具は。

 栗色の髪を持つ、羽をもがれた鳥の人形。

(【アレ】)


 誰にもわからない薄い笑みが、零れた。


 土煙が晴れてきた。

「……なーんで、お前がいるんだ?」

 ノードスは、前に立ちふさがる敵を警戒している。

「久しぶりね。ナマケモノ」

 そうしなければならない程の、脅威が現れた為。

 自然と前に構えられた短剣が、彼の内面の焦りを表現していた。

(この女……ジン太の仲間になったのか)

 ノードス達が知る限り、フィルがジン太と関りを持っていたという情報はなかった。

(こいつなら、正確な情報を阻害するような何かを行っていても不思議じゃない)

 一気に盤面を引っ繰り返し兼ねない駒が、いきなり出現してしまう。

「まったく……面倒なっ」

「ええ。本当に」

「結構、お前のこと好きだったんだぜー。なのになぁ」

「私は嫌いだったわ」

 睨み合う二人の【怪物】。

 互いに互いの動きを観察し、始まりの時を待つ。

 かつての仲間であろうと、容赦する気はまるでなく。

(天上が二人)

 激しい圧力が発生し、ジン太は心臓が壊れそうになる。

(どうなっちまうんだ……っ)

 怪物同士の決闘によって起きる影響を考え、彼は背筋を凍らせた。

(フィルッ)


「おーい、誰か忘れてない?オレ!オレ!」


 割り込んだ滑稽なる者が、雰囲気をぶち壊す。


「!」

 塗り替えられる雰囲気。

 壊される世界。

「――これは、とっておきだ」

 夕焼けの空は剥がされ、一変する。

「……」

「なにっ!?」

 フィルとジン太は、喜劇の中に放り込まれる。

「【ポイント消費】が激しいんで、なかなか使い難いが……ここが使い所と見たよガルドスさんは」

 飲み込まれた夕焼けは、滑稽な姿の鳥・豚・犬・猫などが縦横無尽・不規則・乱舞する青空に変化した。

 地面には草が生い茂り、色取り取りの花が各所に咲いている。

 鬱陶しいほどに光り輝く太陽が、本当に鬱陶しく。


「【喜劇場】の一……ガルドスタイムのスタートじゃああああああああああッッッ!!!おらああああああぁァッ!!!」


「ブヒヒヒッ!!」

「ニャアアアッ!!」

 空を舞う動物二匹が、フィルに襲い掛かる。

「ジャブ!ジャブ!アッパー!」

「右ストレート!!世界を狙うぜ!」

 その体を、筋肉隆々な男性のものに変貌させながら。


(ふざけてるわね。普通に速い)


 素早い手刀が、二匹の顔面を抉り裂いた。


「夢破れるッ!!」

 だが、見えない鎧に阻まれたかのように、裂くこと叶わず。

 少し小さなタンコブが出来たのみの結果。

「残念ッ!!無念ッ!!――爆発御免ッ!!」

 で終わらず、二匹の肉体が爆発して、爆炎がジン太達を飲み込んだ。

「うわァッ!?」

 思わず目を閉じて、顔を伏せてしまうジン太。

「……ッ!?」

 しかしその体を炎が包むことはなく、彼は恐る恐る目を開けた。

「お、お?」

 彼の視界には、【正体不明】の壁があった。

 ジン太とフィルを守るように展開されているそれは、彼女の両腕から生み出されている。

(武強(ブレード)……なのか?これ)

 

 ギシギシ。

【壁は】

 ギシギシ。

【世界を軋ませる・正しく視認できないもの】

 ギシギシ。

【異音が少年には聞こえた】


「――不味いわ」

 加えて・少女の呟きが。


「ぎゃはあははははっはっはははははははははッ!!」

 耳に届く前に、馬鹿笑いが壁の上方を砕いた。

「突っ込んでいくぜ!!ベイビー!!」

「ゴー!!」

「やべ!おやつ忘れた!!」

 割れた壁の間から飛んできたのは、子犬が三匹。


「ばっか野郎!!たくあんはちゃんと持っとけって言っただろうがッ!!」

「おやつは三百円まで!!」

 ただし、顔が薄汚いおっさんである。


(まずい)

 フィルは焦る。

 迫りくる、三匹の脅威に対して。

(捕縛(イーター)圧縮(クラウド))

 ぐにゃりと・フィルから伸びる正体不明の力が形を変えた。

「いくぜ――ぷぎゃ」

「ゴー!!ごぶッ!?」

 大きな二つの顎が・【世界】ごと敵二体を噛み砕く。

 メキメキと空間が軋む。

「すげ……っ」

 聞いたことのないような破砕音が鼓膜に響き、文字通り次元が違うことを認識したジン太。


「狙いはお前!ギャハハ!!」

 倒れた彼に目掛けて、凄い勢いで飛来する残りの一体。


「!?」

 そのことにジン太が気付いた時には、既にそれは接近していて。

「――許さない」

「ぶぼ!?」

 素早く防御に回ったフィルが、右手刀で最後の一体を仕留める。

「ぼ――ぼおおおおおッ!!」

「!」

 頭に受けた攻撃によって、奇声を発する珍獣。

「っ!?」

 そのまま姿を【液体】の様に変え、フィルの右腕に【侵食】した。

(これは――)

 

 次々と・壊れた壁から突撃してくる、滑稽な生物達。

「最高スピード!!更新!」

「ガルドス死ね!」

「イチャイチャしてんじゃねー!!」


「……ッ」

 焦りを募らせながら、フィルは頭がおかしくなりそうな混沌(カオス)に立ち向かっていく。

(……俺のせいだ)

 苦戦している様子の相棒を見て、その光景の異常さに、ジン太は確信する。

(俺を庇いながらの戦い……それだけじゃなく、最初からあいつは様子が変だった)

 フィルが駆け付けた際に、異様な消耗感を感じていた彼。

(かなりの無茶をして、急いで来たんじゃないのか。フィルッ)

 血を流しながら自分を守る彼女の姿を見て、ジン太の胸は痛みを増す。

(そこまで必死になってッ)

 見たことのないような気迫で抗うフィルは、しかし少しずつ押されている。

 もしジン太がいなければ、周囲を巻き込むような強力な攻撃も使えたかもしれない。

(俺はそんな時に何をやって……ッ。このままじゃあ……ッ)

 大切な相棒のことも失うかもしれない、そんな予感が。



◆ぼんやりと・世界に影が満ちる◆



「――あれ?なにこれ?」

 暗く染まっていく空を見て、ガルドスは目を丸くした。

 前方で展開している戦闘音は、激しさを増しているが。

「おっかしいなー。故障?……?」

 どんどんと重くなっていく空気、壊されていくムード。

「……おい、ガルドスさん」

 ノードスは状況の変化について、背後のガルドスに聞こうと振り返り。


「……お?」

 長剣で首を刎ね飛ばされる・彼の姿を見た。



◆長剣を振った。その者は。紫の髪を持ち◆



【ある少年からの視点】


 ――楽しんでいるな、【お前】は。


「……」

 笑いと悲鳴が交差する・十人の王が生み出した地獄。

 その中に、何もかも奪われ、無力にただ【視る】だけの少年がいた。

「……」

 彼の中にある想いはシンプル。

【増悪・増悪・増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪増悪】

 【喜】の感情など挟み込む余地などないほどに、どす黒く染まっていく心。

「……」

 大切なものを失って・奪われた、そんな人間が考えることは分かり切っている。

【増悪の発露】


 ――視ていたぞ。オレは。


「――イリシュバルの威光を知れ」

 盗賊に成りすまし、あの時の男をおびき出した彼は。

「ぐああッ!?ゆ、ゆるしてくでッ!?いやじぇ!!」

 【体】を譲ってもらうことにした。

 かつて【ワンシェル】と名乗っていた時に滞在していた国では、顔を変える力もあったが、彼には使えないので。

 【物理的】に、【被り物】を引き剥がした。


「あんたに聞いておきたいことがあるんだよ」


 薄々感づいていたのか、探りのようなことをしていた者もいた。

【お前も同類か】

 【怪奇】になり果てた少年は、完全にその人物になりきっていたのだ。

「悪いなペルさん」

 なので【最後】まで、その者が自分の正体に気付くことはなく。

【熱意に満ちた瞳】

 それを宿したまま、【八つ裂き】にされた。

【熱意――何だ?それが】

 確かに男は熱意があり、全力で前に進もうとする素晴らしい意志を持っているのだろう。

【その為に、お前は】

 その為に彼は、多くの【多種族】を惨殺してきた。

 極めて利己的な理由で女子供も容赦なく・踏み台にして。

【同情できる過去がある・罪を忘れるな・共感できる想いがある・悪を忘れるな・尊敬すべき、素晴らしい信念を持っている・理不尽に踏みにじってきた者達の、憎しみを忘れるな】

 忘れないから・消えてないから・必ず報いを受けさせるから。

「な、何奴だっ!曲者ー!」

 だから。


「ギャグで誤魔化すなよ。殺すぞ」

 喜劇には悲劇を。

 警告の言葉と共に、増悪の刃で天敵(ガルドス)の首を斬り裂いた。

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