限界突破・突破
青い瞳は完全に力強さを失い、一つの命が消えた。
俺の思い出は既に傷しかなく、やり切れない想いだけが残る。
揺らぐ視界の中で、気を確かに持って。
「……」
息絶えた彼女を、そっと地面に寝かせる。
(何のために)
ここまで来たんだ。
皆を死なせる為だったか?
(俺の判断で来た)
俺が行こうと言って・皆を付き合わせた。
(つまり、誰の所為か)
誰がみんなを。
【青春は良いものだ!気が合うな!】
気が合う友人を。
【新しい料理に挑戦中!楽しみにね!】
大切な仲間を。
【ジン太!今日も楽しかったですわ!】
初恋の少女を。
(奪いやがったのは――!!)
「ジン太」
!!
この、声はッ。
「俯いてんなー」
どこまでも気力を感じさせない、怠惰と堕落に染まり切った、かつての声。
見える足元は、黒いブーツ。
「いたたッ!?ノードス君!!助けろー!!」
「ことわる。茶番は無視」
「裏切者がー!!」
未だにフィアの力は残っていて、ガルドスの動きは封じられているようだ。
(チャンスが。は?)
チャンスだって?
あるかよ、そんなの。
(相手はあのノードスだぞ)
俺に、圧倒的な才能の差を知らしめた宿敵。
こいつの力を見て、あの時へし折られた心は、未だに戻っていない。
(勝てない、少なくとも今はまだ)
もっと修行を続けて、月日を重ねて、ようやく勝ちの目が見える強敵。
こいつの性格上、修行をするなんてことはないだろう。
あの時から、強さは変わっていないどころか、劣っている可能性すらあるが。
(それでも、例えベストな状態でも、勝機はない)
そう思わせるだけの、恐ろしさは感じる。
「あらら、やる気ないな。ジン太」
当たり前だろうがッ。
勝てるわけがないッ。
「ま、時間稼いでも無駄だしな」
「?」
「あっちをみろよ」
ノードスの言葉を受けて、俺はその指が指し示す方に目を向けた。
(あそこは……っ)
遠くに見えるのは、それなりに大きい林。
(ロイン達の待機場所ッ)
いざという時の為に、あいつ等が潜んでいた林。
そこの木々が吹き飛び、倒れ、波動による光が木々の間から乱舞する。
「エドワード達が相手してる」
「エドワード……?」
「仲間。【今日】の奴は強いぞ」
どうやらノードスの仲間らしいが、そいつがロイン達の相手をしているのか。
(ノードスが強いと言った)
それだけで、ある程度の脅威が分かってしまう。
「ちくしょうッ」
両手で土を掴み、無念を押し込めるように握りしめる。
視線は地に落ち・上げることが出来ない。
「はー……」
「ッ!!」
長い溜息が聞こえた。
反射的に俺は顔を上げて。
「――」
懐かしい・顔を見た。
(お前は昔から――)
そういうやつだったよな。ノードス。
「昔から変わらないな?ジン太」
「ッ。何だとッ」
「ま~だ、努力なんかを信じてんのか」
「!!」
馬鹿にするような口調で【実際に馬鹿にしてる】、ノードスは呆れている。
やれやれと首を振る仕草が癇に障った。
「――頑張ればなんとかなる」
続く口調は更なる侮辱に満ちていた。
「――努力すれば希望がある」
言葉に込められた感情は、かつてないほどの全否定。ジュアとは違う。一切の肯定を含まない、見下し切った言葉・黒い瞳。
「本気でそう信じてんのか」
俺が今まで聞いたどんな言葉よりも、重々しく頭に響いてくる、呪いの言葉。
ごりごりと削られていく精神。
俺の正反対に位置する存在がいるとすれば、ノードス以外にいない。
(こいつは天敵だ)
改めて、そのことを認識した。
「いや、むしろ」
こいつとは、絶対に相容れないと。
「昔より、ひどくなってるか。【自己完結】しとけよ。せめて」
あの時からノードスは、俺にとって認められない野郎だ。
「はあ……――なんでそんなクズになっちまったんだよ、ジン太」
「クズ、だとッ」
ふざけるんじゃねェよ。
テメェにそんなことを言われる筋合いはない。
今まで大した努力もせずに、ただ無為に時間を消費していたような、そんな野郎にッ。
「……いらつくな」
「こっちの言葉だッ」
睨み合う俺とノードス。
間でぶつかり合う想いは、だんだんと膨れ上がっていくようだ。
(なんだこの気持ちはッ)
自然と俺は右拳を握りしめ、限界突破を発動していた。
虹の波動が戦意を示す。
「やる気か」
どこからかあふれ出してくる戦意が、体を動かした。
「……おうよッ!!」
勢いよく立ち上がり、夕焼けの中でノードスと対峙する。
【この状況は】
生ぬるい風が、俺の背中を押した。
(もうこうなったら、戦うしかないッ)
俺の今まで磨き上げてきた力・全てをぶつけてやる。
「そうかい。なら」
奴の右手が、静かに・殺意を持って・背中にある短剣へと伸びた。
(威圧感が・上昇している)
とんでもない圧力だ。
心中に存在する危機感を知らせる警報装置が、うるさい程に鳴り響いている。
(天上の一人)
フィルやクルトさんと同格の男。
遥か先の地点に立ち、落ちこぼれではとても――。
【俺だって・努力を積んできた】
「……だよな」
両拳を構え・真っ直ぐに奴の目を見据える。
「あー、ぎらぎらと。鬱陶しい」
心底腐った目で返すノードスに、俺の闘志が燃え上がる。
(どこまでも舐めやがってッ)
お前はどうせ、大したこともせずに、ただ堕落して生きてきたんだろう?
(そんな奴に負けるわけには行かないッ)
「ハンデだ。ジン太」
なに?
「俺は十分の一以下まで、出力を抑えて戦う」
(――本気か?)
ノードスの提案に、それを疑ったが。
「本気だ――信じろ」
奴の瞳を見て・疑念が薄らぐ。
(あの目は・信じても良いかもしれない)
おかしな話だが。
俺とノードスの間には、ある種の信頼関係が存在した。
(間違いなく、奴は宿敵だ)
互いに互いを認められないと思っている。
だがしかし。
(それでも、親友だったからな)
「――後悔するなよ」
「さっさとこい。眠くなる」
言われなくても、せっかくのチャンスだ。
(情けないが……)
これで少しは生き残れる可能性が出てきたかもしれない。
【それだけか?】
(攻め方は単純……今の俺に出来る最大限をぶつける)
速度上昇集中で加速し・即座に攻撃上昇に切り替え・波動の拳をぶつける。
(これが、現在出来る最大威力の攻撃だ)
これが通用しなかったら、もう何をしても無駄だろう。
「あ~……」
剣を抜かずに、欠伸をしてやがるノードス。
緩すぎる戦闘態勢。
(それなのに)
【あまりに大きすぎる壁が見える】
(とても・乗り越えられる気はしない壁だ)
何度も何度も・挑んできたようなもの。
(初めてじゃないんだ)
そう、そんな困難は【幾度】も見てきた。
俺の人生は、高い壁の連続だ。
(――なら、越えられるだろ)
【今までだって・その度に】
(歯を食いしばって、立ち向かってきた)
あの盗賊首領との戦いの時だって。
(怖い気持ちを抑えて、死の斧を掻い潜り、拳を届かせた)
ジーアの時だって。
(ボコボコにされながら、譲れない想いを糧に、限界を越えた)
お前と同格の【天上】だって、
(皆が死力を尽くして、希望に向かって突き進んで)
それによって支えられた俺は。
(努力の結晶で・怪物を打倒した)
ずっと鍛え続けてきた、この力。
(休むことなく・ただひたすらに・苦痛を噛み殺して)
積んだ年月は八年以上。
折れそうになった・折れた時は、数え切れず。
【ちくしょう……こんなんじゃっ】
涙を流し、吐きながら、ひたすらに【何か】を求めて鍛錬を行ってきた。
【駄目だろうがッ。この程度じゃあ】
俺は――。
「覚悟は決まったか。ジン太」
「――」
ノードスの言葉に。
(速度上昇――集中強化)
応えることなく、一気に走り出す。
◆ジン太君。そろそろ休憩しないか?◆
加速する世界の中で、マルスさんとの修行の日々が脳裏を過った。
雨が降る輝きの森の中、ひたすらに限界突破を駆使して走る俺。
◆まだやるのか。……聞いても良いかい?◆
マルスさんはあの時。
「――速いな」
目前まで接近した動きを見て、暢気にそんなことを言うノードス。
(まずい)
そうは思いながらも、瞬時に切り替える。
(攻撃上昇・集中ッ!!)
上昇の操作。
それによって起きる・僅かな攻撃までのタイムラグ。
(その間に)
奴の攻撃を受ける可能性。
一つ目の壁。
「止めないぜ?」
その壁をあっさりと自ら壊した奴は、余裕の表情を見せる。
(上等だッ!!)
怒りを乗せた右拳を、ノードスの顔面目掛けて放つ。
それを避けられるという、第二の壁。
「はぁ」
それすらも自ら壊し、何の対処もしない宿敵。
まるで・やる気がない。
この野郎が。
(吠え面かかせてやるッ!!)
◆感じる才力を圧縮して、一気に押し出すのよ◆
輝きの森の西にある広い岩場で、メリッサと共に波動砲の練習を行った。
◆個人差があるから、これが絶対に正しいわけじゃないけど◆
なかなかコツが掴めず、呆れられながらも、ぶっ倒れるまでやり続け。
◆根性だけはあるわね。あんたって――◆
あの時、メリッサは。
「――うおおおおッ!!」
咆哮と共に・右拳が最後の壁に向かう。
(届けッ!!)
しかし。
(この・悪寒は)
あと少しで近付く壁は・あまりに大きすぎて。
(届かない――)
心が折れかけ。
(じゃない)
そこで。
更に奮起し。
(届かせるんだッ!!)
【今までの努力を・集約した一撃を】
更に強く・更に高く。
あの壁を越える程、遠く遠く――。
【燃やし尽くし・炸裂させる】
変質する力・かつてない程に大きくなる虹の波動。
これこそは限界を越える力。
そこに秘められた極致。
「――ウオオオオッ!!」
天上にすら届きうる一撃が・ノードスの顔面に直撃した――。
「ほらよ。お返しだ」
気付いたら。
視界からノードスが消えていた。
(あれ?)
次々に切り替わる・回る回る視界。
連続して体に伝わる衝撃。
(なに?)
俺の攻撃は当たった。
筈。
(その後)
奴はびくともしないで・背中の剣を抜くでもなく・無気力に蹴りを放った。
それが腹に当たり、凄まじい衝撃が走り。
(つまり吹き飛ばされて)
俺は地面を転がっている。
無様に・みじめに・転がっている。
限界を越える力の筈の限界突破は、あっさり破られて。
◆近づくな!俺の隠された力が解放されるぞ!◆
奴隷の頃の光景。
あまりに辛い現実から逃避したかった俺は。
◆何言ってんだあいつ?◆
◆さあ、とうとう狂ったか◆
色々な【設定】を考えた。
自分には隠された力があって、凄い秘密が隠されていて。
【それが、限界突破の始まりか】
「なんだ、そりゃ」
(ロインのこと、いえない。な)
地面に触れる頬の感触は、敗北の味。
口から垂れる赤が、それを染め上げて。
(ちょっとや、そっとではなく)
どれだけ踏ん張っても立ち上がれず。
肋骨が全て砕かれたような激しい痛みの中で。
(こんなの)
現実を思い知った。
【そうだ俺は、それなのに】
――一生、届かない。
「無駄な努力、ごくろーさん」
壊れていく世界の中で、奴の言葉だけが頭にはっきりと残っていた。
●■▲
「混沌とした人生で・光を掴んだ少年」
トレジャー・ルームの敷地内にある、高台。
望遠鏡を使って、ルリはジン太の結末を見届けた。
「貴方の頑張りは、本物だったわ」
ウ〇コヘアーを晒して、倒れる少年。
転がった際にとうとう限界が来たズボンが破れ、尻が丸出しの状態を加えて。
「……ぷっ」
ルリはそれに笑いそうになりながら、どこか悲しそうに。
「掴んだ光をあっさりと失ってしまうのも、また人生よね」