目◆零れる
原形を砕かれた頭がぐらりと揺れ、上着に血が飛び散り、巨体が地面に伏す。
(アフロが飛んで、転がって遠くに、見えなくなって)
それを行った大きな鳥は、素早く俺の隣に着地した。
その際に舞う土煙が少し鬱陶しい。
「フィアッ!?」
ガルドスを倒した大きな黒い鳥には見覚えがあり、俺はその名を反射的に言う。
「――」
俺をガルドスから守るように立つ、疲れ果てていた筈のフィア。
(いや、息は乱れている……な)
ドレスのスカート部分は破られ、短く動きやすいスタイルになっている。
「なんで……ッ」
マリンといい、なんで見捨てた俺を守ろうとするんだ。
こんなクズをッ!
なんでなんだよッ!
「違いますわ」
「え」
「勘違いしないで?誰が貴方のような【クズ】を」
「……」
明らかな失望の色が言葉から強く感じ取れる。
「……」
自覚していることではあるが、それでもこうも断言されると心が痛む。
【俺はお前を助けに来てやったっていうのに――】
(僅かに・そんな想いがちらついた)
そんな自分に嫌悪感を感じるが、まあ今更だ。
「本当・今更気付くなんて……ッ」
フィアが歯ぎしりの音を響かせ、恨めしそうに言う。
「【あの時】の貴方は……なんだったのッ」
ぶつぶつと言う姿は病的で、とても近寄りがたい。
「ダマされたッ。いえッ。わたくしが阿呆でしたッ」
だまされたって何だよ。
あの時っていつだよ。
「あんなに必死になってッ。わたくしを楽しませようとッ」
それって、お前に旅の話を聞かせていた時のことか?
そりゃあ、必死にもなる。
「なりますわよねッ。だってッ」
【俺はそういう目標を掲げたんだから、努力しないと】
「つまり・結局・貴方の努力の踏み台でしかなかったということッ」
【分かり切っていたことだ。俺は「善人」じゃないと言っただろ?】
(俺は【あいつ】とは違う)
あんなに強い想いは持てない。
結果的に似てるように見えたとしても、本質はまったく別だ。
(まさか、俺がそんな仲間想いな人間に見えたのか?)
ふざけた誤解だ。
(努力によって水増しされた、仲間を大切にする行動を見て)
まったく勝手に期待しやがって。
美化しやがって・人の気も知らずに。
(泥をすすって・無様に転がって・生き続ける)
それが俺の本来の生き方だ。
お前の視点では、たまたまその面を映さなかっただけで、そういう状況にならなかっただけで。
(どこまでも無様な存在が俺だから)
今、この瞬間も。
【早く、逃走するんだ】
ガルドスが戦闘不能になったこの隙に――。
「あーいてェ。死ぬかと思ったー」
隙に?
「おい、おい……ッ」
どこまでもすかすかな口調で、その男は起き上がった。
まるで、道を歩いていたら頭に軽くボールが当たった程度の反応。
(【かと】じゃなくて、死んでいただろ)
間違いなく致命傷で、死に飲まれた筈だよな?
「【死】は悲しい♪親しい者なら尚更さ♪」
再生していく、【死体】だったもの。
鼻歌を歌いながら立った奴の頭は、完全には【治って】おらず、本来は見えない【下】の部分が所々見えてしまっている。
「なので喜劇に阻まれる~♪」
どうなっている。
何故にその状態で起き上がってこれるんだ。
目玉が【半端に出た】顔で、少ない髪の間から【赤いもの】がちらりと見えている頭で、楽しそうに笑っていられる?痛みを感じていないのか?
(冗談で流せる怪我じゃない筈なのに)
この男にとっては全てが冗談に変わってしまいそうな、圧倒的な狂気を感じる光景。
「悲劇はお帰り♪喜劇は来い来い♪」
愉快なBGMがテンポを上げて、俺の恐怖感を煽って来る。
「【不死身の補正】――あれ、右が見えないぞっ!?真っ暗だぞっ!?」
(この現象、は)
まさか・あの時の――。
「うおおおおおいッ!?オレの右目ェッ!?」
ガルドスは屈み、必死になって何かを探しているようだ。
チャンスだ。逃げろ。
(うごかない)
チャンスなのに、体は反対に動かなくなっていた。
理由は色々あるが。
「ちょっとおおおおォッ!?そりゃないよッ!!」
緊張感がまるでない、敵の行動。
(危険・危険・危険)
俺の行動を縛る、異常な緊張感。
(――罠か?)
奴の間抜けな行動が、俺の油断を誘うようなものに思えてしまう。
少しでも逃走に気を割いた瞬間に、こちらの命を奪うのではないかと。
(考え過ぎ、かッ)
しかし、こいつが原因でマリン達が死んだことは事実で。
「あった!目玉ァッ!」
姿だけ見たら滑稽でしかない筈なのに、恐怖しか感じない。
「……どこまでもッ」
同様に感じている筈の右前方の少女が、それでも一歩を踏み出した。
(フィア、待てッ)
咄嗟に動く体。
一度見捨てたくせに、俺はそんな言葉を告げようとして。
「――って、これミカンじゃねーかッ!!!」
罵倒と共に。
ガルドスが投げて。
俺の右横を何かが通り過ぎた。
「はっ?」
何が起きたか分からないまま、フィアの背中、その中心から赤が舞った。
「ハッ?」
顔に掛かった赤が、血であると認識、するわけには。
「アッうッ」
うめきながら俺の方に倒れてくるフィアの体を。
(――逃げろッ!!)
受け止めることはなく、俺は背後に逃走しようとして。
「逃がしません、わッ」
がっちりとその胴体を、彼女の両腕で押さえ込まれた。
「!?」
俺を前から抱き締める体勢の彼女。
「は、はなせッ!!」
早く逃げないとあいつがッ。
「いたッ!?いたたたッ!!突くな!?この野郎ッ!!」
ガルドスの方に目を遣ると、漆黒の鳥が蹲る奴を突きまくっていた。
「フフフ……無様ですね?」
「なんのつもりだッ。フィアッ」
両手を使ってなんとか腕を離そうとしても、凄い力でびくともしないッ。
「……最後に、貴方に伝えたいことが、ありまして」
荒い息遣いと、伝わる血のぬめり。
生気が失せていく顔で、か細い声で、何を伝えたいってッ!?
「以前、貴方の、天の力について語った……でしょう?」
「ああァッ!?」
確かにあったが、それがどうしたってんだよッ!?
とにかく離せやッ!!道連れにする気かッ。
(この死にぞこないがッ)
あふれ出す罵倒の気持ちを、必死に抑えている俺がいた。
それだけは言っては駄目だと。
「フフフ――アレ、嘘ですわ」
「……え」
え?
「貴方に……そんな才能は……ないッ。フふッ。悪いと思って嘘を、吐いたの、けど」
こいつは何を言ってるんだよ。
「貴方が、最後に、醜態を晒してくれたおかげで、決心がつきましたッ……」
嘘って。
(俺には才力者としての、凄まじい力が……ッ)
あるって言ったじゃないかよ。
俺はそれを信じて、必死になって、努力して、信じてッ。
「……良い顔ね?信じられない、みたいで、なにより……」
「……」
ふざけんなよ。
「……ジン太、あの日々はッ……たのしかった……」
フィアの声が・上手く頭に入らない。
「わくわくして、はらはらして、いつかそんな冒険をしたいと夢、みてッ」
青くなっていく彼女の顔を、ただ呆然と。
「貴方と、一緒にッ」
初恋だった・少女の目から・涙が零れた。
「ジン、太……ッ」
【頑張り続ける貴方の姿勢は、好ましく思います】
「――あ」
再生された記憶は。
いつもの花畑・俺にとっての大切な思い出。散っていく花びらと、その中で佇む彼女。
(大切な少女――支えになる言葉をくれた)
ジーアとの戦いの際、それが俺を立ち上がらせてくれたんだ。
支えの言葉が頭を過り、俺の目からも涙が零れ。
「――本当にありがとう」
いつかの彼女の笑顔が・最後に戻った。
「――むだな夢を見させてくれて。せいぜい無様にあがけ」
「――」
そう告げて、言葉は途切れた。
【ジン太!今度はどんな話を!】
目に、光はない。