光
「ハハハ、悪いなペルさん……」
「いや……」
肩を貸してもらいながら、何もかもボロボロなユーリは、部屋を繋ぐ白い通路内を歩いていた。
「あの男……やってくれるっ」
駆逐者と戦闘を行った後、生存を果たした彼を発見したペル。
そうして今に至る。
(レールから外れそうになったが、なんとか修正できた)
駆逐者を執念で行動停止にしたユーリは、その事実に安堵した。
「今度こそ、そうは行かないッ」
「……やる気十分だな」
「ああ。勘だが、直ぐにリベンジの機会は来る」
彼は先に敷かれたレール上を見据え、闘志を燃やしている。
「あんたの【切り札】は、もう使えるか?」
そこに向かう仲間に向けて、才奧に関する問いを投げるユーリ。
「――使える」
断言する言葉には、力強さが現れている。
(噂に聞くペルさんの才奧。条件さえ揃えば、【百の兵】をまとめて吹き飛ばすことが出来るという)
ユーリは直接見たことがないが、その威力は軍の中でもトップと聞いていた。
(国内防衛を主とする第一部隊ではあまり使う機会がない為、別の部隊に移されそうになったとか)
それ程の力を持ったペルと。
(俺もまだ戦える)
体力はなくなっているが、気力を振り絞り戦おうとするユーリ。
(俺のレールを乱しかねない程の敵……あの男は危険!)
理由は、己の進むべき道を乱す要因を排除したい想いと。
(……それに、なんか)
胸の内で熱く燃える、その心。
(同類なんだ。負けたくない)
対峙して分かった同類の気配。向かってくる際の気迫。
(軍に入って三年……あそこまで波長が合いそうな奴はいなかったな)
ユーリはジン太に対して、激しいライバル心を抱いていた。
同類にこそ負けたくないと思うのが彼、それは相手を認めていることの裏返しでもある。
(認めてない相手には、たとえ負けたって許せる)
【努力してこのていど?】
例えそれが、絶望的なほどの大敗だとしても。
(――ノードス)
◆あの男ほど、絶対的な才能の力を感じさせる者はいなかった◆
「……」
あの時の惨敗を思い出し・ユーリは悔しさを感じるが。
(まあ・それが俺のレールだ)
されどそれを恥じることなく、見据える先の地点へと揺るがず突き進む。
(自分の器に見合った範囲で・自分に出来ることを)
彼にとって恥じることがあるとすれば、全力で走るのを止めることだろう。
(そうすることが、最も良い生き方だと信じてる)
彼の瞳に偽りなく、それは本気の信念だ。
「あいつは……」
思い起こす。
自分と同類の瞳。
「……もう少し生意気そうだ」
自分と違う部分はそこだろうと、ユーリは思った。
あれは、身の丈に合わない夢想に挑む男の目だ。
(俺は俺の道で――奴に勝利する)
●■▲
◆少女は特に驚かない◆
(――ジン太さん)
マリンの目の前で大切な船長が取った行動は、まさかの逃走だった。
門の向こうへと去っていく背中。
(――)
それを見た彼女の心に浮かんできた感情は、驚きを外した様々なもの。
(ああ・もう・なんというか……【やっぱり】ね)
何故なら気付いていたから・大切な人の役に立ちたい彼女は・いつも傍にいたマリンは・彼の内面について深く察することが出来た。
(貴方は、非情なわけではない)
◆少女から見た視点◆
ジン太という人間は情が薄いわけではなく、むしろ仲間に対する情は深い方だろう。
それを認めた上で、確信していることが一つあった。
(きっと【そう】なったら、貴方は仲間を見捨てるんだよね?)
もし助けられないとなったら・自分の命が無為に消費されるとなったら。
ジン太という男は、泣きながら大切な仲間を見捨てる人物だと。
(別に珍しいことでもないけれど……)
ジン太の場合は何かがずれている気がした。
(ずれていると言えば)
彼の仲間に対する想いも同様に、マリンは感じている。
(想いが嘘な訳じゃないけれど……あれは……水増し?)
どこか違和感を感じる、ジン太の行動。
(でもまあ。全部含めてジン太さんだもん)
初めて会った時のことを思い出す。
(本当に暑苦しい人だった……予想の十倍。ううん百倍)
とても辛くて、苦しくて、後ろに向かって歩くような人生の中で。
(あの人に出会った……暴行を受けるわたしを助けてくれて、怒ってくれたの嬉しかったよ)
そうして彼女は・彼に付いていくことにした。
(理由はなんだっけ)
大切な人の役に立ちたい。なら具体的にどんな風に?
マリンの中でぼんやりと、【この状況】に至ってようやく【理由】が形を成し始める。
(そうだった――だからわたしは走っているの)
駆ける足は今までにないほど速く、大切な船長の元へと向かっている。
(フィルさん)
マリンの心中で渦巻く不安感が、急速に膨れ上がっていた。
(修行に付き合ってくれてありがとう)
それを原動力に彼女は走る。
(なんだかんだで今まで困っていたら助けてくれたよね・その目は最後まで冷え切っていたけど・フィルさんは――)
音が失せた世界で思い返す人生の軌跡は、辛くとも必死に足掻いてきたもの。
(お父さん・お母さん)
あっけなく壊れてしまった、楽しかった日々が頭を過る。
(とても温かい愛情を与えてくれてありがとう。その分悲しみも大きかったけれど)
苦しくもなる思い出だが、間違いなく輝きを放っていた。
(……まだ許していない)
その輝きを壊したものに、反抗する為に走る。
(だから、わたしは【違う】)
両親とは違う道を・選んだ少女は。
(――ジン太さん)
守るべき者をしっかりと見据え、その一歩を踏み出した。
(わたしを船に乗せてくれてから、色々お世話になりました)
彼女の頭の中で加速する映像は、走馬灯と呼ばれるものなのだろうか。
(必死にお返ししようとしたけど、結局助けられたことの方が多かったのは……)
【そこ】に近付く過程。短い間の、最後の思考。
(今回も足を引っ張ったし、本当にごめんなさい)
楽しかったことも、悲しかったことも、ごちゃ混ぜに流れる記憶の川。
【リアメルで怪我をした彼に怒った】
どうしようもなく悲しくて、怖かったマリン。
【霧の海で握ってくれた手の温かさ】
かつても感じたような、その温もり。
【修行で傷ついた手の痛み】
痛みを堪えた後の光を信じた。
【みんなでパーティー楽しかったな】
【苦労して作った野菜炒め】
【パーティーで言ってくれた言葉】
船長の誕生日パーティーの時に、ちょっと高そうなケーキでも作ろうかと思う少女。
クリームをたっぷり載せようかな?と、思案した。
(でも、最後に――役に立てそう)
目前にまで迫るジン太。
(間に合って――)
マリンは彼の盾になる為に走ったが、その先に死が待ち受けていることを遂に確信する。
(こわい)
一気にあふれ出す恐怖の感情。
(こわい、死ぬってどんな気分、いやだな、さむいのかな、あついのかなもう誰ともしゃべれなくなってジン太さんとも嫌だイヤだいやだ――――けど)
それを涙を流して堪えながら、先の【光】に手を伸ばした。
【その光の形は、マリンが彼に付いていった理由】
(――大切な人の為に死ぬ)
【彼女は心の奥底でそれを望んでいた】
(ずっと考えていた。両親の死は間違っていると。なら、正しい死に方って――)
【両親の行動を塗り潰すような光を】
(これしか、ないよね?)
(ジン太さん、ばいばい――――)
「――ほげええええええええええええッッッ!!??」
間抜けな声と共に、滑稽なほど異常に飛び出る目玉と舌。
頭に当たった・ジン太が弾いた大根。
夕焼けの中で少女の頭は赤く弾けて、無意味に一つの命が散った。
「――」
少女の目に、光はもう見えない。