勇気
――顔に当たった血を雨と誤解したのは、俺の弱さか。
(マルスさん)
とても息が合う人で、付き合いはそんなに長くないが、兄貴分のような人だと思っていた。
何かと俺のことを気に掛けてくれたりもして。
(弟を重ねていたのか)
その雷光の一撃は、惚れ惚れするほど鍛錬の跡を伺えるもんだ。
(その努力が・それを――一撃で?)
正直言って、何が起きたか分からなかった。
ぎりぎり残っていた強化のお陰で、なんとか二人の動きを見れたが。
(激突の瞬間)
発生したそれが、激しい土煙と共にマルスさんの体を吹き飛ばした。
ように。見えたが。
(それが――ハリセン)
「――【神速のツッコミ】。ってなー」
飄々とした態度のガルドスの前に、横向きになった半透明の巨大なハリセンが出現している。
(アレでマルスさんを?)
弾き飛ばして、命を奪ったっていうのかよ。
(才奧――否)
なんとなく違う気がする。
あれから感じる力は俺の持つ限界突破と同質のもの。
(そんな馬鹿な)
その感情が頭の中で連続している、今の俺の状態は。
(冷静に分析しているように見えて)
これは……不味い状態だ
(宙に浮いたような思考が止まらない)
まるで俺を別の俺が見てるような不思議な感覚・これはヤバいぞ・早く正気に戻るんだ俺・敵はまだ後三人いるんだ。
俺が皆を守るんだよッ。
【無理だ、もう】
「お~♪ゲット~♪」
吹き飛んだマルスさんの◆◆を拾って玩具のように扱っている、ロウとかいう糞野郎をぶちのめすんだ。
お前の両腕は何の為に付いているんだ?
【突っ込んだら同じように失うぞ?】
「いやッ、いやああああぁあああッ」
「マルスさんッ!!起きてッ!!」
背後で聞こえるメリッサとマリンの悲痛な叫び。
それを聞いてもお前は何も思わないのかよ。
(メリッサとマルスさんは)
そこまで長い付き合いではないが、メイを通じて度々面識があったらしい。
(最近は友人と呼べる関係にまでなっていた)
つまり彼女は、目の前で友人の無残な死体を見てしまったわけだ。
(本当は繊細なメリッサ)
元からその認識はあったが、今回のイベントで更にそう思うようになった彼女。
(今の感情は)
きっと引き裂かれそうなくらい強い悲しみに満ちている筈だ。
マリンだって、マルスさんには懐いていたし。
俺だって……。
「……ッ!!」
右拳に異常な力が籠って、影響するように限界突破が漲っていく。
(やってやるッ)
三人の敵を睨み、怯む心を抑え、果敢に立ち向かおうとする俺は。
(希望を掴め・活路を見つけるんだッ)
奴らの力を冷静に推し量り、今の俺に出来ることを考え、僅かな可能性を手にする。
「あっけない……こんなもん?」
「皆殺し♪皆殺し♪」
ロウとかいう奴の力量は分からないが、ノードスは間違いなく今の俺より遥かに強い。
フィルと同等の脅威と見るべきだ。
あいつが敵に回るようなもんなんて、ぞっとするレベルじゃないが。
「すっごい威力だったな~。いやー、大したもんだアイツ」
そしてマルスさんを一瞬で葬った、緊張感が極端に欠けた男。
(さすがにノードスよりは弱いだろうが、疲弊していたとは言え、マルスさんを簡単にッ)
トレジャー・ルームの毒の影響はなかった、あの雷光はとても追いつけない速度で。
(――勝てない)
思ってしまった。
どう足掻いても、こいつ等に勝つのは無理だと。立ち向かえるレベルではないと。
(全快ですら無理なのに……)
今は全員が体力を削られている。
この状態じゃ、傷一つ付けることすら出来ないかもしれない。
(足掻け、立ち向かえ、逃げるな)
可能性を考え、考え、考え。
(ゼロ、零、0)
次々に塗り潰されていく可能性。
収まっていく限界突破の波動。
(ちくしょう、くそ、なんでだ)
暗闇の中に落とされていく最悪の気分を味わう。
思わず、奴隷時代を思い出してしまう。
(希望の光はどこにある)
どこにあるんだ。
探せ、探せ、探せ。
(暗闇に飲まれる前に)
その光を。
(――あった、見つけた)
「……」
上手く行くだろうか、いや、きっと行く。
「終わらせようぜ。つかれた」
「ああ、そんなに時間を掛ける気はないよ。でも、ノードス君は何もやってないよね?寝んなよ?ハリセン使うぞ!」
「ふふふ~。残ってるのは、なかなかラブリ~♪一人除いて~♪」
こんなふざけた奴らに阻まれるわけはない。
(俺の人生が)
全力で走り抜けた日々が。
(負けるもんかよッ!!)
足掻け・立ち向かえ――。
「うおおおおおおおおおッ!!」
――逃げるなッ!!!
「うおっ!すごい勢いだなー」
「勇敢♪無謀♪」
凄まじい勢いで立ち向かっていく。
心は軋みを上げている。
「あああああああッ!!」
鳴り響く咆哮はとても耳に響き、大地を揺らすかのようだ。
【俺】は【それ】を耳に捉えながら、船のある方へと、必死に走り続ける。
(――逃げろ)
「はッあああああああッ!!」
ひたすらに逃げろ・後ろを振り返らずに行け・仲間を置いて逃走しろ。
(背後から聞こえる戦闘の音)
きっとさっきの叫びはメリッサだろう。
(足掻くんだ!立ち向かうんだ!)
マルスさんを殺された混乱で、がむしゃらに向かっていったか。
(メリッサは、勝ち目のない選択を選んだ)
だが、俺なんかよりよっぽど格好いい。
あいつが戦ってくれているなら、逃走の可能性も上がる。
【ジン太って言うのね。まあ、さっきのは許すわよ。二度目はないけど】
メリッサはとても努力家で、気が合う友人だった。
一緒に戦ったこともある、戦友のような存在。
出会いの時はすまなかったな、そしてごめん。
【勇敢なのですね。とても】
フィアは俺の初恋の人で、大切な人。
それは今でも変わらないんだ、信じてくれ。その言葉に俺は救われたんだ。
お前と過ごした日々、とても楽しかったよ。すまない。
【船長はどんな時でも足掻ける人なんだ!】
マリン。俺の仲間で、どこか親近感が湧く少女。
あの時作ってくれた野菜炒め、また食べたかったな。
今までありがとう、すまない。
(三人とも俺の大切な仲間だ。それは本当だ、嘘じゃない……)
みんな、みんな、本当に、本当に。
「すまないッ、ごめんッ、本当にッ!!すまないッ!!」
涙があふれる、鼻水が止まらない、心が壊れそうだ。
足を止めて、戻ってしまいそうになるッ。
(三人の犠牲を無駄にするなッ)
その為に全力で走るんだ。
この無様な人生をッ。
【あの時を◆思い出す】
【そうだ◆人生って奴は】
逃げるな。
「う、ああああああッ」
全力で逃げろ。
「おああああああッ」
逃げるなよ。
(仲間を見捨てる決断から【逃げるなッ】!!)
「――きゃあああああッ」
「ッ!?」
背後から聞こえた声。
それに思わず振り向いてしまった。
「たすけてッ!!誰かたすけてッ!!」
「フン♪フン♪フーン♪拷問♪拷問♪」
大分離れた地点。
メリッサがロウに片足を掴まれ、地面を引きずられている。
鼻血を出しながら泣き叫ぶ姿は、見るに堪えない。
「あああうああッ。ジン太ァッ」
彼女がこっちを見た。
(止めてくれッ!!見るなッ!!)
子供の様に泣いて、助けを求めるメリッサの視線から、俺は目線を逸らした。
そしたら。
(メリッサ――の横)
俺の視線はそっちに集中した。
そこに立つ大男。
(ガルドスが振りかぶって)
大根を。
(投げました――?)
「――」
こちらに向かって・超速で飛来する大根。
土煙を上げながら、接近する死。
俺、大根嫌いになりそうだ。
(死)
感じた予感。
(大根に殺される)
ふざけるな。
そんなの。
(許せるかッ!!)
「お、ああアッ!!」
迫る大根を防ぐため・俺は拳を――。