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船の上にて

 四枚の帆を張りながら、船は追い風の中進む。

 風を受けた際の帆綱が軋む音に、耳を傾ける船長がいた。


「航路は問題なし。順調だな」


 晴れ渡っているというほどでもないが、それなりに天候は良い。青空の下進む、船の船首には、中肉・中背の一人の男が立っている。

 二十代半ば程の男は、灰色のコートと黒い髪を風でなびかせながら、ただ前方の海を見遣っていた。

 彼はこの船、ロード号のもう一人の船長。

「まったく、あいつ等も余計な厄介を持ってくるもんだ」

 苦々しげに彼は言い、昨日の夕方辺りのことを思い出す。

(急に船を移動しろだの、出航しろだの、ジン太の奴は怪我して帰ってくるしな……そうジン太)

 彼は、顔だけを背後に向けた。

「まだ、説教中か」

 視線の先には、甲板上で正座させられている男と、その男の前に立ち、腰に手を当てている少女。

 少女の方からは、怒声が聞こえてくる。


「もう!!なんでそんなに怪我してるのっ!?」


 赤い髪の少女マリンは、ジン太に対して怒っていた。

「……いや、俺もこんなことになるなんてさ。思ってなくて」

 正座した状態で説教を受けているジン太の顔には、包帯が全体的に巻かれている。

「なんていうかさ。予想できない事ってあるだろ。誰にだってさ。人間は完璧じゃないのだからさ」

 痛々しく腫れ上がった唇から、紡ぎ出される言葉は言い訳じみていた。

「言い訳しない!!頑張って予想して!!」

「んな無茶な」

 どうしろと、頭を人差し指で掻くジン太に向けて、マリンは容赦なく言葉をぶつけていく。

「頑張るのは良いんだよ!わたし、頑張る船長好きだもん!!でもね!そんな怪我する船長は嫌い!!」

 顔を赤くして、少女の説教は続いていく。


(感情的だな。マリン。とにかく怒りたいという感じか)

 船長は落ち着いて、双方のやり取りを見ていた。

(好意の裏返しではあるんだろうが、少し気の毒だな)

 と、思いながらも。船長の口は、微笑ましいものをみたような笑みを形作っている。

(さて、どのぐらい続くか)

 どこまで続いても飽きないだろうと、彼は思った。


「ふう……満足しました。一応許すよ、キャプテン」

「……有り難いです。はい」

 満足そうな顔をしているマリンとは逆に、焦燥した様子のジン太。彼は顔を落とし、ようやく得た安寧に浸る。

「ははは、随分としかられたな。ジン太」

 ジン太の背後から、船長の声がかけられる。

「楽しそうに見てたな?【船長】」

 ジン太は上体を後ろに捻り、船長へと目を向けた。

「見てたよ【船長】」

 お互いに船長と呼ぶ二人。

「今日はラルド船長か。助かったよ。ハッパーの奴だったら、間違いなく爆笑してただろうからな」

「あいつなら確かに。無駄に気分がのってるから」

 二人が思い浮かべるは、この船の三人目の船長。ジン太の顔を見て、大爆笑する姿が容易に想像できた。

「そうして殴り合いに発展すると……フィルにのされると。あいつ騒がしいの嫌いだしな」

「はは、フィルはそういう役割だったな」

 以前、読書中のフィルに叩きのめされたことを、ジン太は思い出す。

「それはキャプテンが悪いよ!殴り合いは駄目だよ!」

「いやぁ……あの野郎の人を小馬鹿にしたような態度がね。いらっときてね。今度やる時は、あの力を使って思いっきりやってやんよ」

「だから止めてってば!リィンさんも悲しむよ」

「リィンか……仲良いよな、マリン」

 四人目の船長。リィン。

 全体的に女性らしく、おしとやか。船長達の中の、いやし枠。


「あまり、乱暴なことは控えるように。僕だけじゃなく、あの子も嫌がります」


「なんて、言われたっけな」

「航海日誌に、記してあったからな。お前と、ハッパーの喧嘩。……確か」

 言うとラルドは、コートの胸ポケットに手を突っ込み、――ポケットより大きい、日誌を取り出した。

「ええっと、ページは……検索機能を使うか、ハッパーが書いたページに絞って、ジン太の名前で検索……」

 ぶつぶつ言いながら、日誌をめくっていくラルド。

「お、あったあった」

 めくる指が、あるページで止まった。

「……うん。こんな感じか」

 ラルドはページに記された、ハッパーが書いた文章に目を通している。

 それだけで、彼には見えていた。

「いつも思うんだが、本当にその時のハッパーが見ていた映像が見えてんのか」

「正確に言うと、ハッパーによって微妙に歪められた、その日の光景だ。……中々、酷い顔だぞ。ジン太」

「あの野郎ッ!!」

 ジン太は反射的に、空気に向かって拳を突き出した。次にやり合うことになったら、絶対勝つと心に誓って。

「……次は、いつ出てくるんだ。ハッパーの奴」

「さてな。おれは能力が高くないから、しばらくの間いるが……どうやら船長全員が出れる状態のようだ」

「ランダムで、か。出てきたら、のしてやる」

「なんど言ったらー!!」

 怒ったマリンは、ジン太の頭をポカポカ叩いた。怪我をしてる部分は外して、優しめに。

「ジョークだっ!!……そろそろ、鍛錬の時間か」

 ジン太は立ち上がると、甲板室に目を向ける。

「修行か。お前はそういうの好きだな」

「まあな」

 鍛錬を行うために、甲板室に足を進めようとするジン太。

「……ねえ。船長」

 その足を、マリンが引き止める。

「なんだ?」

「船長が、なんだか凄い力を求めてるのは知ってるよ。……でもね」

 マリンは、少し悲しげに。

「そんなものがなくたって、――ジン太さんは凄いと思うし、大切な人」

 そして、確信をもって言った。

「……そう言ってくれるのは、嬉しいな」

 

 返答の言葉は、真逆に揺れていた。

 友に裏切られた傷がうずく。


(大切か)

 そう、言ってくれる人がいるのなら。

 

 ――そっちの傷は、なんとかなりそうだな。

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