僅かな希望
「……」
トレジャー・ルームから出て、後は帰るだけだったはずなのに。
「奴らは……」
マルスさんの警戒の声。どうやら気付いたようだ。
(なんでノードスが)
せっかく皆そろって、あの恐怖しかない魔境から出ることが出来たんだ。
ようやく・フィアを取り戻すことが……。
(彼女を自由の元に)
いつかの友の様にはならないように、必死になって、恐怖を抑えながら、足を進ませてきたのに。
(まだ治療していない足がずきりと痛む)
一刻も早く帰還したくて、治療を後回しにした右足。
ずきずきずきずき・何故か攻撃を受けた直後より苛む痛みの波に、頭がガンガンと連動して・痛んできた。
滑稽なBGMが逆に恐怖感を助長させている。
「せ、船長?震えてるよっ」
「え?あ、ああっ」
どうやら、俺の恐怖がマリンに伝わったようだ。
「……知り合いなの?あの人たち」
「……」
知り合いなんてもんじゃない。
ノードスは俺の宿敵にして、旧友なんだ。
(風が……)
トレジャー・ルームを囲む鉄柵が、強い強風で揺れているように感じる。
(いや、揺れているのは)
俺自身なのか。
この異常に強い向かい風は、俺自身が勝手に感じているもの?
(自転車が)
俺達の前方で止まった。少し距離は離れている。
降りてくる三人。
(静かに・確かに・流れる血が・凍結していく――)
■とても悪意に満ちた笑みを浮かべ・瞳はどす黒く染まっている■
三人の内の一人・不健康そうな大男。
「疲れたー」
汚れと傷が目立つジャケットを着て、強靭な腹筋を露出している。
■楽しそうな笑みを浮かべ・髪は大き過ぎるシュールなアフロ■
三人の男の一人・二メートルはある、カラフルなアフロヘアーの大男。
「……くっ、負けた!」
何故か男は悔しそうに、俺を……というか、俺の髪を見ている?
(上半身裸で、下にはホワイ島では定番のゆったりしたズボン……紐で巻き付けて背中に背負っているのは)
黒い袋……奴の武器、か。クルトさんの情報によると。
「やっとついた。だる」
■そしてお前は・いつかの親友■
三人の男の一人・気怠そうな雰囲気を辺りにまき散らし、こちらの気力まで削いでくれそうな、怠惰の塊・ノードス。
(背負った短剣は、相変わらず)
半袖のTシャツを着た、場違いな格好の男。
(以前より少し背が伸びたか?)
変わったのはそれぐらいで、ノードスはあの時のまま、どこまでも人生を舐め切った態度を見せていやがる。
「あ~、ねむっ」
まるで緊張感がない態度に、歯噛みしてしまう。
(こいつら三人ともッ)
緊張感が欠けている印象を受けてしまう。
が。
「……ッ」
なんなんだ?この心臓を締め付けられそうな・首を握り潰されているような・圧倒的な圧力は。
(恐ろしい、ただただ)
盗賊の首領と戦った時も、ジーアと戦った時も、あの怪物と戦った時だって。
【最大の壁と出会った・あの時ですら】
(ここまでの危機感を感じたことはない)
体が異常に震えそうになるのを、必死で抑えているが、目前に迫る危機はごまかせない。
(どうする――)
敵は三人【一人の詳細は不明】・【二人は強者である】。
(こちらの状態は、とてもじゃないが良いとは言えないッ)
全員、戦いの後で疲弊した状態。
幸い、限界突破の調子は戻ったが。
(更に幸いなのは、奴らも疲弊した様子であること)
よく見ると、ノードスと不健康そうな大男の服には傷がある。大男の方は、腹と頬などにも傷を負っているようだ。
「喉渇いた……水を求める~♪」
「近くに大きな川があるから、そこでなロウ」
ガルドスと思われる男は、ロウというらしい大男に言う。
「♪」
何かしらの戦闘後なのか?
確かノードス達は、遠い地で戦闘を行っているという話だった筈。
(早すぎるだろッ!?いくら何でもッ)
移動時間も含めれば、とても国一つを制圧するのに足りない時間。
(しかもあの国は)
【神速艦隊】と呼ばれる戦力を有している、才力と無関係ではない国。
例えノードス達でも、そんなに早く侵略できるものなのか?
「急いで来たからしょうがないよな。悪いな付き合わせて」
「良いってことよ~♪友よ~♪」
「ほんとだわ。だり」
奴らの会話から察するに、自分たちだけ先に戻ってきたということと推測できる。
(何のために)
様々な可能性が浮かび上がってきた。
(俺の限界突破に興味を示した……いや、フィアは俺に関する情報は喋ってないと言っていたし、彼女ですらただの身化と認識してる。俺が別の異海から来たことも同様に……例え知っていたとしても、【通常の方法】では回数制限があって渡れないことは分かっている筈ッ)
なら何を目的に来たと。
(分かっている、殺気が)
俺の後ろのフィアの方を向いていることに。
(つまり最初から……)
彼女を渡す気などなかったということか。
彼女を助けようとする残党でも始末するつもりだったと。
(――罠)
俺達はそれに引っ掛かってしまった。
(考えていなかったわけじゃないが、それでも早く助けたくて)
俺がフィアを助けに行くと決断したせいで。
(どうすれば良かった。もっと様子を見て……)
いや、どっちみち生かす気がなかったのなら、どれだけ時間を掛けても助けるのは不可能だ。
(つまり、助けようと思わなければ良かった)
彼女を切り捨てて、アスカールでのんびりしていれば。
「全員、始末?」
「――ああ。念の為な」
「……」
みんなまで危険に晒すことはなかった。
「マリン、下がっているんだッ」
「っ」
「早くッ」
俺はマリンを下がらせて、虹色の波動を発生させる。
(とにかく、ここを切り抜けないとッ!!)
いつだって頼りにしてきた・この力でッ。
(希望を掴むッ!!)
「場面破壊、役立つな」
「――なんだって?」
ノードスの奴が、俺の波動を見て一言。
聞き間違いか?
「だからー、その力は場面破壊によるもの」
「?」
「にぶいな・ジン太」
ノードスの奴が言っていることが分からない、理解できない、意味不明だ。
(場面破壊と限界突破が)
何の関係があるって、いうんだよ。
お前が場面破壊のことを知ってるのは何故だ。
「理解してる?それのこと」
それって何だよ?
「まさか勘違いしてたとか」
限界突破のこと、なのか。
(ノードスが知ってる?詳細を?)
この伝説の力の・努力の結晶の正体を・なんでお前が知っている。
「伝説じゃない。努力の結晶じゃない」
うるさい、何を言っているんだお前は。
そんな訳ないだろう、俺は故郷でその話を聞いたんだぞ。
嘘を吐くんじゃない。
「それの名前はー」
限界突破。
努力の果てに得られる力であり、天才を超える努力の証明であり、俺の支えのような力なんだぞ。
(そう信じて鍛えてきた)
欠かさず、腐らず……。
(いや、腐った時だってある)
俺はそんなに強い人間じゃないからな。
愚痴を吐くこともあるし、やってられないと思う時だってあるのは当然で。
(それでもだ)
歯を食いしばってでも、鍛えて、研いで、洗練させて、更なる高みへと進むために。
(立ち塞がる困難も・この力で乗り越えてきた)
俺の努力の結晶である力なんだ・頑張ってきた人生の結果で・どんな困難だって乗り越えられる努力の。
(努力の)
努力。
努力・努力・友情・努力ッ。
(その結晶である、この力は――ッ)
「――【なんちゃって覚醒】」
「――え?はぁ?てめぇっ」
「っていうらしいぜ、現実逃避君」
なんだかわからない程の衝動が、俺の中で暴れる。
「てめっ黙れっ、なっ?」
ふざけんな、クソ野郎がッ。
喧嘩うってんのかよ、まじで、ふざけんなよッ。
「これはッ、才能の限界を超えるッ、努力の結晶ッ!!」
お前が馬鹿にしていいもんじゃないんだっ。
「必死すぎ笑う。そもそも」
自然と声が詰まり、怒りで頭が沸騰しそうになった俺に、ノードスはやれやれと呆れた態度を取りやがった。
「なんだよッ!?」
「大した才能も、あらゆる苦難を踏破する鉄のように強い意思も……なに一つもたないお前が、設定された能力以上の力を振るえる・なんて――まさしく理不尽だ」
「――」
頭の中で何かが切れた。
体が衝動的に前に出て。
「うる、せぇッ!!」
もう頭がいっぱいだ。
凄まじい怒りの波が止められないぜッ!?覚悟しろよッ!!
「駄目だッ!!ジン太君ッ!!」
「あ?」
気付いた。
虹の波動が消えている。
なのに前に出てしまって。
「――にやり」
笑顔で急接近してくる・大根を持った大男。
(速――しまッ)
「たッ!?」
後ろに引き寄せられる視界は、通り過ぎる雷光を捉えた。
(マルスさん)
その雷光の速度は尋常じゃなく。
大根よりも更に速い。
(速度上昇を・集中強化)
そうした結果の・超速雷光弾は。
(凄まじい勢いで、敵と激突した)
「あ、れ」
ばちんと鳴って、宙に浮く雷光。
それが俺の上を通り過ぎて。
どさりと。
「きゃあああッ!!?」
落下音。
「マルスさんッ!!しっかりしてッ!!やだッ!?」
悲鳴。
時間が止まったような感覚の後、俺は後ろを向いた。
「――」
マルスさんは地面に横たわっている。
首は変な風に曲がって・両腕はなくなって・泣きながらメリッサが駆け寄っていた。
「――マルスさん?」
【立派な戦士に】
その様子からは、既に生気が失われている。