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不確定

「あっけない」


 球の部屋に広がる死の匂い。

 それを放っているのは、通路前でうつ伏せに倒れている死体だった。

「……」

 心臓部分から広がる赤が床を染め、どんどんと流れ出していく。

 既に生命活動を停止した体には、関係がないことではあるが。

(死んでるな、間違いなく)

 一応の確認を行うため、ユーリは死体に近付いていった。

 ぴくりとも動かないそれは、まるで生命の働きが感じられず。

(少しチャンスを与えてみたが……鍛錬にならない、下らない時間だった)

 己の赤い弓を見遣りながら、彼は少し失望した様子を見せている。

(レールは・そのままだ)

 先に見えている目的地に向けて、ただ足を進ませるユーリ。


「……確認終了」

 

 転がった死体の確認を済ませ、屈んだ状態から立ち上がる。

「あばよ」

 足元のジン太にそっけなく言い、彼は次の行動を考え始めた。

(この後はどうするかな。厄介そうなのは、変な才奥を持った男と怪物くらいだが)

 先のレールの形を、頭の中で構築する彼。

(未知の敵がいようと、どんな敵が来ようと、対処できる自信はある)

 そのイメージが壊されるようなことはなく、いつだって強靭な姿を保って其処にあった。

 怠慢に堕ちたことなどなく、ひたすらに本気で、そのレールの上を走ってきた男。


 前方の通路を見て。

(先に進まないとな――全力で)

 蒸気機関の音を鳴らしながら、ユーリは新たな道を突き進む。




【――――レールの上に・大きなウ〇コが】


「ッ!??」

 ユーリの背筋に走る悪寒は、生まれて初めて経験するものだった。

(なにが起きた)

 彼の勘が告げている。

(レールの上にウ〇……障害物がッ)

 それは即ち、彼の行動を阻害する要素が発生したということ。


「うあっ!?」

 混乱するユーリの視界が、赤黒く染まった。


「げほッ!?ごほッ!」

 咳き込む彼は、しかし冷静に状況を理解しようとする。

(これは煙幕ッ!?)

 顔を覆う煙幕に視野を奪われたが、その直前に目はそれを捉えていた。

(死体が動いてッ!?)

 仕留めた筈の敵が動いた。

 衝撃の事実に体が数秒硬直し。

(――なら、もう一度仕留めるまで)

 

散光(パニッシュ)ッ!!」


 素早く反撃に転じ、広範囲を蹂躙する波動砲(バースト)を放った。

(タネは分からないが、進み続けるのみ)

 想定外の事態が起きようと修正する・レールから外れないように努力する。

 ただそうなるのを待つのではなく、想定外の事態に足を止めてしまうのではなく、いつだって彼は弱気になる心を抑え、這いながらでも進んできた。

(手ごたえはないかッ)

 波動砲(バースト)によって起こされる破壊音の中に、ジン太の肉体を砕く音も、悲鳴もない。

(しかし、見えたッ)

 煙の中に、遠ざかる人影があった。

「逃がすか!」

 機敏な動きで矢を発生させ、正確な射撃で人影の頭を貫くユーリ。

「ッ!」

 まるで人影は動じず、どんどん離れていく。

(どうなっていやがる)

 彼はジン太を追いかけながら二射、三射と放っていく。

 そのどれもが、動きを止めることが出来ない。

「ちッ」

 全速力で敵を追いかけるユーリは、あらゆる疑問を頭に浮かべた。

(速度上昇に集中した身化(ストロング)でもッ!?何者だッ)

 縮まらない距離・ジン太の異常な速度。

(能力が覚醒でもしやがったのかっ)

 冷や汗を出しながら、それでも彼は。

(だが、俺のレールからは外れない)

 己の力を信じ、困難の中を進んでいく。

(修正する。その為に鍛えた、この力でッ)

 己に宿る力・天力(ウィンド)を漲らせながら、敵を撃破せんと進む姿は覇気に満ち溢れ。


【自己を語れ】

【はい。俺は――】


 進み続ける力を得る為に、軍に入隊したあの日。

 その瞳に宿る炎は、今でも消えることなく道を照らし続けている。


【めんどいな】


 大きな壁をその目にしても。

 彼の疾走を止める理由にはならなかった。


「――追いついたぞ」


「……」

「……お前は何者だ?」

 ユーリがジン太に対して問いを放った場所は、あまり変哲のない部屋だった。

 特徴的なのは、壁に掛かった大きな風景画くらいか。

 攻略書によれば、そこは球の部屋に連なる水彩の部屋。ユーリも一度訪れた。

「いきなりのその速度……さっきの戦いは手を抜いていたのか」

「……」

 五メートルほどの距離を開けて向かい合う二人の間には、異様な緊張感がある。

(この男――さっきまでとはまるで威圧感が違う)

 ユーリはジン太が放つ無言の圧力に、その警戒心を高めていった。

「――オオオッ」

「ッ!?なにッ!?」

 変貌は突然に起きた。

 ユーリの目の前で、ジン太の姿が膨れ上がっていく。

(この男ッ)

 羽が生え・太くなっていく腕と足。

(は――ッ!?)


「――ギャオオオオオオオッ!!」

 それは、見覚えのある角の生えた怪物の姿だった。


「!?なんッ!?でだッ!?」

 混乱の渦に飲み込まれる、ユーリの思考。

「!??」

 更に渦が勢いを増し、彼の思考を押し流していく。

「ここはッ」

 消える風景画・現れる床に転がった多数の骨【骨の部屋】。

 まるで世界が切り替わったかのように、周りのあらゆる要素が変貌した。

「どこだッ!?」

 何処にいるのか不明・いやこの場所は・球の部屋に入る前に自分がいた部屋。

(戻ってきたッ!?まさか逆走をッ!?)

 なぜ・なぜ・なぜ。

 定められたレールからの脱線により、急激に襲い掛かって来る不快感。

(修正・修正をッ)

 ぐらつく視界、加速する思考の中で、彼はある可能性に思い至った。


「まさかッ、あのクソ野郎ッ――」

 何もかもが変貌した状況の中で、片腕を失くした駆逐者がユーリに襲い掛かる。


 ●■▲


「うまく、いったかッ」

 遠くで聞こえる魔物の叫びと、激しい戦闘音。

「よし!ちゃんと接敵したなッ」

 俺は手元の【石板の様な地図】に浮かび上がる複数の光点を確認し、作戦が成功したことを知る。

(光点はおそらく参加者と、怪物の位置を示す)

 青い光点が参加者で・一つだけの緑の光点が怪物。光点は近すぎると重なるので、人数が分からない場合がある。

(この地図は、ある部屋の宝箱から入手したもの)

 スタート地点の石板に、その部屋のヒントがあった。

(攻略書と照らし合わせると、【一つ】部屋が多いことが分かる)

 その増えた部屋には、黒い弓の絵が描かれていたんだ。

(怪物が持っていた弓と関係がある)

 そう考えた俺は怪物の体を調べ、羽の根元にくくり付けられたカギを発見した。

(そのカギは)


【寄り道しようが、宝箱を見つけようが、ご自由に!】


 管理体の女性が最初に仄めかしていた、宝の部屋の扉を開けるもの。

 その宝・他者の位置を知ることが出来る地図を手にした俺は。

(球の部屋にいた際に、ユーリの位置と怪物の位置を把握していた)

 別の部屋からいきなり撃たれたんでびっくりしたが、きちんと地図は確認して、怪物が骨の部屋側からこっちに接近していることに気付く【参加者の位置が分かるのか?】。

(地図は球体の裏に隠して、俺は奴に戦いを挑んだ)

 結果は散々だったが、俺にはある勝算があった。

(ズボンのポケットに忍ばせておいた、怪物に殺された参加者が落とした道具)

 

【お先に!】


 その道具はスタート地点で使われ、混乱を引き起こした物。

(あの混乱の中で、参加者の何人かに奇妙な症状が発生した)

 

【なんだこりゃあッ!?】


 幻覚を見ながら、目的とは逆に突き進む参加者達。

(それがあの煙幕――(ポーション)の効果だった)

 前にジュアから貰った(ポーション)に関する資料によると、効果に個人差はあるが、吸い込むことで幻覚・幻聴を引き起こし、方向感覚を狂わせるらしい。

(怪物に遭遇する前に聞いていた戦闘音で嫌な予感がした俺は、それを回収することにした)

 幸い薬が入った袋はちゃんと本人が持っていて、手間は掛からなかったが。

(可能性は低くないが、それがユーリに対してちゃんと効くかは分からない)


【その力の所為で妙に調子が悪くてな。狙撃がいつもより上手く行かない】


 スタート地点に残っていたであろう、煙幕の影響。

 ユーリの発言によって、それを受けたのではないかと思い。


【ジン太君、さっきは何故あんな面倒なことを?】

【念の為……かな】


 スタート地点の参加者の数が、事前に把握していた数より少ないことに不安を覚えた俺が行った行動は、逆走した参加者による不自然な足跡を消すこと。

 あの(ポーション)を利用できる機会があった場合、後から来た参加者に僅かでも存在を気付かせない為だ。

(……問題は、ユーリに煙幕を食らわせる機会がなかったこと)

 あいつは油断をしていたかもしれないが、それでも隙が見えなかった。

(しかし俺が【死んだ】ことで)

 流石の敵も隙を見せてくれた。

「……」

 何事もなかったかのように戻った左胸と、衣服のその部分に空いた穴。

 あれは俺自身も想定外だった。

「……とにかく」

 あれほどの才と努力を感じる敵を、俺は退けることが出来た。

 間違いなく、俺よりも才に溢れた敵を。

(あらゆる要素が絡み合い、それは俺達に襲い掛かって来る)


(才ある者が絶対に光を掴めるほど、現実は甘くない――だよなジュア)

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