一矢
◆大きな球体が不規則に並んだ・球の部屋◆
いつだって、格好よく行くとは限らない。
「くそっ……二人共……っ、何処にッ」
予想外のことなんていくらでも起きるし、その度に冷静完璧に対処できる奴なんて……まあ、そんなにはいないだろう。
「糞ッ!!」
現実っていう不条理は、俺達を挫こうと襲い掛かって来る。
「俺は……ッ」
だが。
無様に転がって、それでも立ち上がって、足を進ませて行けば。
「間に合うかッ」
きっと、それを掴める筈だから。
今は、この足を止めずに――。
「グッ!?」
右足の下腿部分を痛みが走った。
(いきなりッ)
やはり来てしまったそれを実感し、奥歯を噛んで痛みに耐え、近くの物陰に全力で走った。
「ウおッ!」
急いで早く、大きな石の球体の裏に隠れる。
(尻に何か掠ったッ)
同時に破壊音。
(嘘だろッ。壁がッ)
近くの壁が壊されたことで、敵が飛び道具使いであることが分かる。
武器は見えなかったがッ。瓦礫に埋もれたかッ。
(どうするッ。強化された壁を壊す攻撃手段の持ち主ッ。今の俺じゃあッ)
とにかく落ち着かないといけないッ。
(冷静に敵を見極めるッ)
「――素早いな。……やはり少しぶれるか」
敵の声らしきものが聞こえてきた。
「まったく、なかなか面倒なイベントだ」
一人か。
「おい。こそこそ隠れてないで、出てきてくれないか?」
そう言われて出ていく勇気はない。
(様子を伺うべきか……しかし、顔を出した所を撃たれたら……)
右足からの出血が行動を躊躇させる。
(時間がないって言うのに、ちくしょうがッ)
歯噛みしながら、どう動くべきかを考えた。
(逃走……ッ)
この部屋の球体に隠れながら、逃走を試みるか……。
(ここできっちり倒しておく、べきかッ)
強力な飛び道具を持っているなら、後顧の憂いを断つ為に撃破する。
(どっちにするか――ってッ)
迷ってる暇はないんだよッ!!
「おっ。戦う気になったかよ」
「ッ」
勇気を振り絞り動き出した俺は、物陰から出て敵の姿を視認した。
(距離は近い――がたいの良い男、弓を持ってる)
あれほどの破壊力を出す弓だ、才物である可能性が高い。
「くらえッ」
俺は全力で、右手に持った水袋を投擲した。
「!」
反応し、すれすれで躱す男。
(少しでも牽制になればッ)
後はッ!撃たせる隙を与えずに接近して――。
「なんだ?今のは」
近付く前に・近付かれて。
「え」
「舐めやがって」
速すぎ――。
「ぐほッ!?」
腹に激痛、がッ。
「……使えないのか。まったく」
腹を殴られたことに気付いた。
時には、再度激痛が走った。
「がッ!!」
「はあ……」
溜息を吐かれながら、俺は拳を叩き込まれていく。
(ち、くしょうッ)
まったく歯が立たない。
(弓の詳細は不明だったッ。才物である可能性はあったッ)
しかし可能性は最悪に転がる。
「ぐぼッ!!」
打ち込まれる拳の重さが伝えてくる事実。
(才力者ッ!しかも、かなりの練度を持ったッ)
もしかしたら才物を使っているだけで、生身の人間かもしれない。
そんな可能性を期待していた。そうでなければ終わりだから。
(結果はこれ、かッ)
その研ぎ澄まされた動きからは、油断は見えても、怠慢がまるで見えないッ。
(確かな鍛錬を積んだ、同類ッ)
思わず称賛してしまいそうになるが、そんな場合じゃないッ。
(反撃、をッ!!)
しなければッ!やばいッ!
「おおッ――」
「させるかよ」
「ごばぶッ!?」
顎が外れるような衝撃。
駄目だ――まるでそんなチャンスがないッ。
見抜かれ、潰される。
(なんてやつだ――【気配】が近付いてくる)
びしびしと伝わってくる激しい鍛錬の気配・努力の賜物。
(くそッ、こんなッ)
これほどの奴になら、負けても仕方ないか。
そう思わせる程の研ぎ澄まされた刃を持っている。
(だから?)
だからって勝ちを譲るかよ、ふざけんな。
(目的があるんだッ。みんなで帰るんだッ)
マリンもフィアもマルスさんもメリッサも、皆と一緒にこの魔境を抜ける。
その為にッ!俺はッ!
お前を倒すッ!!
「……へえ」
余裕の表情でにやけてられるのも、今の内だッ!!
「うおおッ!!」
見ててくれッ!!みんなッ!!
「――すいませんでしたッ!!許してくださいッ!!どうか命だけはッ。靴でもなんでも舐めますんでッ!死にたくないッ!しにたくないッ!」
やっぱり見ないで。
「お、おう」
少し引いてる風の敵の反応。
効果ありかッ。
(現在俺は、必死になって土下座を行っている)
勝てないと確信した俺は、もうこうするしかなかったのだ。
(命乞いが通用しそうではある)
どっかの冷血女のように、冷酷に処理しそうな雰囲気ではない。
なら、いけるかッ!?
「どうすっかな……」
「これぐらいなら出せますッ」
勢いよく金が入った袋を差し出す俺。
「いや、別にいらない」
「じゃあ靴をッ」
「やめろ」
ことごとく却下される俺の提案。
「では何をッ」
土下座する俺の横には、色々な物が入ったバッグが置いてあるが。
「そうだな……ところで、その髪型……」
「あ、これ?」
「独特、だなっ」
笑いを堪えるのに必死そうな顔の、ユーリとかいう男。
(やっぱりなっ、チクショウ!)
笑うと思ってたよッ!
分かってたよッ!俺はッ!
「……じゃなくてだな。お前の仲間について聞きたいんだ、雷光の武強使いの」
「っ!!」
俺の仲間ッ!?
マルスさんッ!?
「そ、それは」
「その反応だと、やっぱり仲間みたいだな」
「!!」
しまった!鎌をかけられたかっ。
「そいつの使う……おそらく才奧だな。それについて何か知らないか?」
「才奧……」
「その力の所為で妙に調子が悪くてな。狙撃がいつもより上手く行かない」
マルスさんの才奧だって?
(俺も詳細は分からない……)
一度それらしきものを見たことはあるが、どんな性質かまではさっぱりだぞ。
(もし、答えられなかったら)
俺に向けられている鋭い鏃が、頭を貫くかもしれない。
「早く答えろよ?」
「……」
俺は。
「知りません」
はっきりと答えた。
嘘は言っていない。
「本当かね」
輝く矢が、更に引き絞られた。
「能力について、聞いてないっ」
「……」
ユーリの鋭い眼光が、俺の恐怖感を刺激する。
「本当だっ」
俺は目を逸らさずに、力強く返答した。
「そうかい。それなら……」
死が顔の右横を掠めた。
「ッ!!」
外れたそれは背後の床を壊す音を響かせ、俺の心臓も壊れそうになる。
「……ほう」
頬を伝う血の感触に恐怖しながら、対応を変えない。
「素直に吐かないなら、拷問も良いが……」
「……」
ユーリの言葉に恐怖感が一層増した。
「【あの二人】じゃあるまいし、好んでやりたくはない……むしろ、あいつらのせいで……」
悩んだ様子でぶつぶつと何かを言っている彼。
「よし、決めた」
思考は終わり、ユーリは提案する。
「これから賭けをしよう」
賭けだって?
「それに勝てれば、一旦は見逃しても良い」
「……どんな?」
どういうつもりだ、こいつは何がしたい。
「簡単だ。与えられた時間の中で逃げろ」
ユーリは前方にある通路を指差し、俺に逃走するよう促す。
「十秒やろう。それまで俺は動かない」
「!」
十秒も?
それが本当ならまだ希望はあるッ。
「それじゃあ開始だ。一」
「う、おおおッ!」
通路に向かって走る。考えるより先に体が動いていた。
必死になって走る両足は、今までのダメージの所為で重い。
(あと二十メートルぐらいなのにッ)
どうしようもなく遠く感じる。
足を上げようとする力が、削がれまくっている感覚。
(背後のカウントすら聞こえやしない)
完全に集中しての、全力逃走。
(死の気配が――近付いてくる)
何度か経験がある、嫌な気分だ。
(ちくしょうッ。もっと速くッ)
動いてくれないと、ここで終わっちまう。
(ふざけるなッ!)
みんなと一緒に帰るんだよッ。
【――パーティーのっ!開幕だーっ!!】
あの騒がしい日の様な事をまた。
【名付けて、【ドキドキ王都!ラブラブ大作戦!】よっ】
メリッサの奴はとんでもない相談をしてきたっけな。
なんで俺にそんなことをッ。
【ぼくは必ずっ!りっぱな戦士にーっ!!】
マルスさんは少しハッスルし過ぎだったか。
酒が入るとあそこまで変わるとは。
【はい、どうぞ船長!】
あの野菜炒め美味しかったな。
また作ってくれよマリン。
【ジン太】
今度はフィアも加えて。
(そのために――全力を尽くせッ!!)
「――終わりだ」
刹那の中で、そんな言葉が聞こえた気がして。
「がっ」
心臓に違和感。
強烈な衝撃。
「はッ」
口から何かが出てくる、ような。
不快な感覚が響き。
(あ、れ)
ぐらりと崩れる、からだ。
そのまま、視界が、とじていって――。




