お返し
「ギャオオオオッ!!」
「フィアッ!!」
勢い良く向かってくる怪物を前にして俺が取った行動は、フィアを背に庇い、逃がすことだった。
「逃げろッ!!海の部屋にメリッサ達がいるっ」
「……」
返事は聞こえてこず、走り去る音だけを鼓膜が捉える。
(十分だ!!)
俺は限界突破を発動し、怪物を睨む。
怪物の鋭い両目が睨み返しているように見えた。大きな口に生えた鋭い牙が、不気味に光る。
「来いやッ!!」
「ギャオッ!!」
怪物は右腕を大きく右に振って、叩きつけようとしてくる。
(速いがッ!避けられないほどじゃないッ!!)
横からの攻撃を屈んで回避する俺。
(そんでッ、一発ッ)
屈んだ状態で、左手を支えに、怪物の太い左足に右足蹴りを食らわせる。
(モロに入ったッ!)
手応えはあり。
「いッ!?」
あったのだが、ダメージを負ったのは俺の方。
(なんだよ!この固さは!!)
異常に強靭な怪物の肉体を、攻撃の反動によって思い知らされる。
(まるで、びくともしてない……ッ)
蹴りなんて無かったかのように、怪物の体は不動の構えを見せていた。
(こりゃあ、まともに相手をしたらヤバい敵だなっ)
俺は即座に対応を切り替え、撃破から時間稼ぎの体勢に移行する。
「ギャオオオ!!」
「!!」
続いての攻撃は、左腕による振り下ろし。
(やはり、スピードは大したことない!)
才力者であるならば、対応可能な速度。
これならば、十分時間稼ぎが出来る。
「よしっ!」
振り下ろしを横に飛んで躱しながら、体勢を整える。
(!しかし、パワーは)
左腕を受けた床は、周囲にひび割れを起こし、見事に陥没した。
(今の俺より確実に上だっ。間違っても受けてはいけないっ)
飛び散った破片が体にいくつか当たる。
(躱し続けて、もし付け入る隙があれば、全力で……)
その為には、奴の行動パターンを見極めないといけない。
(構成獣であるならば、ある程度の法則がある筈)
それさえ掴めば、対応は難しくない。
「オオオッ!!」
突進してくる巨体。
(また腕による攻撃……)
こいつはそういった攻撃しかしてこないのか?
「ふ!」
攻撃を回避しながら、必死になって観察する。
(単調な攻撃だけなら、いくらでもやりようはあるっ)
「疾ッ!!」
大ぶりな攻撃の隙を突き、怪物の腹に右拳を叩き込んだ。
(ッ!やっぱり、こっちの攻撃は通らないかっ)
先程から何度も攻撃を与えてはいるが、怯んですらいない怪物。
どこかに弱点となる部位でもあれば……。
(あらゆる場所に拳を打ち込んで、確かめるしかない・試してやる)
背中、羽、角……に、次々と拳を叩き込んでいく。
(どれも効果なしっ)
逆にこちらの拳が砕け散りそうになる、圧倒的な肉の盾。
無駄な体力を使っているような気もして、迷いが大きくなる。
(時間稼ぎのみに専念するべきか)
フィアが逃げる時間を……いや、どちらにしても。
(こいつを放ってはおけない。危険だ)
倒せるなら倒しておかないと、攻防面に関しては脅威に違いないのだ。
「墳ッ!!」
拳を与えたら即座に引き下がる。
ヒット&ウェイの戦法を繰り返す中で、ある異変に気付いた。
「!?」
限界突破の性能が落ちている。
もともと劣化してはいたが、段々と強化が剥がれていってるような。
(こんな時にッ!?)
勘弁してくれっ、これ以上性能が落ちたら不味いっ。
(あいつの攻撃を一撃でも受けたら)
放たれる攻撃の風圧が、さっきより強く感じるようになった。
ウ〇コヘアーが揺れる。
(くそッ、そろそろ引き付けるべきか)
海の部屋までこいつを誘導できれば、メリッサの一矢に頼れる。
(マリンを巻き込みたくはないが、どっちにしても危険だっ)
近くの部屋に来たら、メリッサを呼ぶという手もある。
(さすがのこいつも、メリッサの矢なら)
その肉体を突き破ることが出来るはずだ。
「オオオ……」
「……?」
何だ?奴の動きが止まった。
(羽が……)
少し距離を開けて、様子を伺う。
激しく振動している、この音は。
「オオオォ、オッ」
怪物の外見に変化が起きた。
「⁉」
その逞しい右腕が、異常な膨張を見せる。
「なん――?」
気付いた時には、激しい衝撃で吹き飛ばされていた。
視界を覆うは、灰色の炎。
「ごぶッ!?」
馬鹿なッ、なんだよ今のはッ!?
「くそォッ!」
空中で体勢を整え、両足を床に着地させる。
ただそれだけでも、体の痛みを伴う。
「……自爆攻撃かッ!?」
発生した灰の炎は迅速に消えていき、先にいるのは右腕を失った怪物。
「ギャオオッ!!」
そんなことは気にせずに、奴は再び突進をかましてきた。
(回避を)
しようと動いた体が、見えない鎖に絡めとられる。
(な、に)
明らかに、速度上昇が低下していた。
(どういうことだよ)
迫りくる奴の拳が、俺を砕こうとしてくる。
(まさか、さっきの攻撃の所為で)
「ギャオオッ!!」
超重量の一撃が、俺の体に叩きつけられる。
(――まずったぜっ)
浮遊感と激痛を感じながら、後ろに吹っ飛んでいく。
(幸い、腕の防御は間に合った)
奴の攻撃が当たる前に、両腕で頭を庇った。
(折れてはいないが、滅茶苦茶痛いッ)
床を転がる度に、受けたダメージが悲鳴を上げて、俺の体を蝕む。
「ぐッがああッ!!」
苦悶の声を上げてしまう喉。
停止する勢い。
「……ッ」
顔が床に触れる感触は、毎度お馴染みというところか。
(何回、味わってんだよ……)
毎度毎度、俺は無様に転がる運命らしい。
地に愛された男なのかもしれない。
(……まったく、人生って奴は)
どれだけ頑張っても、予想外の不意打ちでこっちの意思を砕いてこようとするもんだ。
(しかし、まあ)
だから努力が無駄かというと、そうではなく。
(上手くいったな、【上昇のコントロール】)
アスカールの時から試してはいた、限界突破による攻撃上昇・防御上昇・速度上昇のコントロール。
(マルスさんのアドバイスのお陰かな)
それによって、あの怪物の攻撃の瞬間に防御上昇に集中。
(他の上昇を下げる代わりに、そこだけを突出させた)
お陰で、この程度のダメージで済んだ。
「へ、へへへ……っ」
こつこつと積み上げた努力が、きちんと実を結ぶ。
やっぱり嬉しいもんだな……、こういうのって。
(こんな状況だぞ。正気かよ?)
だが、どうしてもにやけてしまう。
(昔から、そうだからな)
【ゴミクズのくせに、粋がってんじゃねぇっ!!】
【お前なんて、さっさとくたばれよッ。へぼ奴隷!】
「ぐ、おッ!」
両指に力を込め、床をしっかりと掴み、立ち上がる為の支えにする。
(ほらな、マリン。努力は報われるんだ)
きちんと、その先の光を掴むための力になってくれる。
(無駄な努力なんて、ねぇんだよっ)
だから、今この瞬間も。
(先の希望を掴む為に……ッ)
「立ち上がらねぇと、なぁッ!!」
気合いの叫びと共に、俺は立ち上がった。
先には、向かってくる怪物の姿。
「ギャオオオ!!」
「うおおおお!!」
全力で走り出す。
限界突破に異常がある以上、これ以上の時間は掛けられない。
(アスカールで磨き上げた、努力の結晶をぶつけてやるッ)
ぎしぎしと音を立てる体の痛みを堪えながら、アスカールでの成果を披露する為、右拳を大きく後ろに振った。
(速度上昇に・強化を集中――)
拳に纏う虹色の輝きは、最強の矛へと進化する。
「ギャオオ!!」
怪物が大きく腕を振るタイミングに合わせて、一気に接近した。
(懐に入った・攻撃上昇に集中ッ)
即座に切り替えを行い、全身全霊で、拳を放った。
「おおおッ!!」
真っ直ぐに怪物の腹に突き刺さる、全力の拳。
(加えて――一打)
「――破ッ!!!」
「ギャッオッ!?」
拳から膨れ上がる虹色の光。
(限界突破の、波動砲)
破壊力に・加算・加算・加算――。
(――――)
【うう……お前みたいなクズにッ】
【なんでッ!?】
(――お返しだッ!!)
炸裂した虹の一撃・最強の一打は・怪物の体を吹き飛ばした。