心の底から
「……」
思えば、俺は長い期間を自由奔放に過ごしてきた。
(思う存分自由に生きて、満足した人生を送れている)
あの奴隷になった日、自由になった日。
(俺は、広い海に出て)
青春の日々を過ごした。様々な体験をした。
だが、冒険譚みたいに楽しいことは多くない。
辛いことだってたくさんあるんだ、この世界って奴は。
(自由は必ずしも良いことじゃない)
それでも、あの日々に比べれば。
鎖によって全てを封じられた、閉ざされた地獄に比べれば。
(数十倍、マシなんだよな)
「――追いついてきましたのね。ジン太」
「ああ。やり残したことがあってな」
いくつかの部屋を抜け、俺は花が大量に置かれた部屋に辿り着いた。名は花の部屋。
様々な香りが合わさって、とてもリラックスできそうだ。
「やり残したこと?」
しかしそんなことしている暇はなく、俺は少し離れた彼女に集中する。
フィアは大きな黄色い花を背にして、立っていた。
「お前に伝えたい言葉が……あるんだよっ」
息を切らしながら、俺は彼女の青い瞳を真っ直ぐに見た。
(濁っている)
今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、フィアの目は変貌していた。
(……怯えているようにも見えるな)
あの元気な彼女からは想像も付かない姿に、胸が痛くなるが。
「言えなくて後悔していたんだが、やっと言える」
俺は、その言葉を口にした。
「一緒に行こう。フィア」
「……そんなことを言う為に」
自分を追いかけてきたのかと、彼女は嘲笑う。
「おうよ。俺にとって大事なことなんだよ」
「……」
俺は一歩、彼女に近付いた。
「……昔、冒険に憧れていた親友がいてな」
「はい?」
いきなり過去を語り始めたら、何言ってんだコイツみたいな顔をされた。
「聞いてくれ、俺の想いを」
そうした方が最善だろうと思うから、そのまま話を続ける。
(考えをしっかり伝えて)
その上で彼女を説得しようと、俺は努力する。
「……良いですわ。付き合いましょう」
「ありがとう」
再び、語り始めた。
「その親友はさ、本当に自由を求めている奴で」
「自由……」
聞く彼女の表情は、いまいち感情が読み取れない。
(今度こそはヘマするなよ)
とはいっても、無能な俺に器用な話をする技術はない。人の心を読めるわけでもない。
それでも自分に出来る限りを尽くして、やっていく。
「……俺は、そいつと一緒に旅をしようと約束した」
奴隷であったことを明かし、不自由な境遇について話す。
「……」
フィアはその間、何も言わずにいた。
何を思っているんだ。
不安を感じながらも、話を進め。
「だが、それは叶わなかったんだよ」
「……なぜ?」
「死んじまったんだ。あっさりと。俺は何も出来なかった」
あの忌まわしい記憶を回想した。
【まだ、死ねない】
「――人生なんて、そんなものなのかもしれない」
悲しい想いを押し殺し、その先の希望を見つめる。
(想いが届かず、無念に飲まれた人たち)
彼等の姿を思い浮かべながら、俺は――。
「そんなもんな人生でも、俺は素晴らしいと思ってる」
俺の中で変わらずそこにある、絶対の信念を口にした。
「素晴らしい、ですって?」
「ああ。だから俺は、その素晴らしい人生を自由に生きて欲しくて……あいつの分も」
「……親友を救えなかった、贖罪のつもりかしら」
フィアに言われた言葉を、数秒考える。
「違うな。俺はそんなに格好良い人間じゃねぇぞ」
そう違う。
あいつが死ぬところを、ただ無力に見ていた罪悪感はあるけどな。
「親友に似てるから肩入れしたいって単純な気持ち……じゃ、ダメか」
「自分自身にも、でしょう」
探るような瞳でフィアは言った。
「……だな」
フィアの言葉を素直に肯定する。
「……長い時をさ、不自由の檻の中で過ごしてきたんだ。理不尽だって思う時はあったし、もう駄目だって思う時もあった」
「それは……」
きっとフィアも、似たような想いを抱いていた筈だ。
「けど、希望はあったんだっ」
だからこそ彼女に届くはずと信じて、俺は力を込める。
「その先に広がる自由の輝きはッ!想像以上のものだったッ!!」
もしかしたらこの言葉で、更なる嫉妬心が生まれる可能性だってある。
(結局、どうなるかなんて分かるわけないッ)
それでも全力で進んでいけば、きっと。
「あんなに息苦しかった世界が、価値観が、一瞬で壊れちまった!!」
そう確信しているから、俺は想いを伝え続ける。
【初めてその世界を目にした時、得た感情は興奮だった】
「自由はッ!!良いものだと思ってるッ!!」
声を張り上げ、暑苦しく。
(彼女が怯える、俺が求めた、自由の素晴らしさを伝える……フィアはきっと、その恐ろしさに怯えているのだろうから)
辛い経験を受けて、陰りを見せた自由への憧れ。
(それを取り戻す為の言葉だ!)
結局俺には、こういった伝え方しか出来ないようだ。
「……やかましい。ですわね」
「悪いな。へへ、不器用なもんで」
「格好つけ」
「……」
ちょっと傷ついた。
「――仮に、自由が良いものだとして」
「……」
「どちらにしても、わたくしは先に進めない」
悲し気に目を伏せて、フィアは足を止めている。
「昔からわたくしを縛っていたそれが、先の光を見ることを封じてしまっているのよ」
とても希望など持てないと、彼女は諦観の中に沈んでいるようだ。
「……」
正直、気持ちは分かるんだ。
(……この理不尽だらけな世界で)
希望を持とうぜ!と、誰かが言ったとして。
(簡単にそれを受け入れられるか?)
俺だって、そんなのは恵まれた奴の戯言だと思っていた時がある。
(だけど)
それを言ってくれた【奴ら】は、俺なんかより遥かに苦境に立たされていた。
そんな地獄の中でも、先にある光を見据えていたんだ。
【俺は信じてる!】
【諦めないさ!】
【その先へ!】
その彼等の瞳には夢が溢れていた。
「――俺は報われた」
「え?」
「希望が見えなくて、その中でも足掻いて、自分で閉ざしていた希望を見つけることが出来たよ」
「……自慢かしらっ」
フィアの顔が悪意を持ち、俺にそれを向けてきた。
「そうじゃない。希望はあるっていう、単純な話だ」
「……」
「……報われたのは、俺だけじゃない」
そう、俺は今まで努力が希望を掴むところを見てきた。
「たとえ挫けても、前を向いて、目的を達成する」
必死になって這い上がって、天に輝く太陽を掴む者をその目にしたんだ。
「……俺の親友も、挫折して、そこから立ち直ってっ」
ある、燃え盛る炎の話をする。
彼の軌跡を、暑苦しく語って聞かせた。
【とことん、やってやるッ!!】
「遂には、夢を果たして見せたッ」
語っている内に、心の底から情熱が盛り上がってきたのを感じる。
(報われたんだッ!!必死の努力がッ!!)
それだけ、俺の中であの出来事は嬉しいことだったのか。
「……そんなの」
フィアの顔から、悪意が少し薄れた気がした。
「――努力は負けないッ!!」
俺はただ、己が信じることを彼女にぶつけるだけ。
「絶望なんかにッ。恐怖なんかにッ。理不尽なんかにッ」
心の底から信じている、俺の芯を示して見せるだけだッ。
「負けることなんてないッ!!切り開いて見せるんだッ!!フィアッ!!」
「ッ。なんでっ、貴方はそこまでッ」
揺らいでいるように見える、彼女の問い。
なんでだって?単純な話だッ!!
「俺はッ。自由になれて、その光景を見たんだッ」
広がる空、青い海、吹き付ける風ッ。
あの心が解き放たれるような自由を――。
「あの時の感動をッ、興奮をッ、お前にも味わってほしい!青春を感じて欲しいッ!!それだけなんだッ!!」