不安
戦士・マルスは、若いがそれなりの経験を戦士団で積んだ戦士だ。
【中位才獣の単独討伐経験:5体。第一団の団長からの信頼も厚い】
戦士団に所属して経験を積むのと、適当な場所で戦闘経験を積むのは訳が違う。
(機動力、問題なし)
ましてや才力の扱いに特化した、アスカールの軍ならば。
【平均的な兵の練度では、ロドルフェ軍を上回っているだろう】
「二射目だ。避けられるかな?」
さっきより近くから放たれる、金色に輝く矢。
それは正確にマルスの額へと向かう。
(回避、可能)
額の残像を貫く一矢。
マルスは必要最低限の頭の動きで、向かってくる矢を凌いだ。
「!へえ……」
これにはユーリも感嘆の声を漏らし、目つきを変える。
(距離十、五)
常を越えた、雷光の弾丸がユーリ達を襲う。
「おっと!」
「……!」
しかし避ける者達も常から離れた強者。
左右に分断されながらも、余裕の姿勢で回避して見せた。
(直前で加速しやがった。――俺より速いな)
ユーリはマルスに対する評価を改める。
(さっきの避け方といい、こいつは相当の経験を積んだ戦士だ)
謝罪と敬意の念を込めて。
「侮って悪かった。全力で仕留めよう」
(良い鍛錬になりそうだな!)
殺気を一層深め、後退しながら弓を引き絞るユーリ。
波動砲による、第三の矢が。
「撃たせませんよ」
放たれようとするのを、俊足のマルスが急接近して阻止した。
「うお!」
ユーリに対して次々と拳が放たれ、射撃の体勢を崩される。
戦闘の状況は、既に接近戦へと切り替わっていた。
(くそ、やはり雷は速い)
苦戦するユーリ。
繰り出される拳の速度は、同じ才力使いでも回避が難しい。
ユーリは発射体勢を崩されたまま、避け続ける。
(もう一人と引き離すように動きつつ!)
一方のマルスは焦っていた。
(速攻で一人を片付ける!あと一人も相手するのは無理だ!)
時間を掛ければ心臓に刃が届くと、彼は半ば確信している。
「しッ!!」
更に鋭さを増していく、雷鳴響かせる拳。
あと少しの加速で、ユーリの肉体を捉えることが出来るだろう。
(ふり絞れ!器の力を!)
最大限の動力を発揮するマルスの器が、拳から発生する雷光を強化し。
「ふッ!!」
ユーリを打ち砕く、本来は最大速度の拳が振るわれた。
狙いは顎。
「――ッ!?」
マルスの驚愕。
「危ない。間に合った」
渾身の拳は空を切った。
(ただ、避けられただけではないッ)
ユーリはさっきのお返しとばかりに、最小の動きで回避する。
(――表情)
マルスの視界に映る敵の顔は、余と裕に満ちていた。
「どうした?それが限界か」
挑発するかのようなユーリの言葉。
「!!」
挑発に乗るような男ではないが、激しく険しい顔を見せるマルス。
(このままではッ)
怯まず、雷光の拳は放たれ続ける。
(不味いッ)
マルスが今まで戦ってきた強者達。
その中には、当然【その力】を持つ者がいた。
(いきなり攻撃が)
「それでは、当たらないな」
空振り続ける拳。最小の動きで回避を成功させるユーリ。
最速の攻撃を余裕で避けられるように【変化】したユーリを見て、マルスはそれの予感を感じる。
(【才奧】かッ!?)
そうとしか思えないほどの苦境。
「ほらよ」
続けて、マルスの腹に突き刺さる痛み。
「ぐっ!?」
強化された弓自体による突きが、彼の腹部にめり込んだ。
「次いで――一射!」
発動する波動砲の光と、それを受けて引き下がるマルス。
強く引き絞られるユーリの弓。
(一旦、体勢をッ)
立て直そうとしながら、マルスは敵の攻撃に注視し、矢の軌道上から逃れるように動く。
「散光!!」
(これ、は)
弓から放たれた矢の軌跡は、何とも異様なものだった。
(黄金の光――)
まず最初に・放たれた矢が分裂して。
(視界を埋め尽くす数)
上下左右に分かたれたそれは。
「ぐはッ!!」
マルスの肉体に突き刺さり、血に染めた。
頭などは腕でガードして無傷だが。
(しまったッ)
拡散した矢は天井や床を破壊して粉塵を巻き起こす。
他の部屋より才力による守りが脆いのか?と考える、ユーリ。
「……雷の強化には弱点がある」
粉塵に身を隠すように後退したマルスに狙いを定めながら、ユーリは止めを刺そうと。
「速度上昇が異常に高い代わりに、その他の強化が低い。威力の低い技でも決定打になる」
大きく膨れ上がる金色の矢を右手で引き、最大威力の波動砲を向けた。
「じゃあな。あんたは強かったよ」
「くそッ!!」
放たれた特大の矢が、前方の粉塵を吹き飛ばす。
「……」
それは大きな破壊音を起こし、更なる粉塵を生んだ。
(この部屋の名前……)
抉られた前方の壁。
その様子を見ながら、ぼんやりと思うユーリ。
「消失ね」
【消えた】マルスを見て、仕損じたことを確認。
(粉塵の中に確認できた、青い炎)
消えた理由については、既に検討が付いている。
「修の灯……だったか?」
聞いたことのある、不思議な炎の話。
違う場所に一瞬で移動できる、便利な手段。
「つまり、別の部屋に移動した」
逃したかと、ユーリは苦い顔をする。思えばマルスは、最初に部屋を観察していた。
「どうするかね?ペルさん」
「……反動は」
「それなんだよな。流石に今の技は反動が大きい……やっぱり俺もまだ未熟か」
軍の若き戦士は考える。
波動砲の反動で追いかけるにも難いし、修の灯を発動させる方法が分からない。
「ここまでだな……しかし」
己の弓を見て、ユーリは疑問を抱く。
(移動は間に合ってなかった……仕留められなかったのは、単に俺が外したから)
彼は撃った時の違和感を思い出して。
「何をした?」
●■▲
「ぐ……っ」
多数の鏡が、壁に沿うように配置された部屋。他の部屋に繋がる通路は三つ。
「ハァ……!ハァ……!」
傷だらけのマルスは、体を引きずるようにして歩いていた。
全体的に切り裂かれた衣服から流れる血は、点々と石床に跡を残してしまっている。
「……どういうことだ」
痛みと情けなさに苦しむマルスは、先程の戦闘を振り返っていた。
(なんで急にッ)
己の全力で放った拳は、ユーリに容易く回避されて。
(いくらなんでも、有り得ない)
決して己の力を過信するわけではないが、自身の速度上昇は簡単に対応できるものではないと思っている彼。
(団長だって、そんなことは出来ないぞッ)
それを可能にしたユーリに対し、激しい警戒を抱く。
もしもう一人が、ユーリと同等の力を持っていたら。
(危険だ……ッ。早くジン太君たちに)
ジン太達と合流しようとするマルスだが、現在地は不明。
(修の灯があの部屋にあるのは分かっていたが、この部屋の情報まではない)
ユーリ達の反応を見るに、敵は修の灯の存在を知らなかっただろうとマルスは思う。
(攻略書には目を通していないのか?それならまだ希望があるが……)
彼は右手を開いて、そこに視線を落とす。
(力が上手く出ない)
全身を襲う気怠さというか、異常な疲労感。
(敗走した原因の一つ)
それはユーリ達と戦う前から感じていたことではある。
(やはり、ジン太君と話した通りなのか?)
【石板?それを隠していたのか】
【そう。この場所の地図が描かれていた。だけではなく】
スタート地点での彼の行動について聞いたマルス。
【色が塗られていた……その部屋には】
【攻略を助ける、もしくは他の参加者を妨害するような。何かがあるんだろうけど、フィアを助ける方を優先したい】
「……」
マルスの中で様々な疑問が浮かび、それを何とか整理しようとする。
(この体の異常と、もう一つの――不安)
ぱっくりと口を開ける、未知の怪物。
そこから聞こえる唸り声が、マルスの不安感を大きくしていた。