場面破壊
「場面破壊について話そうか」
エントランスから行ける部屋の一つ(壁一面にへんてこな絵が描かれた)に移動した俺達。
いけ好かない座長は語り始めた。
俺がいつの間にか持っていた、このいけ好かない力について。
「ある異海の・ある王国に、とても有名な道化師がいました」
己の成り立ちについてでもあるか。
【ははは、おもしろーい!】
【もっとやれ!もっと!】
「子供にも大人にも、勿論王様にも人気である道化師。たびたび王様に招かれては、愉快で楽しい芸を披露した」
【ふはははは!私を笑い殺す気かっ!?道化師よ!】
なぜ語ろうと思ったかは分からないが、ただの気まぐれかもしれない。
「彼は道化であろうと努め、様々な笑顔をその目に見てきたとさ」
【……】
まるで掴めないやつだ。
「その果てに道化師は何を思ったか、ある才物を作ろうとした。彼にはその才能があった」
対面(?)に座って語る男は、テーブルに着いてごく普通に語っている。
「その才物を、不眠不休・凄まじい執念で作った道化師は」
【これで悔いはない……】
「――全てを使い果たし、その瞬間に命を落とし」
(たけぇ……)
俺の視界は異常に高かった。座長の頭が見えるほどだ。さすがに天井はまだ遠くに感じる。
(なんなの)
異常に高い椅子に座っているので当然なのだが。
少し間違えると命を落としかねない高さであるし、体の自由は利かないし、滅茶苦茶不安だぜっ。
「残ったのは、この場面破壊と、道化師の影響を受けた座長のみというわけだ」
満足げに語り終え、座長の野郎はテーブルに置かれた木箱からクッキーを摘まんだ。
「あのぉ、俺も食べたいので下ろしてくれないでしょうか」
「だめ。これは全部自分のだから」
「……ケチめ」
聞こえないような音量で俺は愚痴を吐いた。
「……俺を呼んだ理由はなんだ?」
この状況で真面目な話をするのもあれだが、普通に気になっていたので聞いてみた。
「お前を作ったっていう奴が、お前の行動に関係してるのか?」
「まあ。性格的には影響を受けてるしな」
「……なんで俺に絡む?」
少しだけ座長の正体が分かったことだし、更に深く探ってみるか。
「ちょっとな」
ちょっとなじゃねぇよ。意味不明なことに巻き込みやがって。
「プレゼントもあるんだ。ゆっくりしていってくれよ」
プレゼントだって?
胡散臭い予感しかしない……。何を企んでやがる。
「こんな場所でゆっくりしろと抜かすかっ」
「まあ、そろそろ下ろすか」
「お!」
体の自由が戻り、俺は下りられるようになった。
「よいしょ!よいしょ!」
長すぎる椅子にくっ付いた梯子を使い、普通に下りていく俺。
「よいしょ!」
ちくしょう、なんかもっと格好いい下り方はないのかっ。
(前と同じで力を封じられ)
この状態じゃ、華麗に椅子から飛び下りることも出来ない。
両足が砕けてしまうだろう。
「……ふぅ!はぁ!」
少し息を乱しながら床の上に下りた。
緊張のせいか、余計に疲れているようだ。
「お疲れさま。クッキーいるかい?」
「……くれんのかよ」
「あげないよ」
クッキーを齧りながら座長は言う。
人をバカにしやがって。クッキーにワサビ塗りたいぜ。
「さてと、また移動しようか?プレゼントはそこにあるんだ」
座長の野郎は席を立つと、部屋の出入り口に歩いていく。
(付いていくしかないか)
どうせまた動きを操作されるのがおちだ。
なら、少しでも自由になれる方を選ぶとしよう。
(背後から奇襲をしかけても)
通用するとは思えない。
そもそもこいつに今の俺のパンチがどれだけ効くのか。
(無力だ……!)
今は気持ちを抑え、冷静になって動くとしよう。
感情的に動いては駄目な時がある、大人にならないとな。
「この扉の向こうだ」
部屋を出てエントランスに戻った俺達は、また少し歩いて、新たな部屋の前へ。
「……【ショップ】?」
ピンクの扉に張り付けられたプレートに書いてある文字。
「楽しいお店さ・危険なお店さ」
丸いドアノブを握る座長の声が、変に重なって聞こえる。
「いざ、入ろうじゃないか」
扉が勢いよく開けられ、俺はその空間を視界に収めた。
「――いらっしゃい。ゆったりしていきな!」
元気の良い男の声が迎え入れる。
「ごちゃごちゃしてんなぁ……」
室内には乱雑に物が置かれていて、今にも崩れそうな山がいくつも形成されている。
天井は高くない。
「おっとジン太か。こりゃあサービスしないとな!」
俺の名前を口にする見知らぬおっさん(ウサギの耳を着用)が、右のカウンターに。その後ろの棚には、多様な品物が置いてある。
「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!」
「滑稽なる者のご入店!」
「うれしくないぜ!帰りやがれ!」
部屋に置いてある大きなピエロの人形達から、ありがたくない歓迎の言葉。
「さっ、メニューを見ていってくれ!」
カウンターの前まで座長と一緒に歩くと、おっさんが本型のメニューを取り出した。
「なんだこりゃ」
「プレゼントさ」
革で出来たメニューを開く俺に、座長は「わくわくして選んでくれ」なんて言いやがる。
「どれどれ……?ん?」
そこに書かれた文字列は、見たことのない文字で構成されていた。
「しまった。お前が読めない文字だったか」
座長はとぼけたように言うと、違うメニューを出すように店主に促す。
「さっきのは、第二異海の大陸で使用されてる文字。お前にも分かるのはそっちだな」
新たに取り出されたメニューを受け取る俺。
持ったまま、同様に開く。
「これ、アスカールの文字か」
「その通り。それなら読めるだろう」
「……」
座長の言う通り、書かれた文字列を読み取ることが出来る。
(【びっくり玩具箱】・【最高の棍棒】・【衝撃の手紙】……他にも色々)
読んだところで意味が分からないぞ。
(商品名らしきもんの横に書かれている……ポイント?)
10・20・30。商品毎に違うポイント数。
「気にせず購入しなよ。今回はサービスで無料だ」
「また買うことがあるような言い方だな」
「気に入ったなら何度でも買えば良い。もう少し気が乗ったら、いつでも【此の場所】に案内しよう」
名称だけでも意味不明な商品を気に入るなんて有り得ないが。
(いつでも此処に案内してくれるっていうのは、むしろチャンスか?)
いまだにまったくこいつの対処法が掴めないので、少しでもヒントが得られれば。
(……今は大人しく)
しておこうと決め、俺はメニューを一通り見てみることにした。
(とは言っても、何か役立ちそうな情報もないか)
書かれている商品名は、どれも意図が掴めないものばかりだ。
「どれにする?ジン太」
囁いてくる座長の言葉は、さっさと決めろと遠回しに言っている。
「……じゃあこれで」
どうせ全部怪しいのだから、どれを選んでも一緒だろう。
俺はなるべくポイントが高い……ではなく、少ないのを選んだ。高いと逆にろくでもない結果になるのではという判断。
「へえ。衝撃の手紙か」
「まいどあり!」
おっさんはカウンターの下あたりで何やらごそごそした後、水色の封書らしき物を手にして現れた。
「どうぞ!大事に使ってくれ!」
それを俺は嫌々受け取り。
「中を確認しないとな」
「分かってるよ」
封書を開けようとして。
「ごっぱああああああアッ!?」
いきなりとんでもない衝撃が走り、頭が割れそうになった。
(なんッ!?)
ぐらぐらと歪む視界、店主のにこにこ顔。
「大当たり。かもな」
座長の声、が離れていく。
(だ、だめだ意識がっ)
意識が薄くなっていく感覚。
狭まっていく視野。
直感で、場面破壊から離れていくのが分かった。
(結局、なんだった、んだ……?)
意味も分からず、俺は――。
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