固い心
「それじゃあ、器が回復するまで休憩ってことで」
「ええ。……体の方も限界。へとへとよ」
藁の部屋に着いた俺達は、予定通りに体を休める。
俺はマリンの隣に座った。尻から伝わる藁の感触が、遠い記憶を刺激する。
「苦い……」
「我慢しろマリン。腹は膨れる」
「うん……」
渋い顔で暇の果実を齧るマリン。
藁の部屋の数か所に果実の木が生えていて(その部分だけ土)、余裕で全員の腹を満たせる量はあった。
(……他の参加者はどうなった)
もう大分時間が経った筈だが、まだ脱落していない者はいるのか?
(悲鳴も聞こえた……正直、才力を使えないヤツじゃ、進むのは無理ではないだろうか……)
才力者であるマルスさん達、しかも実力者である彼等でも、疲労の色が隠せない難易度。
当然俺も受けた傷が痛み、足は重い。
「……水飲むか」
暇の果実では喉の渇きは潤せない。
近くに置いた鞄を漁り、革で出来た水筒を取り出した。
水筒の蓋を取り、口の中へ一気に流し込む。染み渡る冷たさが気持ちいい。
「――ジン太君。調子はどうだい?」
「!……マルスさん」
いつの間にか傍に来たマルスさんが、マリンの反対側に座る。
「まあ、見ての通り……ただの水が神々しく感じるっ」
「はは。戦闘中に飲むわけには行かないしな」
「手元になくて正解かもしれないぜ。誘惑に負けて飲むかも」
「そんな理由でやられないようにね」
まさかと思ったが、俺ならそんな理由で負けそうで怖い。ただでさえ、まともに攻撃を受けたらヤバい魔物もいたというのに。
「……キミの力は、完全に戻ったのか」
「ああ。戻ったけど。……完全とは言えない」
俺の限界突破は、一応は発動可能レベルにまで到達した。
しかし、どうにも力が出ない。
(本来の性能を戻すには、まだ時間が掛かりそうだ)
手応えはあるので、もう少しなのではないかと思うんだが。
「……ジン太君は、そんな力を持っているのに己を無才者と言うのか?」
「え?」
「十分過ぎる力じゃないかい。それは」
「……」
何を言いたいのか分からない言葉だが、声が真剣そのものだ。
「……一応、良くわかってない力なんだ」
「得体の知れない力か」
「……心当たりはある」
そう、あるんだ。
かつて俺がいた場所で、語り継がれていた話。
(俺が生まれた場所――あの伝説の地で)
故郷を思い出す。
幻想のような怪物が飛び交い、人々は不思議な力を用いて生活していた。
【ジン太。貴方にいつか話さないといけないことがあるの】
母さんは、一体何を隠していたのだろう。
【――太は――おそらく、《奴》を倒す切り札に――】
思い出そうとすると、頭が痛む言葉もある。
【限界突破を知ってるかい?ジン太】
怪しい吟遊詩人が、その話をしてくれた。
【実はあの力には、更なる――】
「……そんな場所でキミは……つまり、その力は」
「――努力の可能性っていうのかな、そんな感じの力なんだよきっと」
「努力の、可能性」
思うところがありそうな表情のマルスさん。
「俺は、そう信じている」
彼に向けて、確固たる意志を持って言う俺。
「可能性か……いい言葉だ」
彼は微笑を漏らしながら、ある話を始めた。
「――ボクには弟がいるんだ」
いきなり何だとも思ったが、悲痛な想いを感じてしまったもんだから。
自然と集中していた。
「……仲良いのか、弟さんと」
「良かったよ。とても」
過去形で語るマルスさんに、俺はやってしまったかと思う。
「気にしないでくれ。話振ったのはこっちだ」
「……」
「……昔は、よくボクの後をついてくるような子供だった」
彼は目を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。
大切な思い出を抱えるように。
「ボクもそんな弟に応えるよう、カッコつけてね。よく、実家がある第二地区で戦士団ごっこなんてしてた」
「戦士団ごっこって」
「町の治安を守るんだ!って、巡回の真似事をしてただけさ。むしろこっちが怒られたこともあったよ」
「マルスさんにもそんな時が……」
想像したら和んでしまった。
誰でもごっこ遊びを楽しむ時はあると。
「子供の頃から、目指してたんだな」
「憧れだった。才力者としての才能は凡だったけど、必死に努力して、戦士団になれたんだ……あいつにとっても」
「……」
「弟は、諦めてしまったんだ」
悲痛な声が、その濃さを増し、俺の心にのしかかる。
届かなかった情熱の重さだ。
「……あいつは、才能があるわけじゃなかった。むしろ、平凡より劣る力しか持っていなくて」
「平凡、より……」
「ボクはそんな弟を勇気づけてね。そしたら……」
【兄貴に何が分かるんだよ!!】
「――なんて喧嘩になった」
「……それは」
「実際、ボクにあいつの気持ちなんて分からないんだろう。弟から見れば、ボクだって恵まれた存在に映っていた筈だ」
劣等者の気持ち。
それを知った気になって、知ってもいないくせに、背中を押すのは。
「ボクは何も言えなかった」
傲慢なのかもしれない。
「……弟は家出して、それ以来顔を合わせていないんだ。居場所は分かってるけどね」
それでも。
「……ジン太君はどう思う。キミなら、それでも何か言っていたかい?」
俺は言うだろう。
「――頑張り続ければ、必ず希望はある」
信念とも言える、その言葉を。
「俺だったら、きっとそう言うよ。マルスさん」
「……」
マルスさんは、何かを考えている無言。
「……ボクも、あいつに言えば良かったのかな」
の後に、ぽつりと呟いた。
後悔しているのが声色から分かった。
「ボクが見張りを務めよう。キミはゆっくり休むと良い」
マルスさんは去った。
今度はメリッサの元へと。
「メリッサ、調子は?」
「大丈夫よマルスさん。教えてもらった動力の調整のお陰で、結構楽に戦えている。ありがとう」
「はは、役に立ったなら良かった」
二人は楽しそうに話している。
(お言葉に甘えて、少し横になるとしよう)
藁の上に寝ると、これまた懐かしい感覚が。
「……」
隣にいたマリンは、いつの間にやら寝てしまったようだ。可愛い寝息を立てている。
(あんなに怯えてたし、疲れただろう)
近くの藁を掴み、彼女の体に掛けた。
(ここから出たら、何かマリンの好きな物でも……)
作って、食べてもらおうか。
そんな風に思いながら、目を閉じる。
(心身を休ませる、これもまた鍛錬なり)
心を休息に切り替え、意識を眠りに落としていく。
(溶けていく心、受け流す柳の如く)
夢に近付いていく感覚は、なんとも心地よく。
(今まで起きた苦難を、しまいこみ)
静かな、心の檻の中に、俺は入っていく。
(俺という世界と、一体になっていく)
それはつまり、柳の極致。
俺の魂は乱されることなき、安寧の中に――。
「ジン太。起きてますか?」
うん?
(この声は。というか背中の感触は)
なんだか背中に柔らかいものが当たっているような気がするんですが、気のせいだと思いたいけど、この声はフィアのもので、つまり。
(――俺の隣に寝てる?)
というか、完全に背中から抱き着いている?彼女の両手が胴体に、しっかりと掴んでいるような。少しくすぐったい。
いや、おぶっていた時も似たような状況だったけど、あの時は休息モードじゃなかったし。
「ジン太?」
耳元で彼女の声がして、息が当たりまくって、これはヤバい。
どのくらいヤバいかって言うと。
想いを寄せる相手が抱き着いてくるぐらい。
(ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?なんなの、この状況ッ!!)
おち、おちつけ、落ち着くンだッ!!背中の弾力に惑わされてはいけないッ。
俺の心は柳。俺の心は柳。俺の心は柳。
「返事をして。ジン太――お願い」
柳。フィア。柳。柔らかい胸。柳。甘い声。
「……んん?なんだ?誰だい?一体?んんん?寝てたのになぁっ。もうッ。眠いのになぁっ」
柳は台風に吹き飛ばされた。