参加者
冒険には障害があるもんだ。
それを乗り越える為に必要なのは。
「手強い……!!」
俺達は最奥の部屋から出て、来た道を引き返していた。
(現在地は【自然の部屋】)
直径三十メートルはあると思われる場所。
石壁には木々や草花、小動物が描かれている。
(三角の部屋の半分程度しかないな)
窓の一切ない空間は、どうにも気が滅入って。
さすがに最初よりペースは落ち、攻略は困難に傾いている。
(動きが速い……!今の限界突破じゃきついか!)
敵の姿は大きな狼のようで、黒い毛並みを持っている。
今まで遭遇したどの魔物より素早い。四足歩行の獣。
「このっ!」
メリッサの苛立ち声と共に、鋭い一矢が狼の頭目掛けて飛んでいく。
(それも避ける!)
矢は魔物の頭をかすめ、遠くの壁に突き刺さった。
(決して遅い攻撃じゃない)
弓矢の武強時に発生する、攻撃上昇:メリッサお得意、矢の速度強化。
それによって放たれた矢は不可避の一矢に変わる。
(ベストな状態ならな)
ここまでの戦闘で、器の疲労が蓄積しているのが不味い。
動力は落ち、当然ながら攻撃上昇も効果が減ってしまう。
(才力を補助具に送る速さ――【発動速度】も低下)
他の武強と違って、弓矢は強化武器である矢が手元を離れてしまう。そうなると強化の為の、補助具の器を駆動させることも出来なくなる。結果、放った後は時間と共に威力は落ちていく。
必然、撃つ際はなるべく動力を上げて撃たないといけなくなり。
(かといって、常にそれでも保たない。撃つタイミングを見極めて、そうする必要があるが)
今回の様な敵相手では、撃つ準備が間に合わない。
「――それをサポートすんのが、仲間の仕事だよな!」
俊敏に動く魔物に、最大の速度上昇で接近する。
奴の右側を攻めるように。
「!ガルルッ!」
こちらの動きに反応する魔物。
「俺が相手だ」
挨拶と軽い拳の一撃。
「ガル!」
を、強靭な四本足から展開する速度で左に避けた。
(そっちは――もっと速いぞ)
「ガッルッ!?」
魔物の顎を捉える強烈アッパー。
そのまま獣を宙に打ち上げる威力の、迅雷の拳。
(左からの、マルスさんによる援護)
地から離れた足では、何の力も生み出せず。
(見逃すメリッサはいない)
魔物の体の中心を十字の閃光が貫いた。
砕け散る体は、俺達の勝利を伝える。
「……疲れたぁ」
はあ、はあ、と息を乱すメリッサ。肌には汗が浮かび、床に尻を着いて呼吸を整えている。
そんな状態でも弓をしっかりと握って。
「そろそろ、ボク達でもきつくなってきた……」
同じくマルスさんも、両手を膝に着き、肩を上下させている。
「……なんとか避けられれば良かったんだが」
フィアを助け出す道のりで、俺達はいくつかの魔物をスルーして来た。
(攻略書の力で、途中までは)
攻略書に記述がない部屋になると、戦いを回避するのが難しくなってしまう。
見た限りの行動パターンから、回避法を探るしかない。
(時間がないから、失敗する時もある)
完全に魔物の死角を突いて動いたのに、こちらに襲ってくる魔物もいた。
(あれは匂いか?音はなるべく抑えていた)
そんなこんなで、見つかった際には対処せざるを得ない。
(……二人は戦えないな)
マリンとフィアの二人は、戦闘の際に避難させている。
「……」
マリンは体の震えが前より少ない。
しかし戦える状態ではなく、俺としてはそちらの方が嬉しいが、彼女の無念そうな表情が心を痛ませる。
幸いなのは、習得したストロングのお陰で進行速度に問題はないところ。
「ジン太……強くなりましたわね……」
フィアの方も生気が失せたような顔が心苦しい。よろよろな歩みしか出来ず、俺がおぶりながら先に進んでいる。
(どちらも戦わせたくはないが、俺達も苦しい)
万全な状態ならともかく、疲労が溜まっていくと危険だ。
未知の魔物に遭遇した場合、下手すると……。
「……次の部屋で休もう」
「そうだね。この態勢で行くのはまずい」
この部屋の次は、【藁の部屋】。
自然の部屋より更に狭いが、魔物が出現しない場所だ。
(床には大量の藁がある、それを寝床に使えば)
他には、内部構築を用いて生み出される果実、暇の果実が生えている。
まるで休憩の為に用意された部屋だが、実際そうなんだろう。行きの際にも助かった。
(この場所を作った奴はなんの目的で)
初めからゲーム目的で作られたのか、後から改造されたのか。
(もう少し、難易度を下げてくれよ……)
フィアを背負いながら、内心で愚痴った。
●■▲
「――着いたか。下らんお遊びの場所に」
「……」
同時刻・新たな勇者がトレジャー・ルーム:洞窟の部屋に到着した。
「おおっと。ようやく来ましたか。遅刻組」
背にリュックを背負った男二人組。一方の男は、腰にそれなりの長剣を装着している。
対応するのは管理体の女性。ルリ。
彼女は笑顔で二人に近付く。
「これで全員ですね。……しかし、遅れてますが」
「ただの遊びだしな。一応の準備はしてきたし……参加さえすれば、あの方も文句は言うまい……それに」
ちらりと、ユーリは右後方の壁を見た。
「……」
壁に寄りかかって座っている男。勇者として掲示板に何度も載り、優秀な勇者に与えられる特典を何度も貰っていた実力者。
項垂れた緑髪の頭は、上がることなく。気絶しているようだ。
「あいつのように、待ち受けて横取りする手もある……ルール上、問題なかったよな?」
「どっちの意味で?」
「両方だよ」
「……ええ。ご自由に」
「よし。……ああ、それと、リュック……じゃなくて」
背のリュックではなく、ズボン右ポケットから封書を取り出したユーリ。
それを管理体にぶっきらぼうな動作で渡す。
「これは?」
「さあ。中身を読んで、確認してくれだそうだ」
「……分かりました」
用事を済ませたユーリは、いよいよと言った感じで奥の出入り口を見遣った。
「先には、何が待ち受けているかな」
進むべき道を定めるように彼は。
「……?」
右の壁に埋め込まれた、それにも気づいた。
「石板?」
「ああ。それは今回から導入した物でしてー」
ルリは石板に歩み寄り、右手でそれを指し示す。
「本来は説明しない方針なのだけれど、言っちゃいましょうか」
悪戯気に彼女は笑い、ユーリ達に説明を始める。
「これ、この場所の地図なんですよ」
「地図……攻略書いらないな」
「いえいえ。攻略書には攻略書にしかない情報がありますし……その逆も然りで」
「逆?……」
ユーリも、石板を見るために近付く。
(普通の地図……所々、隠されているのが憎らしいな。考えた奴の悪戯心が滲み出ている……他の注目点は)
彼が注目したのは地図の色。
地図の部屋は基本的に灰色に塗られているが。
「一部、色が違う」
赤色に塗られた部屋も存在する。
「……気になるな。行ってみるか」
「おや。行くんですか?……他の参加者の皆さんは良くも悪くも大雑把で、気にせず宝の方に行くか、そもそもヒントに気づかない事が多いので、新鮮です。他の参加者に気付かせないように、必死に隠してた人もいましたし」
「せっかく用意してくれたようだからな。付き合うとしよう」
「嬉しいんですけど、間に合わなくて【それ】の意味がなくなるなんて間抜けは止してください」
「はは、遊びだしどうでも良い。せめて少しは鍛錬になってほしいもんだ」
ユーリは適当に言うと、再び洞窟の奥を見る。
「ゲームスタートだ。ペルさん」
「……ああ」
悠々と進んでいくユーリと、静かに後に続くペル。
最後の参加者を加えて、本格的にイベントは動き出す。