裏技
伝えたかった言葉はそれで。
伝えられなかった想いは、心中に留まったまま。
(ずっと、このモヤモヤした気持ちを抱えていた)
俺は、旅を楽しんでいる。
子供の頃からの夢だった、冒険譚を形に出来たんだ。
(彼女はどうだ?)
恩人の願いに縛られ、神聖なる存在のように祭り上げられ、窮屈ではないのか。
【そうですわね。……少し、だけ】
いつかの問いに、小さな声で答えた。
少しという言葉を、そのまま受け取ることはなく。彼女の顔がそう思わせる。
(でも。お前は其処にいるんだな)
それならば、俺が何を言ったって無駄だ。
逆にフィアを困らせる結果になる。
伸ばした手を諦めた理由は、そんなもん。
(だが、状況は変化した)
彼女を囲んでいた環境は壊れ、現在は檻の中。
(そこから助けた後はどうなる?)
フィアはどんな行動を取るのか。
俺は何を言うのか。
(――それは、今から分かることだ)
かけがえのない宝は、すぐそこに。
「フィア」
俺はその名前を口にする。
衣服はボロボロで、疲労は溜まっているが、気力を込めて。
「……ジン太」
ずっと会いたかった、大切な彼女を抱き締めながら。
純白のドレスを纏った体は、冷たく感じてしまう。前より痩せたか……。
「……ジン太……申し訳ない、ですわ……」
彼女を縛っていた鉄の檻も拘束具も、全て壊し、青空が広がる【最奥の部屋】で目的を果たす。
安心して力が抜けたのか、フィアは体勢を崩し、倒れそうになった。
「気にするなよ。それよりも体は?本当に大丈夫かっ?」
「もう……これで三回目ですわよ……」
「仕方ないだろうっ。心配なんだっ」
「相変わらず……心配性……」
「悪いかよっ」
リアメルが滅んだって聞かされた時から、俺は気が気じゃなくて、落ち着かない時を過ごしてきたんだ。
「……顔色が悪いぞ」
彼女の力強い瞳がくすんでいるようにも見えて。
「それは……色々ありました、もの」
「……」
俺がアスカールで過ごしている間、どんな体験をしたのか……。
目に見える焦燥感から、伺い知れて、胸が痛む。
「……ごめん。フィア」
「……貴方が謝ることでは、ないでしょう」
「だけどっ」
俺は無意識に腕の力を強めていた。
もう決して、彼女をこんな目に遭わせないと誓うように。
「痛い、ですわよ」
「すまん……立てるか」
「ええ、大丈夫」
俺は両腕を放し、彼女と向かい合う。
瞳に映るその姿は、弱弱しく、儚くも思える。
「……ちょっと二人とも。【本人確認】も済んだし、早く行きましょう。立てないなら、あたしがおぶる?」
背後から仲間の声。
「ああ」
メリッサの言う通り、フィアの偽物らしき存在に対する才物が効果を発揮し、彼女が本物であることは分かった。
(あとは)
フィアを連れて、無事に全員で脱出を果たすだけ。
ここまで来るのに俺達はそれなりに消耗してしまったが、帰還するだけの余裕はある。
(……)
俺は彼女に告げる言葉を考えて、口を開いた。
「行こうフィア。外の世界に」
言葉は、心の中で捻じ曲げられたものだったが。
●■▲
少し時間を遡り・ロドルフェにて。
「王城が遠いな~」
ゆったりとした足取りで、昼の王都・ヴェスリルを歩む女性が一人。
大きな袋を背負いながら、少し細目の通りを真っすぐに。
「はあ、いつもはお手伝いさんに頼むのに……怪我しちゃったら、仕方ないよね」
普段からあまり人通りがない通りなので、親切な誰かがいるわけもなく、夕暮れの町中を頑張って進む。
並んだ店からも、今日は特に活気を感じない。
この前までは、出撃の祭りの影響かそれなりに賑わっていた。
「ふう、きつい……なぁ。何か物寂しいし」
この調子では、王城に品物を運ぶのが夜になってしまうのではないかと、焦ってしまう彼女。
「怒られちゃう……急いで私!」
鼓舞しながらの歩みの途中、視界の端に人影を捉えた。
「?」
綺麗な黒髪を揺らす、女性の後ろ姿。灰色のローブを着ていて。
「……美人さん」
顔は見えないが、雰囲気から推測する。
「彼女も王城かな」
という、彼女の予想は当たっているのだが。
(――王城潜入)
その人物の頭にあるのは、よからぬ事である。
アスカールの偵察・諜報部隊、カゲリノシトとしての姿を秘めて。
(城を囲む、東西南北の四つある大きな門)
集めた情報を整理し、潜入方法を模索するフィル。
(普段の町では、犯罪者を粛正する【一矢】があり。現在はなし)
王城に向かいながら、彼女は歩調を早める。
(厄介な玩具達は、遠く離れた国外)
圧倒的な戦力を秘めた器を駆動させながら、人外の者は道を切り開く。
(内部の警備は未知数多し・もし捕縛されたら・無残な末路ね)
フィルは思い出す、この町で集めた情報を。
愚かな反逆者の末路を。
【ああ。見せしめってやつだな。そりゃあ酷いもんだったぜ。耐え切れなくて、吐いたやつもいたな……俺のことだ。いや割と平気な方だと思ってたんだが……】
【特にヤバいのは、ロウとジャスラグさ。あいつらには情なんてもんがない。拷問は奴らの得意中の得意。伊達に拷問役を担ってはいないよ……「三段階目」すら、今まで心折れなかったやつは皆無だ】
【南の川に行くと良い……まだ、残っているはずだ】
「……」
町人たちの怯えた表情から、凄惨さを読み取れる。
何処の国も、やることは似たようなもの。
「……」
フィルの何かが、しくじった際の末路を鮮明に伝えてきた。
(水に沈んだ人形は・ぐさぐさ刺されて・縄で引きずられ・炎で焼かれ――どの部分が残るかしら?)
(だから・なに)
脳裏の映像など、彼女の歩みを止める効果はない。
屈辱を感じることも、嫌悪感を感じることも、フィルにはあるだろう。
しかし、その先にまでは至らない。
(いつも通り)
彼女は淡々と目的を遂行するのみ。
【王城を守っている兵と言えば、守護遂戦人の精鋭さ】
【あれを突破するのは、簡単じゃない】
【四つの門を守る奴等は、通称「覇王の盾」と呼ばれている】
「――止まれ。何者だ女」
通りを抜けた先。
頑丈そうな鉄の門。それを備える石壁はとても高い。
壁の向こうに見える複数の青い尖った屋根は、目当ての城に相違なく。
「ただ者ではないな……」
「ここがジンカイ様の城と知って、先に進もうと言うのか?」
「目的はなんだ!」
門の横には、運ばれた品物を受け取る為の部屋も備えられている。
王城警備の休憩場所としても使われるそこから、多数の兵達が出てきて、元々の警備に加わった。
彼等は一様に、盾の紋章が胸当右に入った鎧を着ている。
それこそが覇王の盾の証。
つまりは守護遂戦人の精鋭達。
「……まあ、それは捕えた後に聞くとしよう」
「逃げられると思うなよ!」
フィルを囲む数は、十数人。
全員が武強を発動し、今にも攻撃を仕掛けそうな勢いだ。
「――怖いわね」
彼女はその中でも不敵に笑い、歩みを止めない。
「!!」
「かかれっ!」
怪物に立ち向かう、ロドルフェの兵達。
起こった衝突は、夕焼けの中で強く響き――。
「――これが一つ」
そもそもの話。
才能にあふれた者の選択肢は多い。
(遊んでも良かったけど。今回は堅実に行きましょう)
わざわざ戦う必要もなく、才奧の一種を駆使して。
「今日は何事もなさそうだな」
「はは。良いことじゃないか。……お、あれは果物屋の」
誰にも存在を気取られることなく。
「到着」
彼女は目的の場所・あらゆる大切な情報が詰まった、資料部屋に【出現】した。
「退屈」
あらゆる壁・困難を一足飛びで乗り越える。
裏技を使い、通常の攻略法を鼻で笑う。
それが出来るからこその規格外。才ある者の頂点に立つ者。