焦がれる少女
「……」
「メリッサ、どうした?」
「あの人たち、大丈夫かな」
彼女が言っているのは、先にこの部屋に入り、既に気絶していた者達だろう。
(大男の三人組。意識は取り戻したが、動けないか)
見たところ酷い怪我もなく、放っておいても命の危険はなさそうだ。
「……」
迷っている様子のメリッサを見るマリンの目が、どこか冷たい。
「……時間はないわね。行きましょう」
床に置かれた、治療道具が入っているナップサック。俺達全員が持つそれを右手で持ち上げ、彼女は先の道に走り出した。
俺もマリンの手を掴みながら、後に続く。
(お人よしというのか……)
相手は戦闘不能とはいえ、俺達の障害になり得る奴等なのに。
治療しようなんて思ってしまうのは、いつか仇になるんではないかと思ってしまう。
(俺だって、我慢してるんだっ)
ジンジンと痛む拳を抑えながら、俺は顔を崩す。
(調子に乗って、勢いよく殴り過ぎたかっ)
敵を倒した一撃の際、反動でこっちの拳も無事じゃ済まなかったのだ。
鼻水を吹き出す程度の痛みはあった。出した。
(なんてざまだっ)
幸い、深刻なダメージでもなさそうだが、やはりこうなってしまう運命なのか。
(フィア……)
お前に話したい冒険譚がまた一つ増えたよ。
(ずっとお前は、真剣に聞いてくれてたよな)
フィアのお気に入りの花畑で、何時間でも喋ることが出来た日々。
時には大袈裟に語ったりして、彼女に楽しく聞いてもらえる様に、工夫していたな。
(必ず助け出すから、その時はっ)
もう一度、あの時のような。
いや、それだけじゃなくてっ。
(今度こそ、言いたかった言葉を)
◆あの時◆
「――ジン太、早くっ」
思い返される日々の、一欠片。
「ちょっと待ってくれ、フィア」
あれはリアメルにあるレスト山を登って、いつもの休憩場所に辿り着いた時。
ローブを土で汚しながら、汗流し、そこに立っていた俺。
「ふー、疲れたなぁ……」
レンドも一緒に、俺達は平たく広い地面で体を休める。レンドは、大きな丸めた布を脇に抱えていた。俺が背負っている鞄には、色々な物が詰まっている。フィアは小さな箱を持っていて。
「というか、ここが目的だよな」
着いたその場所には、とても大きな花が咲き誇っていた。
木や草もそれなりに生えている。
「綺麗だよな。たしか名前は……」
レンドの言葉を継ぐように、フィアは言う。
「【ラベニシュ】」
花に近付くと、とても癒される香りが嗅覚を包み込む。
煌めくような水色の花弁は、目を休ませてくれるような綺麗さだ。
「暖かい気候の中でよく育ち、その香りで虫を誘うのです」
「え!」
「ふふ。ごめんなさい。嘘ですわ」
「はは、こりゃまいった!花には詳しくないんだよなー」
楽し気に笑いあうレンドとフィア。割と仲がいい。
(穏やかな)
リアメルにはよくあるポカポカ陽気と相まって、気が抜けてしまいそうな時間の流れだ。
思わず背筋を伸ばしてしまう。
(……しかし、休むだけじゃいかんな)
この安寧に身を委ねそうになるが、時間は待ってくれない。
限界突破の鍛錬を行うとするか!
(あそこの木を懸垂に使って……)
最近になって習得できた、イレギュラーの鍛錬モード。実際に使うほどの効果はないが、回数制限が解放された為に常時鍛えられる。
あれをどうにか肉体鍛錬と同時に使用できないか、模索中で。
「よっしッ」
「おっと、筋肉馬鹿が動き出したか!」
「だれのことだっ!?レンド!」
「ジン太のことだ!隙を見ては筋肉鍛えてるじゃないか!」
「そ、そんなにか」
「筋肉愛しすぎ!」
レンドの中での俺のイメージがとんでもないことにっ。
「誤解だ!俺は筋肉自体を愛しているわけじゃ!」
「ないというのか?」
「ない!」
木の枝にぶら下がり、懸垂を繰り返しながら返答してやった。
「フンッ!フンッ!フンッ!」
「……説得力ないな」
「フンッ」
レンドの戯言を無視して、俺は自身の鍛錬に集中する。
「ジン太。今は構いませんが、終わったら食事にしましょう」
「わかってますッ!フィア様ッ」
「……」
あ。様付けしてしまった。
近くに立っているフィアの顔が不機嫌そうだ。
「フンッ!フンッ!」
ごまかすように修行を行う俺を、彼女はじっと見ている。
(時々、そういう時があるな)
楽しいものなんだろう、彼女にとって。
(人の頑張っている姿を見るのは)
気のせいか、いつもより鍛錬に熱がこもり。
俺は陽気な空の下、青春の汗を流した。
「ぜー、はー、ふーっ」
「おつかれさん、ほいタオル」
「ありがとよ。レンド」
土の上に降りた俺は、友からタオルを受け取る。
この後にフィアとの約束があるから、吐きそうな程はやっていない。
(イレギュラーは上手く作用していなかったな)
やはり、そう簡単にはいかないか。
だが、続けていれば出来るようになる手ごたえはある。
「――ジン太。終わったのですね」
途中から花の方へと去っていたフィアは、そこに四角く大きい布を広げていた。
その上に座るフィアは、そわそわした様子だ。
「待たせたか?」
「いいえ。こうやってのんびりするだけでも、良いものですわ」
彼女はそう言っているが、顔に浮かぶ汗はごまかせない。着ているローブには葉っぱがあるし。
(木登りでもしてたのだろうか)
フィアは体を動かしたがる。というより疲れることをやりたがる。
それを恥ずかしいと思うのか、変に隠したがるが。
「今日は暑いなー。フィア」
「!……え、ええ」
「おや!なんか汗かいてないかっ。フィア様!」
「ッ」
ふふふ、前のお返しだ!
顔が微妙に赤くなって可愛いっ。よし、もっとだっ。
「もしや、木登りでも――」
「飯抜きにしますわよ」
「ごめんなさい。調子に乗りました」
機敏な動きで頭を下げる俺。
「よろしいですわ。それでは、一緒に昼食を」
「……ああ」
許しを得た俺は敷かれた布の上に座り、彼女と向き合う。
「わたくし、今日はパンを持ってきましたの」
「ほーう。それにプラス?」
俺は、彼女の脇に置いてある瓶を見る。
「ジン太はイチゴのジャムが好きなのね」
「当たり。レンドに聞いたか」
藁の小さな箱から、少し細長いパンを取り出すフィア。
「……こうして、空の下、一緒に食べるというのは良いものですね」
「?」
「自由に旅をするというのは、こんな感じなのでしょうか?」
パンを俺に手渡し、フィアは問いかけてくる。
「……まあ、世界は広いし、いつもこんなに穏やかではないけどよ」
「でも、とても楽しいのでしょうね……」
焦がれるような瞳を向けてくる彼女。
その色は。
【早く外に出たいよな】
あいつみたいで。
「――仲間と一緒に広い海に出て旅をする、なんて」
「……」
「憧れますわね」
ジャムをパンに塗りつけながら、彼女の言葉について考える。
(前々から、感じてはいた)
フィアは自由に強い憧れを持っている節があり、現状に不満を抱いているのでは?
(自由に出かけることも出来ず、基本的にはお城の中)
たまに出かけることが出来ても、あまり城からは離れられない。
グスタ王は、彼女をなるべく近くにいさせたいようだ。
(俺なんかが同行できるだけでも、奇跡だな)
俺が天の力(?)らしき力を使えることで、信頼が強まっているのは助かった。王は、その力を神聖視している様。
(おかげで、フィアと共に過ごせるわけだが)
パンを齧りながら俺は……お、美味いなコレ。じゃなくてっ。
「世界は、どれだけ自由なのでしょう」
俺はフィアを見て思う。
(どうにかできないか――)
「あら?」
「お?」
彼女と同時に呆けた声が出た。
(なんだこの影)
俺達を囲むような影が現れる。
「フィア!」
咄嗟に動いた体は、彼女を庇うような行動をとった。
「きゃっ!?」
フィアの体を抱えながら、地面を転がる体。
「く!」
近くで聞こえる羽音、顔をそちらに向けると。
「!才獣かっ」
青いトサカを持った、短く太いクチバシの大きな鳥。
その一色に染まった目を見れば、才獣であるのが分かる。
散らばったパンや壊れた箱が、楽しい一時の破壊を知らせていて。
「大怪鳥……」
フィアが小さくつぶやいた名は、この国における鳥の名称。
「ジン太!フィア様!」
騒ぎに駆け付けたレンドが、剣を引き抜き、大怪鳥に斬りかかる。
それを迎撃するように、大怪鳥のクチバシが振るわれた。
「おあ!?」
剣を弾かれ、レンドは後ろに倒れてしまう。
「!」
そのまま大怪鳥は両羽を強く羽ばたかせた。
「上空に……」
再び空へと戻っていく、傍迷惑な才獣。
(助かった、が。こっちまで来た才獣を放置しておくのは……)
本来は、巣から遠く離れることはない大怪鳥。何故こんな場所まで来たのかは不明だが、そうなった才獣は要討伐対象になるのがリアメルの決まり。
「フィア。どうす」
「――決まっていますわ」
俺の腕から放れた彼女は立ち上がり、上空の敵を見据える。
「討伐します」
決然とした声で言う、フィアの周りに変化が起きた。
「……羽?」
発生した、多数の黒い羽。
彼女は跳躍し、羽の集まる場所へと着地した。
(黒い鳥)
空中に出現する大きな黒い鳥。それに乗った彼女。
それは観察する暇もなく、凄まじい速度で飛び上がった。
(遠く、高く、自由に)
どこまでも優雅なその飛び方に、俺は目を奪われる。
(――そんな力を持っているのに)
黒い鳥が、大怪鳥と激突した。
「この様なんて、笑えますわね」
結果、俺はフィアを受け止める羽目になった。
彼女を上にして、しっかりと両腕で抱き留める。優しく、今の彼女をなぐさめるように。
「なにをやっとるんだ……」
討伐した才獣は近くに転がっている。レンドが止めを刺してくれた。
なのに、彼女は最後に落下してしまった。
「すみません。少し、集中が」
「……フィア」
俺の顔に落ちる水。
彼女は泣いていた。
「ああ……やっぱりこうなってしまうのね」
才獣に襲われた。そんなことが王に知られたら、彼女の自由はますますなくなるだろう。
それでも偽ることはしない。彼女なら。
「なんで……こんな」
彼女の悲しそうな瞳が、俺の心を抉る。
そんな顔をしないでくれよ、フィア。
(俺に出来ることは……)
なんだろう。
なにかあるのだろうか。
(あの言葉を言えたら……)
どれだけ良かっただろうか。
しかし、言ったところで彼女は行かない。そういう決まりだからだ。
だから、これは言えない。いつかの親友のようには。
(一緒に行こうフィア。大きく、自由な世界で、好きなように――)