恐怖の鎖
【疑問点が発生した】
「随分と時間を取られてしまったな……」
「あの野郎。ちょこざいなっ」
混乱巻き起こるスタート地点・攻略書によると、洞窟の部屋だったか。
そこでの騒動を越えて、俺達はトレジャー・ルームへ突入した。
「現在地は、動物の部屋二か」
才力によって照らされた道を走り。
「ジン太君、さっきは何故あんな面倒なことを?」
「念の為……かな」
右手に持った攻略書のメモを見ながら、慎重に進んでいく。
(子供が描いたような絵に、動く目……間違いなし)
閲覧許可申請を出してまで目にした、攻略に役立つ攻略書。
クルトさんが所持していたホワイ島の金と、俺が元々もっていた物を合わせてそれなりの金にはなったが、イベント参加費用などを加えるとギリギリ。しかし人に聞いた情報だけでは心許ない部分もあったので、まだ少ない書物に目を通した。
(だが、どうやらその判断は正解のようだ!)
今の所、書かれていた情報は正確で、順調に進めてはいる。
行き止まりであることが確定しているルートを飛ばして行けるのは、かなり助かるぜ。
「他の参加者はどうなったのやら」
「まだ遭遇はしていないが。……戦いの音らしきものは聞こえた」
先に進んでいった者達は、とっくに魔物と遭遇しているだろう。
(おそらく練兵獣のような存在である、魔物)
内部構築を駆使して生み出された奴等は、決まった行動パターンを持っている。
攻略書によると、魔物も同様の動きをするようだ。
(練兵獣の構築技術を応用して生み出された存在・【構成獣】の一種だろう……ならば、その動きを避けるように)
メモを見ながら、頭の中で情報を浮かべて進む。
(先に行くための二つの通路……)
一つは豚の絵の横に。
もう一つは、牛の絵の下に。
(どっちに進めば良いかは知っている)
豚の方だ。
情報通り。
(足音が聞こえる)
俺達は通路前でストップ。
聞こえる音に耳を澄ます。
「いた。あいつか」
隠れるように通路を覗き込むと、緑色の大きな体が見えた。
(大型の魔物)
歩みは遅く、重々しい足音がよく確認できる。
「つ、強そうだねっ。頑張る!」
「いやいや、話聞いてたか?マリン」
戦闘に入ろうとする彼女を、両腕で抱き留める。
「ふわっ」
「無駄に戦う必要はない」
あの魔物の行動パターンは、この部屋をスルーして、別の部屋に向かうもの。
練兵獣のように、接近を感知する能力はないようで。
(敵は魔物だけじゃないし)
他の参加者だっているんだ、力はなるべく温存しておきたい。
「あいつが移動してから、一気に駆け抜けよう」
逸る気持ちを抑え、最奥にいるフィアの元へ。
(あのルールなら、むしろその後が厄介か)
●■▲
「そうだよなぁ。お前たちは、欲するもんなぁ」
歌うように狩人は言葉を紡ぐ。
数々のイベントを制覇した勇者、緑髪のターゲン。血の気配を持つ茶の上着を着用した男。
手に持った弓矢を構えながら、奥に行った者達に狙いを定める。
(宝を求めて、我先にと走り出す血の気の多い馬鹿ども)
探索自体を楽しむ者もいるだろうし、誰より早く手にしたいという者もいるだろう。
洞窟の部屋にいる彼は、それらに当てはまらないが。
(最終的に奴隷を入手すれば良い)
ルールには、奴隷を入手した状態でトレジャー・ルームを脱出すれば、報酬を貰えるとあった。
ただ座して、勝手に来てくれる疲れ切った獲物を狙う。
(……昔のぼくもそうだった)
血気に振り回され、宝探し「ごっこ」を楽しんでいた愚かな自分。
(……情けないかな?)
今の様に掲示板に載るような活躍は出来なかったが、あの頃の必死さは。
そんな気持ちが過ることもあるが、このやり方こそが自分にとっての必勝法だと確信はしている。
(余計なプライドは捨てろ)
必死に言い聞かせるような、心の声。
彼の瞳は獲物を射抜き、確実な勝利を目指す。
いつだって堅実に冷静に、彼は目的を遂げてきた。
●■▲
「ガあああああ!!」
「!」
頭上から振り下ろされる大きな腕を、咄嗟の判断で回避する。
立っていた地点の床が殴られ、砕け、石の欠片が飛び散った。
(三メートルはあるかっ?でかい、二足歩行のサイのような魔物ッ)
俺達はいくつかの部屋を越えて、とうとう避けられない強敵と戦うことになった。
「ガあ!」
毛深い紫に染まった腕が、横方向から勢いよく襲ってくる。
(ひやりとする圧力ッ)
とてもじゃないが、力を失った状態じゃ相手にできない。
「だからこそ、取り戻したんだ」
――発動する力。
久しぶりに感じる、壁を越える感覚。
高みを目指そうとする意志に呼応するような、虹の波動。
「があ!?」
迫る腕に飛び乗り、そのまま肩まで駆け上がる。
「覇ッ!!」
振るった右拳が魔物の顎に刺さった。
「ガああッ!!」
大きな咆哮を響かせながら、背中から床に倒れていく巨体。
空中に飛んだ俺は、床の振動と共に着地する。
「ジン太君!そっちは大丈夫か!」
他の場所で同じ魔物の相手をしていたマルスさんが、駆け寄ってきた。
「おう、倒したぜ」
背後にいた少女を抱き寄せながら、俺は応える。
「さすが。どうやら戻ったみたいだな」
俺の周囲に発生した波動を見て、マルスさんは感心したように言う。
彼の体にも、雷の波動が表れている。
「ボクの方も終わったが……」
マルスさんが見遣るのは、他の戦闘音が聞こえる場所。
比較的広い、三角の部屋の一角。
「ガあああ!」
「ガあ!」
標的に襲い掛かる二体の魔物。床を揺らす重量級の突進。
受ければ瀕死の、強大な攻撃。
「――」
ならば受ける前に倒してしまえと。
標的から放たれた二射が、構成獣たちの脳天を貫いた。
「ガ」
「ア」
砕け散る二体の頭は、完全なる撃破の証。
俺が全力で殴っても、砕くなんて到底不可能だろう。
「あれが、討伐の力」
ある特定のサイクロを放つものに対して、絶大な効果を発揮するブレード。
他の才を飲み込み、討伐の力に変える力。
(メリッサは、構成獣に対して滅法強い)
二つの意味でな。
「――そっちは無事?」
「少し焦ったが、倒したよ」
メリッサの衣服はスカートが微妙に破れ、中のズボンが見えた状態。ケガはなさそうだ。
「マリンちゃんは……」
メリッサは声を低くして、マリンの事を見る。
「ハッ……!ハッ……」
俺の右腕の中で、顔をこちらに埋め、乱れた息を吐き続けるマリン。
体は小刻みに震えていて、痛々しいほどだ……。
(初めての実戦)
命を懸けた、戦いの反動か。彼女は戦うことすら出来なかったが。
無理もない、そんなに簡単に動けるわけはないんだ。普通なら。
あの攻撃が当たったら死ぬ。本当に命を失くしてしまい、先がなくなる。そんな状況でまともに動ける方がおかしい。
俺達は、その恐怖を凌げる盾があるからこそ動ける。
(心を削られ、それによって自分を無様に感じてしまう)
奴隷だった時代に何度も味わった経験。危険なことも何度もやったし、迫る命の危機に怯え続けていた。
(辛いだろう。体が凍えたようで、どうにもならなくて)
思い描いていた活躍なんて、圧倒的な現実の圧力の前では吹き飛ばされてしまう。
想像の中なら誰だって有能だ。
「……ゆっくりで良いぞ」
「っ!だ、め」
俺の言葉に反対する声。
「そんなのッ、ぜったいっ」
「……辛いだろ」
彼女の体をしっかりと支えながら、俺は返す。
「だってッ、自分から行くってっ、頑張ってッ、ここまで来てっ、足手まといなんてッ」
「……」
俺の腕を掴む小さい手が、強い無念を訴えている。
そんな結果は嫌だと、叫んでいる。
「お願いッ、船長ッ」
恐怖で引き攣った表情を向けながら、涙を流し、彼女は絞り出すように言った。
「わたし、は、大丈夫ッ!早く、先に進もうッ!」