性質
「この書類、回しといて」
「はいよ。げっ、多いな」
筆記の音が響いてくる。
多くの人間が並んだ机に着き、紙の束に向かい合っていた。
「ああっ、くそ!間違えたっ」
「この【探求勇者】、また規約違反をっ」
「期待の新人が出てきたわね!」
「こいつは要チェックだな」
悲喜こもごもな声が上がり、職場を彩っていく。
目が回るような忙しさの中にある彼等は、ある組織の事務仕事を担当している。
「また苦情が来たよ……クレーマーさんの野郎っ」
「ハハ、どんまい」
「くっそー……【攻略書】は絶対じゃないって書いてあるだろっ」
「また同じやつか?」
「ああ、あのオッサンだ!」
黒い髪の男性が頭を掻き毟りながら、隣の細身の同僚に愚痴を吐く。
「こっちは、イベントの準備で忙しいってのにっ」
そう言って、手元の紙に視線を落とす。
「――【純白の鳥籠】。よく出来てるよな。その広告」
剣を持った男の絵と、イベントの説明が載っている。
「もうちょっとロマンあふれるモンにしろとか言われたよっ」
「まあ、囚われたお姫様を助ける勇者って設定だからなぁ」
その紙に書かれているのは、最近行われているイベントの内容。
◆トレジャー・ルームに攫われた、純白の姫を助けよう◆
「……報酬は莫大な金と」
机に置かれている、もう一枚の紙に視線を移す。
「奴隷の女か」
そこに描かれているのは、栗色の髪の女性。
「ああ、えらい美人な奴隷だよな」
「見た目に惑わされちゃ駄目だ。なんでも、多くの人間を虐殺した悪党らしいぜ!」
「!!」
「いや噂程度だけどな。広めんなよ?人気が下がる。そういうのが好きって言う変態もいるかもしれんが」
「あー、女の方を目当てにしてるやつも多そうだしな。見つけた奴の好きにしていいって話だったか」
細身の男は、この前に聞いた会話内容を思い出しながら。
「……だが、今の所はゼロだ」
「勇猛果敢な【探求勇者】たちも、全滅とはね」
「その言い方だと、全員死んだみたいに聞こえるぞ」
「ヘルプを頼んだやつだけな。自力での生還者はなし」
彼等の話は物騒な雰囲気を放ち始めて。
「こら!喋ってないで仕事せんか!」
「うえ」
「すいません……」
上司の一声で逃避の会話は終わり、彼等はまた仕事に引き戻された。
【勇者の集い】と呼ばれる、多くの【探求勇者】を抱えた組織。
此処は、勇者をサポートする場所の一つ。事務賢者の仕事場。
ホワイ島の中央に建っている、富を欲する者が集う場所。
「――ハハハッ!!今回は大収穫だったなぁ!!」
「まったくっす!」
「いや、魔物に襲われた時はどうなっかと思ったけどっ」
「そこはそれっ!俺の斧でだなっ」
建物内に存在する談話スペースでは、丸いテーブルを囲んだ屈強な男達がバカ騒ぎ。
存在するカウンター奥からは調理の音。周囲と彼等の机には、美味しそうな料理の匂いが漂っている。
「ふはーっ!やっぱ俺は強い!女に惚れられるのも当然よっ」
「それって、あの店のネーちゃんっすか?」
「そうだっ!また来てくださいねっ!てなっ」
「……そうっすね。そういや、噂のお姫様には興味ないんすか」
呆れた風にリーダー格の男を見る眼帯男性は、現在起こっているイベントについて聞いてみた。
「あん?……ま、まあ何だ。ちょっと疲れ気味だし、止めとこうかなってな」
「……」
明らかにビビっているリーダー格の男。
(無理もねぇか。あの有様じゃ)
トレジャー・ルームと呼ばれる、莫大な財宝が眠った場所。金銀、宝石……輝く富の証達。
それを求めて、危険を承知で探索を行うのが探求勇者。得た富を勇者の集いに分けることで、探索を許される。
(ある程度の危険なら、突っ込むだろうが)
今回のイベント、純白の鳥籠。
それは、今までのイベントの中で高難易度と呼べるものだった。
(有象無象ならいざ知らず、まさかアイツまでダメとはよ)
それに挑んだ者の中には、数多くの財宝を手にした腕利きもいたのだが。
例外なく、大きな壁の前に屈した。
(帰ってきた者の情報……も、決定的なもんじゃないし)
そのような事情もあり、イベントの挑戦者は激減。
(奴隷を買い取ったっていう社長も、失敗したと思ってそうだな)
「ようこそ!探求勇者の集う場所へ!」
それでも挑む者が出てくるのは、愚かな・逞しい人間の性か。
「こちらの紙にお名前と……」
彼等は夢と富を命の天秤に賭け、数多の障害を越えて、光り輝く黄金を手に。
求めるは金か・未知の冒険か・名声か、数多の欲を抱いて突き進む、名ばかりの勇者たち。
「では、探求証を発行いたしますのでお待ちを」
行く手を阻むものを排除し、時には同業ですら蹂躙し、男達は突き進む。
「規約違反を犯した場合、赤い探求証に変えてもらいますので……いよいよ冒険の時です。準備はよろしいですか?」
先にあるのは莫大な富か。
「有料でヘルプを頼むことも出来ます。帰還したい時に助けてくれますよ。必要でしたら、このリストの中から選んでください」
それとも悲惨な死か。
「――勇猛なる者に、幸あらんことを」
「――フィア」
ジン太は、想定困難な未知なる領域へと向かう。
●■▲
「純白の鳥籠……」
海を進む小舟もまた、領域へと進む一隻。
遠くに見える島影を見つめながら、陽の中にその男は立っていた。
「そんな、ふざけたイベントに参加しないといけないのか」
憂鬱気な茶髪青目の男。
広い肩幅を持ち、どっしりとした印象を与える力強い肉体を有する。纏う衣服は、上に黒い前開き・下にはグレーの半ズボン。
「暇じゃないというのに」
どうにも気分が落ち込み気味で、覇気が感じられない様子である。
「……王の命令だ。ユーリ」
「と言われても」
立つ男の後ろで、座り込んで剣の手入れをしている者の声。
シュッ、シュッと研ぎ石の音がユーリの耳に入る。
「真面目だな。いつも以上に」
「……」
ただ無言で作業を進める紫髪の男。とても短い髪。
服装はユーリと同種。この季節のホワイ島では定番の格好。
ユーリほどではないが、恵まれたガタイを持っている。割に手先は器用な様子。
「今回の任務、どう考えても難しくはない」
「……」
「難易度が高いと言っても、天力を使えない場合の話」
やれやれと、頭を振るユーリ。
「挑戦する者が減ったから、お遊びを盛り上げてこいとはな……やれやれ」
「……」
「それにあの島は騒がしくて好きじゃない。荒くれもの共の問題行動を抑止する為に、そういった施設が多いのは分かるが」
話し続けるユーリに、ひたすら手入れを行う無言男。
構わず話は進行する。
「まったく。あの方は」
「……」
「趣味が悪いというのか、どうにも悪童気質があるな。なあ、ペルさん」
「……そこまでだ」
制止の声はペルから。
「……真面目だな。あんたは」
「……」
「そういやあんたは、あの時の催しに同行していた。そっちの理由か?」
「……」
問いには答えず、黙々とした作業に戻るペル。
「……まあ、所詮は真偽不明な話。影響されたとしても、特に咎める気はないが。だが、出来れば話を聞いてみたいものだ」
「……楽しいものではないぞ」
「それは聞いてみないと分からない」
ユーリの目が細まり、確かになっていく島の形を見据える。
「どんな話だろうと、俺の道を阻害するものにはなり得ないしな」
彼の瞳には、これから先の困難が映っている。
だが不安はない。
いつも通りに踏破して見せると、彼は笑う。
「――阻むものはあるか?」
期待するようにも聞こえる言葉を言い。
向かうはトレジャー・ルーム。
ジン太と同色の輝きを持つ男は、迫りくる壁にも恐れることなく立ち向かう。
彼もまた、突き進む性を持った者である。