無才者
「そろそろ渡った頃か」
波動形によって発生した夕陽が、王者の間を照らしていた。
玉座に座った巨漢の男は、紐で綴じられたファイルを眺めている。
(マットンの一味は壊滅した。しかし)
真剣な顔で見ているのは、書類に纏められた脅威に関する情報。
(無才と呼ばれる集団)
脅威の内容は才力を使えない者達。
彼等は才力と言う強力な力を使えず、それ故に不遇な目に遭うことが多い。強力なものであるからこそ、それを持たない者との差は大きくなる。
基本的に温厚な天上族の中でも差別意識は存在し、彼等の不満は増えていく。それによって問題を起こす無才者。さらに深まる溝。
(そして、あの事件)
四十年以上前に王都で起きた、無才者による暴動事件。怪我人多数、死傷者も出た。
それを引き金にしたかのように増加する関連事件。
社会の流れは悪い方向に向かっていた。
(困ったもんだ……)
どうにかしようと何度も改善案を試してみても、いまいち効果が薄い。
「ふう……」
自分で肩を揉みながら、クリュウは今日の会議を思い出す。
【――早いな。お前はいつも】
「いえいえ。何分せっかちなもので。昨日の夜も、王都外からの情報について考え過ぎました」
「【ガブリラ】の事件についてか」
「はい」
王城内・会議室。中央の大きな卓に着く眼鏡の女性に、クリュウは声をかけた。他に人影はない。
銀髪のショートヘアを煌めかせ、アスカール大臣の制服(水色)を着用した人物。ジョリー。
用意された書類に、熱心に目を通している。
「……二日前の暴動事件、かなりきな臭いです」
「ふむ。何やら扇動する者がいたと。……裏で糸を引いている何者かがな」
以前から想定されている、無才者を誘導する集団。
(反無才者派の代表的存在:バリー・マーシャルの死亡事件にも関わっている疑いが)
事故死にしては、あまりに偶然が重なり過ぎていると騒がれた事件。
(まさか、あの時のも)
まだ確定はしていないが、警戒はされている。
「――それだけならまだしも、アレを奪われそうになりましたし」
「……【地底の石】」
クリュウが口にした名称は希少な鉱物のもの。
ある才物のシステムを構築するのに必要な材料。
「狙いは才物兵器か」
「そう思われますが、設計図は失われた筈」
「……」
国に漂う不穏な気配に、クリュウは頭を悩ませる。
「……しかし、考え過ぎてもいかんぞ」
「ご心配ありがたく。ですが、割と気に入っているんです。この部屋」
内部構築によって装飾された天井は、青空と雲の組み合わせ。動く雲はとても現実的で。
「おや、彼も来たようです」
卓が置かれた大きな星形の床に架かる、五本の橋(橋の下には、天井とは対照的な夜空が広がり)。
その内の一本から渡ってくる男。青い制服を着ている。
「珍しい。いつも遅いのに」
男は第一団所属、無才者が起こす事件などについて理解が深い戦士。
「気合十分だな、カイザー」
ガタイが大きい強面の男はカイザー。右手に持つは、長い柄を持つ槍。
大きな棘のように尖った三本の黒髪が印象的だ。
「彼にとって関心が深いんでしょうね」
橋を渡り切ったカイザーは、王の前に行くと跪く。
「――【メェイシュ】。王よ」
アスカールにおける挨拶の言葉を口にし、深くかしこまる彼。
「ああ、メェイシュ。……貴様も律儀な」
あまりにきっちりした態度に、ちぐはぐな印象を受ける王。
彼の普段は、割とぶっきらぼうと記憶している。
「王の間以外では、別にいらんと言っているのにな」
「私にとって、大事なのです」
「……好きにしろ」
「ハハはハは。なら好きにするよ、ぼくは」
「!!」
声は床から。
「!」
二人を囲むように出現する、複数の人影・赤い人型。
口のような部分はあるが、基本的には人間らしい部位が削ぎ落されている。浮き出た血管のようなものが全身にあり、非常に不気味だ。
(血彩宴)
数は十を超えていて。
「――フン」
守るようなカイザーの対応。
纏うは討伐の光。空を抉る、強烈な突きによる連撃。
人型達は迅速に、刺し貫かれて消滅した。
「余興ですかな?団長殿」
穂先に向けて問うカイザー。
「そう余興。だから物騒なものを向けないでね」
消滅したそれらの先に黒幕は潜んでいた。
言葉を発する、赤い人型。
「とっても可愛くて」
その人型は徐々に膨らんでいき、三倍ほどの大きさにまでなり、やがて破裂した。
◆中から現れたのは、真紅に濡れた少女◆
「か弱いんだよ。ぼくは」
小さい少女だ。
彼女に付着した血痕のような赤は、先程のように消滅した。
(カゲリノシトの――団長)
スリットの入った赤いドレスに身を包み、紫の髪を後ろで結んでいる。
「ように見えますな。それがなければ」
【それは】、少女?の持つ小型剣式から発生している。
星形の足場を埋め尽くすような、巨大すぎる雷光の波動。
「――団長の中ではって話。あくまで偵察部隊だからね」
「……」
「アンタのところの最強王子様とは違うの。専門でもないのに、単独で何体の脅威才獣を討伐してるのさ。お陰でぼくの相対評価が酷いよ」
溜息を吐きながら、剣式を鞘に納める少女?団長。
「……あの人は、貴方とだけは戦いたくないと言ってましたが。目立つ機会がないだけでは」
カイザーの声は自身の背に向けて。
「――ルール無用の殺し合いならね。多分、負けないけど」
少女は一瞬で、槍の穂先からカイザーの背後に移動する。肉体を補強する雷による速度上昇だ。
「それはそうと、あまり敵意を向けないの。少し過剰じゃない?」
「……ただ対応しただけです」
「そう?なら悪かったね」
そっけなく言う団長。
色白の彼女は、カイザーの後ろにいた王へと歩み寄る。
「クリュウ王。楽しんでもらえましたか?」
「やり過ぎだ。挑発もほどほどにな」
「……はい。気を付けます」
不満気に彼女は言う。
「……さて」
それから不気味に笑い。
「――今回の議題は、無才者に関して。でしたよね」
(イメージを良くしようとしても、わざとらし過ぎて反感を買う。と)
指摘されてしまった言葉で、自分が少し躍起になっていたと自覚するクリュウ。
「上に立つものとして、失格だ」
何回も味わった分不相応な気持ちを、心の中で押しとどめる。
これでは任されたことを果たせない。
「そうだクリュウ。しっかりしろ」
先代の王。
彼の代わりに己は頑張るのだと、あの日に誓ったではないか。
心を擦り減らしてでも、努力を続けてきた。
「きたんだ。ここまで」
彼は瞳に再び炎を灯し、王としての姿を保つ。
(……)
ふと過った男の姿。
それは彼が躓きそうになる度に、幾度も見た過去の友人。
「――ルーク」
幼馴染でもあり、ライバル関係でもあった、彼にとって特別な存在。
心が通じ合った家族のような。
思えば自分は、あの男の背中を追いかけていたなと。
「くく……懐かしいなぁ」
自然と笑いがこみあげてきてしまう。
何故なら彼にとって、その時こそ青春と呼べるものだったのだから。
「よく、遊んだよな」
友と競い合った日々は楽しく、彼の記憶に深く刻まれている。
「……貴様は、あの世でも青春に生きているのか?」
今は亡き、親友との日々だ。
【海に出て、必ず立派に成長して帰ってくる!】
(止めるべきだったのか。思ってしまうな)
嵐の中に消えていった親友、彼を探して何度海に出たか。
むなしい気分になるだけで、それでも彼の死を認められない自分がいた。
「もう一度、貴様と遊びたかったな」
「止めだ」
せっかくの王の仮面が剥がれ掛けたので、クリュウは過去への思考を断ち切った。