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迷いは深く

 俺の話は終わり、湯呑みに残った茶を飲み干す。

 話を聞いていたフィルは、何も言わないで目を向ける。


(なんか気まずいな)

 もう何十時間過ぎたのか。

 疲れをとった俺は、フィルが聞きたいという過去を話すことにした。

 よくよく考えれば、奴隷時代のことなんて話す機会がなかった。

(楽しい話でもないし)

 話す俺としても、あまり良い気分はしない昔だ。

 はたして彼女の心を満たすことは出来ただろうか。

「……フィアさんを助けたい理由は、それなんですか?」

「それが一つだ」

「想い人ですからね。分かります」

「おちょくるなよっ」

 相変わらずの掴めない調子だが、不満足ではなさそうだ。と思う。

「お茶飲みますか?」

「……頼む」

 目前に置いた湯呑みを彼女に手渡して、おかわりを貰う。

 見たところ、機嫌がいいわけでもなさそうだ。

「ふう、少し疲れました」

 お茶を淹れた彼女は、ため息を吐いて両目を閉じた。

 不覚にもその仕草に惹きつけられそうになり、かろうじて堪える。

 悪性に巻き込み・絡めとる、恐ろしい妖艶さだ。

「私も寝ます。今度は貴方が番をしてください」

 ゆっくりと立つフィル。

「……別に良いが、必要かよ」

 結局、出る方法は後回しか。

 ここはもしかしたら、フィルの力によって生まれたんじゃないかとすら思っている俺。

「もちろん。寝ているときは不安なの」

 フィルは掛布団をどかして、さっき俺が寝ていた場所で横になる。

「襲っちゃだめですよ?」

 布団をかぶりながら、ありえないことを言うフィル。

「はは、そんな勇気あるか」

 寝ているときでも、お前にまるで敵う気がしない。

 妙な真似をしようものなら、即座に命を奪われるっ。

「勇気があったら襲っていたのね。最低です」

「それもない。お前は良くも悪くも友人だ!安心しろ!」

 友人。その言葉を口にする度に、心に刺さるものを感じる気が。

(何故かは分かっている)

 

「……」


 彼女の綺麗な寝顔を見ながら、俺はそれを直視しようとした。

「ぅうッ」

 けれどダメだ。

 どうしてもフィルの心を正面から受け止められない。

 その先に踏み込むのを、俺の心が激しく拒絶してしまう。

(俺は恐いんだな)

 彼女の心の底の底、悪意の海に沈んでも大丈夫かよ?

 彼女の悪意を理解した結果、俺はそれを本当に受け止めることが?

「恐いんだよ、フィル」

 一人呟き、悔しさで体を震わせる。

 お前の瞳も、声も、仕草も、なにもかもが前よりも遠くに映っているようだ。

 フィルは俺の仲間で・それはどんな意味を持った?

「大切な意味だ」

 そう俺にとって特別な・だってお前は。

「あの時にさ」

 無意識の内に手を伸ばし、静かな寝息を立てる彼女に。


「――私の理由は暇つぶし」


 あれ?

 なんだか視界がねじ曲がって、いくような気がするが、しなくもないようで、フィルの姿がいまいち上手く捉えられない・ぞ?

「貴方を見ていて楽しい・退屈を消してくれる」

 その中で彼女の声だけが、嫌にはっきりと聞こえてくる。

 まるで、ぴったりと俺の体に纏わりついているんじゃないかと――。

「後ろです。船長」

「ほあッ!?」

 心臓が跳ねそうになった。俺の背後にいるっ。

「はあっ!?」

 だけではない状況。

 いつのまにやら光景が一変していた。

「がけっ」

 そう崖の上に俺は立っている。

 一歩踏み出せば真っ逆さまに落ちてしまいそうな奈落が、眼下に広がっていた。

「ひははっ。こ、これもお前かっ」

 いきなりなんで心細い笑いが出てしまった。

「どうでしょう。ね」

 追い打ちを掛けるような声は止めてくれ。

 此の場所は寒いんだ。冷気が肌を刺す様。

 俺は念のために言う。


「――押すなよ?」

「はい。押します」


(にっこりと笑っている)

 背中に受けた衝撃に衝撃を受けながら、俺は彼女の顔を幻視した。

「うっっそぉッ!?」

 安定を失った視界で必死に手を伸ばす。

「ふふ」

 それを掴んだのは、凍るような冷たさを持った右手。

「お、おどかすなよっ」

「すいません。船長」

 俺の手をしっかり掴む彼女によって、かろうじてぶら下がった状態。

 恐怖しながら下を見る。

「ほはっ」

 間抜けな声が出た。

 だって、下に広がる奈落があまりによ。

(大きな霧の形が、大きく口を開けた化け物のように)

 落ちていく俺のことを食べようとでもしてんのか。

 そうはいかないぜ。ばかめ!

「フィル、早く」

「ええ、放しますね」

「エ?」

 彼女の右手が開くと。

 俺の体は当然落ちていく。

「――ふぃる」

 呆然とした思考で彼女の顔を見る。

「謝罪はしましたよ」

 なんて顔をしてやがる。

(離れていくフィル)


「暇じゃなくなったらどうするか?不安ですか」


 それなのに声だけは、傍にいるかの様にはっきりと。

「なら言っておきます」

 冷えるような声を俺に向け、フィルは残酷に告げる。

「――その時は、容赦なく切り捨てますので」

 落下していく意識の中で、更に突き落とすように言われ。


(俺を包む霧)


 俺の視界が白に覆われてしまった。

 熱さも冷たさも感じない、霧の世界。

 一気に体が溶かされるような感覚。心も溶けていくかのようだ。


「注意してくださいね?私の愛しい船長(おもちゃ)さん――」


 俺の意識は・白く染まっていき――。




「――うわああああああああぁァっッ!?」

 腹の底から声が出て、悲鳴が室内に響き渡る。

「はッ!?」

 室内。そうだ俺の部屋にっ。

「もどって、きた」

 天井に見える照明は、波動を操る才物のシステム・【波動形】によるものに違いなく。

 床に散らばった器具はトレーニング用。

 ここはロード号内部、の筈だが。

(フィルはッ!?)

 俺を突き落としやがった、あんちくしょうはっ。

 一緒に戻ってきてるのかっ。

「いますよ」

「おわっ!?」

 俺と並んでベッドに座っているっ!

 服は着物から、いつも着ている黒いローブに変わっているが。

 良かったっ。取り残されてなかったかっ。

「それはそれとしてッ」

 安堵に染まる心中に芽生える、憤りの感情。

「さっきはよくもっ」

 それに任せるよう、フィルに詰め寄ろうとする体。

「おまえッ!?」

 

◆どろりと・悪意の渦が脳裏を過った◆


「うッ」

 勢いがついた体を下手に止めようとして、体勢が大きく崩れる。

「あぶなッ」

 フィルに向かって突っ込む俺。

 前もこんなことがあったような、既視感はそう告げて。

 結果は。


「……重いですよ」


(この状況を説明しよう)

 まず俺はフィルにのしかかる形で、その体をベッドに押し付けている。

 両手で彼女の両腕を塞ぐ様は、襲っているように見えなくもないかもしれないかも。

(加えてさっきの悲鳴)

 これをプラスすると。

 これから先の展開は。


「船長ッ!!大丈夫ッ!?」


 ドアを勢いよく開け放つ、お馴染みの少女の声。

「……なにをやってるの」

「こ、これは」

 いかん。マリンに誤解される。

 なんて言えば。

「お願い……もう許してっ」

 涙目で体を震わせて、いやいやと頭を振るフィル。

「今度はどこを弄ぶつもりなの……っ」

 やめろっ。やめろっ。

「――船長」

 冷たいマリンの声が俺の耳に入ってきて。


「こんな時にッ!なにやってるのッ!!バカ船長ッ!!」


 凄い勢いで加速したマリンが、ドロップキックで制裁を加えてきた。

「ごっっはっっ!?」

 ベッドから弾き出される俺の体は、床にあったトレーニング器具の上へと。

「ほああああッ!?」

 股間に走る、内臓に響くかのような強烈な衝撃。

 男の尊厳がとんでもないことにッ。

「ほあっ」

 そのままひっくり返り、床に背中から倒れた。

(いつも、これだ)

 間抜けな姿を晒しながら、当事者の俺は冷めていた。

 頭にあるのはフィルの言葉。

 告げられた想いが巡る。聞きたくなかった言葉が。


(危険な相棒、か)

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