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不自由

「おおおッ!!」

「あまいッ!!」


 【ジェイル】。俺がいる国はそういう名前らしい。

 この国の夜に行われる、奴隷を見世物にした商売。

 四方を囲む観客席から歓声が聞こえてくる、会場が盛り上がっていく。

 俺が振る棍棒は勢いよく対戦相手に放たれ、相手も機敏な動きでそれに対応する。

 ぶつかり合う棍棒から、戦いの音色が響いた。

「すげーぜ!二人とも!」

「こりゃ!見ごたえあるっ」

「何回でも見たくなるな!」

 へへ、嬉しいことを言ってくれるぜ。

 これなら安心だ。【処分】されることはない筈。


(いずれは優遇され、あんな部屋からはおさらばだ!)


「ふ、へへっ」

「おい!いつまで寝てんだ!起きろっ!こっちは金を払っているんだぞ!」

 頭に痛みが走り、創造した世界が一瞬で壊れた。

「あいてっ!?」

 咄嗟に掴んだそれは、小さな木のコップ。

 観客席から飛んできたのか?と思いながら、俺は立ち上がった。

「くそぉ……」

 どうやら意識を失いかけたせいで、ありもしない光景を見てしまったようだ。

 なんてこったい。

「……」

 審判は客の行動を咎めない。

 観客席から歓声なんてないし、それどころかガラガラだ。

 光る複数の丸いランプの光が、上から物寂しい席を照らす。

「かーっ!!せっかく俺が見に来てやったってのにっ!つまんねーもん見せやがってっ」

 観客席の三段目に愚痴を言う客が一人に、こちらに顔を向けて寝ているのが一人。

 ぱっと見、他の客は見当たらない。

「ひーっ!はーっ」

 そして俺と相対する者(ボロ服の上からでも分かる、超ガリガリ体形)。

 今のところ、この男と互角の勝負を繰り広げている。

「ひゅーっ!はーっ!しぶといんだなっ!」

「お、お前こそっ。はーっ!」

 乱れた息は苦戦の証。

 歳が近いであろう男に妙なライバル心を抱く。

(名前はサイ。部屋は違うが、練習場で見掛ける時があった)

 俺ほどじゃないけど、どう考えても普通以上の努力を積んでいる。

 そういう意味で注目してる奴ではあった。

(……)

 昆布……じゃない、棍棒を握りしめて目前の強敵を見据える。

 つぶれた肉刺と受けたダメージが、痛みを訴えていた。

(……勝つ)

 俺は勝つっ。

 どんな努力家だろうと、負けるわけにいくかっ。

(俺には目的がある)

 

 ――いずれ此処から出て、外の世界に。


「うおお!!」

 その為の方法は色々考えたが、なんにしても生き残らないと意味はない。

 だから勝ってみせるっ!

「おれだってっ!負けないんだなっ」

 顔は所々腫れているが、闘志みなぎる・敬意を向けるべき好敵手に向かっていく。

 俺の努力を見せてやるぜっ!サイ!

「おああっ!」

「あああっ!」


 二つの棍棒が交差し――勝敗が決まった。


「……やったっ」

「うう……負けたんだなっ」

 こうだったら良かったのに。

「やったんだなっ!!」

「うう……負けた」

 地面に俯せに倒れて動かない体。勝者の声が耳に届く。

 実際はこうでした……。

 悔しすぎるっ。くそっ!!

(あああッ!!またっ!またっ!)

 遠のいたッ。自由への道がッ。

(近づいたッ。死への道がッ)

 やばい。最近、負けてばかりな気がする。しかもサイは弱い方だぞ。

(このままいくと、処分されるッ)

 負け続けの奴隷は不要とみなされてしまう。

 それを避けるためには、もっと頑張らないといけない。

 もっともっと、努力を重ねて……。

(吐き気、がッ)

 もう既に限界までやっているんだ、そこから先に行くなんて。

 無茶だ無理だ出来っこない何でこんなに俺ばっかり苦しい思いを理不尽だ不条理だ不平等だやめたい逃げたいっのにやらなきゃ死ぬ死んでしまうっ所詮この世界じゃ無能の生きる場所なんて。

(――こんな時に)


「……見事だ。良いものを見せてもらった!」


「?」

 快活な声が聞こえてきたので、上体を起こして観客席の方を向いた。

(誰だ?他にも客が)

 聞こえる拍手の音。

 高い視線の先に立っているのは、白黒のコートと同色のズボンを着た高貴そうな金髪男性。

 年齢は三十程度に見える。立派な髭が大人っぽい。

(尖った靴に小さい宝石……ときどき見る貴族みたいだ)

 俺がその人に目を向けていると、近くの観客席で寝ていた人影が動いた。

「あ~。よく寝たぜっ」

「まったくダラけたやつめ。感心しないぞ」

 金髪風の男・短剣を持っているが、どうやら貴族と知り合いのようだ。

 どうにもやる気がなさそうな人だな。

「……まあとにかく、彼等と話をしてみなくてはな!」

 貴族風の男性は観客席を跳ねるように下りてきて、それを止めるように審判の男が。

「よいよい。私は気にしない」

 審判を振り切り、俺達に近付いてくる貴族風男。

 俺は完全に立ち上がり、気圧されながらも真っすぐ顔を見る。

「良い眼だ。それでこそ――自己紹介をしよう」

 彼は軽く頭を下げながら。


「私はリーム・グレッサーという。この国の友好国、スタルトでの爵位は侯爵。――君達の名前は」


「……その人に気に入られたって?」

「そうなんだよっ!すごいだろっ。やばいっ」

「よかったな、ジン太」

 周りから、複数の奴隷の話し声が聞こえる場所。

 近くの蝋燭の火に照らされながら、藁で出来た寝床の上に座り、起きたことを伝える。

 いつもの奴隷部屋に戻った俺は、同室で仲のいい奴隷仲間と話をしていた。

(栗色の髪の少年奴隷、フリック)

 いつの間にか仲良くなって、長い付き合いになった彼。

 共に励ましあい、ここまで頑張ってきた仲間だ。

「これはもしかするとっ!もしかするかもしれないっ」

「あるかもな。実際、買われたヤツも見たことある」

「どきどきだっ」

 俺の夢に近付いたような気がした。

 あの人に買われれば、俺は外の世界に行ける。

「……ところで、そのケガは」

「あっ?……ああ、これ」

「試合のじゃないよな?またあいつ等か」

 右腕の青あざを見ながら、俺は頷いた。

「……くそっ。あいつら調子に乗りやがってっ」

 舌打ちするフリック。

 あいつ等とは同室の奴隷仲間のことだ。

(うさ晴らしに暴行を受ける)

 何回かあったこと。劣った者を虐げる行為。

 劣悪な環境下において助け合う……なんてことはなく、むしろそれが行為を加速させる。

(それを、俺達の主も良しとして)

 そっちの方が都合が良いと考えているのだろう。下手に止めようものなら、逆にこちらが制裁を加えられる可能性も。

(――いやなもんだ)

 こんなふざけた状況に追い打ちをかけるように、連鎖する負の要素。

 もう十分だろう?なんて言葉は役に立たず。

(こういうのは底がない)

 どこまでも深い。

 俺は確かに劣った奴隷だが、当然の如く更に下は存在した。

 楽勝で生き残る天才に嫉妬する俺の嘆きも、更に不遇な奴らからすれば贅沢なものかもしれない。

(そいつ等が虐げられている姿を見ながら)

 更に繋がって、虐げる者に変わるのを見て。

 俺はいつしか必然と思うようになった。

(……早く出たい。こんな場所)

 息が詰まりそうだ。こんなものが人生なのか。

 そんなわけないだろ。


「早く外に出たいよな。ジン太」


 いつの間にか仰向けに寝ていたフリックが、静かに言った。

「……とうぜんっ」

「だよな。――いつか、あの絵本のような冒険をさ」

 フリックは焦がれるような目で、天井を見ている。

 こいつのお気に入りの冒険譚か。

「本当に好きだな。あれ」

「だって格好いいだろ。あの主人公」

「あんなに格好良くいくかよ。ないない」

 俺も読んだことがあるが、どうにも身近に感じられないというか。

 あの気持ちはなんだろうな。

(まあ、それは俺が無能なだけか)

 あんな風に格好良くできるやつもいるかもだが、少なくとも俺には無理だ。

「だけど、確かに」

 あの冒険譚は夢にあふれていて、心躍るものだった。

 海を越え、山を越え、困難に立ち向かい、己の望むままに。

 強制的な苦しみではなく、自ら望んで立ち向かう。頑張る。

 檻の中に檻を重ねて鎖で縛られて、苦痛を徐々に積み上げながら死に近付くような人生とは真逆な。

(いつか。俺も)


 そんな人生を――。


「だからこそ、あいつを放っておけないのかもしれないな」

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