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染み

 完璧な人間なんていない。

 誰にだって欠点はあるものさ。

 いつもそういう考えを持っていた。


(フィル)

 お前は完璧に近いと思っていたが、やはり欠点はあったんだな。

 外からは見えない、心の奥底にあるどす黒い感情。

(それを理解している気になってた)

 そんな部分も含めて、お前は俺の大切な仲間だと。

 俺はそう思いたかった。

 欠点を受け入れて行けると。

(思いたかった――だけだ)

 想像以上のものだった。彼女の内にある悪意の海は。

 どれだけ深いのか想像するのも怖くなる、圧倒的な【絶対悪】の領域。

 人間にとって最強の武器ともいえる、悪意の深海を覗いてしまった。この奇妙な場所の影響なのか、今までよりもハッキリと見えた。


(恐怖が)


「――答えはそう。貴方が興味深い玩具だったから」

 そんなことを本気で言う、フィルという少女が恐ろしい。

 人外離れしているとは思っていた。

「あの雨の日、貴方はとても最悪でしたね」

 うっとりとした表情で語る、彼女の悪意から逃げたい。

 フィルと真剣に向き合える感情があった。

「最高の玩具だと思いました」

 離れすぎていて、そんな感情は消え去った。

 想像するのと・実際に認識するのはまるで違う。自分の妄想だけで完結していた悲惨な光景を、一瞬で塗り潰されるような。

 それを強く実感して。

(甘かった)

 俺はこんなにも情けない奴だったのかっ。

「……船長、答えはあげましたよ」

 元の場所に座る彼女に、負の視線を向けてしまう。

 みじめな気持ちが湧いてきた。

(お前に言った言葉は嘘じゃない)

 ただこの瞬間に、嘘に変わってしまっただけだ。

「次は貴方のことを聞かせて」

 口だけ野郎の言葉に変化した。

「こんな俺の、何が聞きたいって?」

「なんだか元気がないけれど」

「……」

「横になる?時間はありますよ」

 そう言って逸らした彼女の視線の先に、白い敷き布団が敷かれている。掛け布団と枕がセットだ。

 とてもフカフカしてそうで、眠気を誘う。

「そう、だな」

 さっきから頭がグルグル回って、まったく思考が働かないんだ。

 此処に来る前から心身が弱ってはいたが。この場所の正体とか、お前の本性とか、自分の愚かさとか、ぐちゃぐちゃに入り乱れてて限界に近い。

 この先の対策を考えようにも、これでは逆効果かもしれない。

(一度・休むか)

 恐怖もあるのか、立ち上がって布団に向かう俺。

 彼女の視線を感じるが、どんな顔をしているのか確認できない。


(暖かい……フィルが寝ていたのか?) 


「ごゆっくり」

 布団に入った俺に、そんな言葉を掛けてくるフィル。

 いつの間にか、傍に正座で座っていた。

 こちらを見下ろす視線は冷たく感じる。血の気が少し引く。

「……フィル。不思議に思ったんだが」

「なんですか」

「……お前は俺のことを玩具だと思っているんだよな」

「はい」

 ちょっとは躊躇してくれよ。

「玩具のことなんて聞きたいか?」

「聞きたいです。この玩具はどんな仕組みなんだろう?と同じ」

「そうかよ」 

 もうそんな言葉は聞きたくない。

 俺は彼女から顔を背け、壁の方を向く。

(やっぱり逃げちまう)

 彼女は相棒で、俺の最初の……仲間だ。

 その大切な彼女と正面から向き合うことが出来なくなってしまったのか、どうしても間に空白を感じてしまう。

 受け入れられない溝が・埋まる時は来るのだろうか。

(ちくしょう。増悪の理由も聞けやしない)

 問いたいことは多いのに、踏み込むことすら出来やしないなんて。

「私がいます。安心して眠って」

 切られた頬がズキズキと。越えてしまった一線を伝える。

(恐ろしい怪物に見張られているようだ)


【読書は好きです。貴方は嫌いですか?】

 ある程度打ち解けた頃に、彼女に好きなものを聞いたことがあった。

 俺とは趣味が合わなくて、それが何故かしっくりきて。

【仕方ないですね。力を貸しましょう】 

 最初に共闘したのは何時だ。

 警戒が強かった俺が、フィルに少しだけ心を許すようになったのは。

 確か、巨大な蛸の才獣と遭遇した時だった。


 ――水の世界で赤い瞳が輝く。


【た、助かったっ!!ありがとうっ】

【……いえ】

 海に引きずり込まれた俺を、びしょぬれになりながら引き上げてくれた彼女。

 なんで助けたのか?疑問はあった。

【とりあえず……服を貸すよ、予備のローブが何着かあったはず】

 才獣を退治した後に、フィルの格好を見て言った。

 黒いローブが彼女の体にへばり付いて、目に毒だったという理由もある。

【服は貰ってくれて構わない】

 命を救われた報酬だ。これじゃあ足りないが。

【いいえ。必ず返します】

 彼女は意地になった風に、俺の言葉を突っ撥ねた。

 割と義理堅いんだな。と。

【そうなんです。義理人情。良いものです】

 着替え終わると、いつの間にか姿を消していた。

 せっかちな奴だな。

【……また会えるかな】

 ふと出た言葉の意味は自分でも分からず。

【来ました】

 一か月後に再会は果たし。

【あっ】

【あー、やっちゃいましたね。これはダメです。いけません。人情です】

 またトラブルが起きて、フィルと会う機会が出来て。

【ではまた】

【ああ、待ってるよ】

 あんなに恐ろしく思っていたのに。

 

 俺はそれを嬉しく思っていた。


「……」 

 お前が傍にいることが、こんなに重圧に感じるよ。フィル。

 だが、これ以上は逃げられない。

(踏み止まれよ。認められないんだから)

 

 俺は両瞼を閉じ、闇に沈んでいく。

(眠い・疲れたな)

 遡るように深く落ちて。

 誰かの呟きが、遠くで聞こえた気がした。




「――今日こそは」

 俺はそう意気込んで、今日の目標を定める。

 傷だらけの手で光を掴めるよう。

「おはよう」

 仲間から声を掛けられ、無言で頷いた。

「はは、やる気十分だね」

「……ああ」

 早くなんとかしなくちゃいけない。こんなところで――。

「武運を」

 そう言って俺を送り出してくれる奴の為にも、頑張らないと。

 ドアノブを握って、強い決意を込めながらドアを開いた。

(勝つ、絶対にっ)

 心に灯った火は、かつてない輝きを放っている。

 今日の俺は何か違う。そう感じて。

「俺の想いは――止められない」

 

「ううぐ……勝てな、かった」

 数時間後には火が消えてしまう、何度目かのお約束。


「大丈夫……」

「じゃない……っ」

「だよね」

「うう……いてぇよっ」

 最低限の治療を済ませた後は、いつもの場所に戻ってしまう。

 衛生的によろしくない部屋だ。異臭が漂う。

「ちくしょうっ。この日のために、誰より鍛錬したはずなのにッ」

「すごい頑張ってたよな。ジン太」

「頑張ってたよッ。それなのに……」

 両手を石床に着いてうなだれるしかない。

 涙の中に見える両手の傷が、さらにみじめさを加速させていく。

(あんなに辛かったのに)

 

【うおおおおおおっ!熱血ッ】


【うるせぇな。落ちこぼれバカ】

【弱いくせにアホかよ】

【あいつはダメだな】


【……熱、血】


(くそッ)


 これだけ練習したんだから。きっと上手くいく。勝てるさ。

(妄想の中でならそうだった)

 実際は。

(動きが速すぎる、体が追い付かない、頭が状況を呑み込めない、見るべき部分・注意するべき部分が多すぎる、もっと早く動いてくれよ俺の頭、非力な両腕じゃどうしようも)

 俺の現実はこれ。

(窓は鉄格子で閉ざされ、ドアには鍵が)

 そんな部屋の中で、ボロい布の服を着て無力さに泣くしかできない。

(そこから先に行けたとして、更に鉄格子が)

 行き詰ったような人生。どんどんと近づいてくる、死の足音。

 どうしようもない現実。

 

 努力も自由も、奴隷・劣等者の俺には満足に与えられることはなかった。

 人生とは何なのか?その頃の俺には分からなかったんだ。

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