旅行
「そういや学院は大丈夫なのか?」
「OKだ。学院側に話を通して、なんとかなった的な流れで」
「軽いなっ」
学院卒業の際に必須の、評価と呼ばれる数値。俺の所為で留年とかになったらと思ったが、その心配はないようだ。
(ロイン達にこのことを伝えたのは)
まあ間違いなく彼女だろうな。
(しかし、下手すると戻ってくることすら)
バカなことを考えるなよ。そうならない為に努力するんだろうが。
敵がどれだけ強大でもな。
(フィアを助けて、全員で帰ってくる)
船蔵奥の通路から海に出て。
朝日を甲板上で浴びながら、俺達は出航の時を迎えた。
「久しぶりだなジン太」
船長と共に海を渡る。
どうかこの先の道を照らしてくれ。始まりの陽よ。
「――よろしくお願いしますっ」
「こちらこそ!……護衛の仕事はそんなに多くないから、緊張するな」
笑顔のマルスさん。
その実力・性格と俺との親交から、護衛の一人に選ばれたようだ。
「ボクの出来る限りを、キミに貸そう」
この人なら頼りになるし、信頼できる。
「私のこと覚えているかしら?ジン太さん」
真っ直ぐな長い金髪の女性戦士に聞かれた。
覚えていますよ、共に窮地を乗り越えた仲じゃないですか。
(細長い鎚を武器にして戦う、少し背が高めのあなたは)
クルトさんとの戦いの際、俺達を守りながら戦ってくれた人。
第一団所属のアンさん。
「マルスだけじゃ不安でしょう。私がサポートするから任せてね!」
「なにっ。聞き捨てならないなっ」
「お前は昔から熱血過ぎて危ない。今回の任務は、今までで最大の難関になるかもしれないわ」
「分かっているさ。その為にしっかり対策を練ろうとしてるんだろ」
「実際の状況でしっかり動ける?」
いがみ合う二人はどうやら親友同士のようだ。
そのせいか、マルスさんとコンビだとかなり強いようだ。選ばれた理由はそれだろう。
「くっ!しかし争っている場合じゃないなっ」
「そうねっ。早く話を進めましょう――」
戦士団の戦士・他数名を加え、甲板室で行われる方針を決める話し合いと情報共有。
気まぐれなフィルも一応参加してくれた。
「目的地はロドルフェ。現在、霧を越える為に発生海域へと向かっている」
まずは霧の海。
安全に入ることが出来るポイントは分かっているので、そこに向けてロード号は走っている状態。
アスカール北の海域へ、到着は二日後の予定だ。
(あそこは特に危険はない)
筈なんだが、何か引っ掛かるような……。
(……あの時の霧は)
クルトさんとの戦闘時に発生した霧。
関係があるのだろうか。
「……あっちの異海に渡ったら、まっすぐロドルフェを目指して」
霧を越えた後は別異海での航海になる。
地図は持っているし、ロドルフェがある大陸には行った経験あり。ある程度の情報も手にできた。
(辿り着くことは出来る。……だけなら出来る)
足を踏み入れてどうする?
フィアが捕らえられているとしたら、確実に壁となって立ちはだかるだろう天上達。
思い出し、身震いしてしまう体。
(――お前もいるんだよな)
「……ひとまずは終わりだ。みんな」
会議が一段落し、張り詰めた船内の空気が緩む。
まだまだ情報が足りないので、現地に到着してから更に練る必要がある。
「うっし!やっぱり今回の敵は化け物ってことだな。もっと鍛えねぇとっ」
「あたしも付き合うわ。敵に弓使いがいるんだから、実戦形式でやりましょう」
「そりゃ助かる。全力でいくぜ」
話を終えて、それぞれの時間に戻る戦士達。
「ボクも鍛えないと」
「クルトと同等だものね。考えるだけで恐ろしい」
「ああ、基本的に勝負を避ける方針ではあるけどね」
少しでも、目的達成に近づこうと――。
「ありがとう」
自然とそんな言葉を発していた。
「?いきなり何だ」
「あ。いや」
突然言われたって困るよな。
だが言っておきたかったんだ。
「……気にしないでくれ。これも仕事だ!」
「そうよ。遠慮せずに頼って」
マルスさんとアンさんが、力強い笑顔を俺に向けてくれる。
「まっ!安心してろよ!僕一人で天上なんてコテンパンだっ」
「まーた大口を」
「こういうのは口にすんのが大切だぜ?」
付いてきた者達は皆、こんなにも情熱が溢れている。
「任せてくれ。全力を尽くそう」
初めて会った戦士団員ですらそうだ。
この場の空気は一つの目標に向けて動いていた。
(ただ一人を除けば)
「――」
部屋の隅にある椅子に腰掛け、つまらなそうな視線を送る彼女。
どこまでも冷たい雰囲気が崩れない。
(お前って奴は・まるでそういった熱意が無いのか)
人生って言うのは情熱を持って走れる道なんだ。なのに走ろうとしないのは、勿体なくないか。
(この調子じゃ……)
俺は悲しい気持ちのまま、フィルを見つめ。
「……」
フィルの隣に置かれた椅子に、老人が座っていた。
(股間から竜の頭が)
前方からとても長い竜の頭が突き出た、へんてこな履き物を着用した爺さん。
それ以外は何も着ていない。
(露出狂)
そう言うべきな不審人物(白髪のツインテール)。
しかし不本意なことに、俺の知り合いなのだった。
(限界突破の性能を上げるきっかけをくれた人)
第五の海・ある島で彼と出会う。
会った瞬間に逃走を開始したが。
【少年よ。力が欲しいな?】
【別に要りません。放して下さい】
【分かった。欲しいんだな】
【話聞けよ!】
その後なんやかんやあって、俺は無事逃走に成功した。
(と思ったら、いつの間にか船に住み着きやがったっ)
屋根裏に忍び、普段は姿を現さないが。
(時々、冷蔵庫を漁っている)
プリン食われた!と怒るマリンは何時のころだったか。
完全に迷惑な存在なのだが、まるで聞く耳を持たない。
(いつしか諦め、放置することにしたのだ)
完全に偶然とはいえ、力を上げるチャンスをくれたのは事実だしな。
だが風呂にはちゃんと入ってくれ。ハエ飛んでるぞ。
(……無駄にキラキラした眼だ)
そんな目を向けても、今はあんたに構っている余裕はない。
(その【力】をなんとかしないとな)
俺もまた、力を磨くために動き出した。
「――は良いが」
自室にて、虹色の波動を発する俺の肉体。
床の絨毯に座って集中発動。
(鍛えることは出来るようだ)
肉体強化を伴わない、修行用のモード。
これの使用に関しては普段と変わらない。
(しかしモードを切り替えると)
途端に消える波動の虹。まるで内に感じられない力。
(くそッ!!)
俺は顔を伏せ、焦りと疲れによる汗を落とした。
(こんなんじゃっ!!とてもッ)
ただでさえ敵は今までで最大の壁だ。
なのに俺がこの様なんてよっ。
「なんとかしないと……ッ」
そう思い立っても、ただ時間が過ぎていくばかり。
(フィア――)
「船長。いますよね」
行き詰まった思考を叩く、ノックの音。
静かな声と重なる。
「フィル」
それは彼女の声だ。
この状況にあっても、変わらない日常を過ごす仲間。
【彼女は本当に仲間なのか?】
不満を感じる声でマルスさんが言っていた。
その姿勢に思うところがあったのだろう。
(……彼女がいれば希望が見える)
それは間違いないことだ。
「今、開ける」
何故ならお前は。
(頼りになる俺の――)
「?おいフィル」
ドアを開けた瞬間に、彼女の体が撓垂れ掛かってきた。
俺は慌てて受け止める。
「どうしたんだよ。体調が悪いのか」
「……船長」
か細い声が出た。顔は俯いている。
まさか本当に体調が?俺は不安になって。
ゆっくりと顔が上がり。
「旅行・霧・行きの中へしょう」
こちらを向いた彼女の顔は、白く染まっていた。
「ひ」
悲鳴のような声が出て、次の瞬間には視界が白く変わる。
(きり・キリ・霧)
俺はなすすべなく、それに飲まれた。
現在は、出航から二日ほど経過した時。
この船は既に霧の海に突入していた。