その意志は
「わたしの両親は死んだの」
少し肌寒い夜闇の中、彼女の声は聞こえてくる。
「ナイフを持った悪党から、わたしじゃない子供を守ろうとしてね」
渇いた笑いが心に痛い。
お前は、そんなに悲観的な声を出すやつだったのか。
「マリン」
場所はリループ広場だ。
前にマリンと過ごした時とは違う、ひっそりと静まっていた。そこまで遅い時間じゃないが、人通りが少ない気がする。
俺は彼女を隣にして歩きながら、ロインの家に戻っていた。
「どう感じたと思う?」
「……そいつが憎いのか」
「当然だね。生まれて初めて激しく嫌いになったよ。……ああ、これが人を憎むってことなんだなって」
普段あんまり聞くことのない声色。
明らかな敵意を感じる色。
「でも憎いのはそれだけじゃない」
染める対象は一つではなく。
「お父さん。お母さん」
親しい者にさえ憎しみを抱いている。
歩調が乱れた。
「――なんで、わたしより見ず知らずの子どもを選んだの?」
悲しみに濡れた声で、雲に覆われた夜空に向けて。
もういない両親に、本心の言葉を放った。
(あれは)
あの時の、泣いていた子供に対する対応。
マリンは必死に自分の感情を抑えているように見えた。
(それは間違いじゃなく、お前は力になりたいという想いを殺していたんだな)
両親の行動が認められない。
死ぬつもりはなかったかもしれないし、もしそれが分かっていれば助けようとしなかったかもしれないが。
(結果は結果だ。大きな心の傷になったことに違いない)
だからそういった行動は取らない。
見ず知らずの誰かに肩入れなどしても、それ以上に大切な人をないがしろにする結果にしかならないと。
(そこまで極端に考えてるかは知らないが、近いとは思う)
思えば今までもマリンのそういう素振りはあったか。
彼女が役に立とうとするのは、決まって親しい人間のみだった。
(役に立つ――)
そんな生き方に固執してる部分もあるような。
熱心に過ぎる程、マリンは俺たちに尽くそうとしてた。
(空回りしていた事が多かったけれど)
「両親の行動を知った、その時・きっと、自分の価値が分からなくなったんだと思う」
彼女は少しだけ声を小さく、絞り出すように言った。
「価値?」
「そう。なんだか自分が無価値に思えて、空しくなって……それで……」
言葉は続かず、沈黙が訪れる。
(……お前は)
めげないで自分に出来る精一杯を。
全力で事をなし、目的を達成する姿には力を貰った。
(そんなお前を)
「わたしは付いていくよ。船長」
(失いたくはないんだよ。マリン)
何度言っても分かってくれないんだな。
頑固すぎるぜ、お前って奴は。
「危険なんだぞ。今回はフィルでもどうにもならないかもしれない。怖いだろう」
「うん。怖い。でも」
住宅街から森に繋がる道の前で。
彼女は俺の前に立ち、強い決意を込めた目で言った。
「置いていかれるのはそれ以上なの。前にも言ったよね」
「言ったな」
覚えているともさ。だから俺はお前と話をしようと思った。
そうした上でお前が、どうしても付いていきたいと言うのなら。
(俺は)
「――分かったよ。一緒に行こう」
真っ直ぐに見返した。
決意に対してこちらも決意で迎える。
「お前の想いは揺らがないんだな」
「うん。強いよ」
吐き出される言葉には熱意があり、俺の心を動かしていく。
止めることが出来ない。
(無理矢理でも)
止めないのか?そう問いかける声を振り払って。
それがどれだけ危険な事であっても、駆け抜けようとする彼女の意志を大切にしたいんだ。
(その踏み出した一歩は)
何者にも縛られず、在るべきものだ。
――あの日の感動を思い出す。
「……ありがとう。ごめんね、わがまま言ってっ」
「本当だな。こりゃあ、当分の間はお菓子抜きだ!」
「そんなっ!」
非常に切羽詰った声を出すマリン。
おいおい、そんなに絶望した瞳で……行くの止めるとか言わないよなっ。
俺の決意が無駄になるっ。
「お菓子をまた食いたかったら、無事に帰ってくるんだ」
「!……うん」
「よし!忘れんなよその言葉!」
力良く頷くマリンに、俺は決心を固めた。
(必ず俺が守る!それなら問題ない)
「まだ早いとは思うが、急ごう」
戦士団の準備が完了したら、すぐに出航することになる。
準備は済ませておかないとな。
(フィア。待っててくれっ!!)
●■▲
ノーシュと呼ばれる、国の南に位置する港町。
そこに存在する大きな船倉に、ロード号は預けてある。
「おや船出ですか。割と早かったですね」
ロード号を預けていた船蔵に入り、受付で金を払う。
「急ぎの様で。……預かった船のメンテナンスは完璧です」
「助かる。じゃあまた頼むよ」
また此処に戻ってくる。そんな気持ちを込めて、俺は言った。
「ええ。ローズさんにも伝えておきます」
俺は頭を少し下げ、奥にある扉へと進む。
(急がないとな)
扉を開けた先には、正面の水場にいくつかの船が並んでいた。
広い空間は海に繋がって、出航を待つ。
「こりゃあ、手こずりそうだな!」
「システムが大分壊れちまってますね!」
その中の一隻に複数人が乗り、調整を行っている様子が窺える。
(ロード号は)
右奥に見えるロード号へと、壁際の足場を通って近づく。
窓から差し込む光がほんのり暖かい。
(久しぶりだな。また頼むぜ)
ロード号横の階段を上がり、高い足場へと進み。
「――よう。待ってた」
「!!」
足場と船を繋ぐ板状の船梯子の上に姿を現したのは、派手な服装の茶髪男。
胴に巻いたベルトには、得物の剣を背負い。
「水臭い野郎だぜ。なんで頼りになる僕に声をかけねぇんだか」
「……ロイン」
不満ありありって顔だな。分かってた反応だが。
「危険に巻き込みたくないってか?舐めやがってっ」
「お前なんで」
「フィルさんに聞いた。意中の人を助けに行くんだろ」
「んなっ」
意中って!いや否定は出来ないけどな!
「それなら尚更、僕の力を借りるべきだろうが」
近づいてきたロインは、自分の右胸を叩いて堂々としている。
「……お前なら伝えないで行くだろ」
「かもな。だが、僕は良いがお前は駄目」
「わがままかっ!」
「うるせぇ!怒ってんだぜ僕は」
なんという理不尽なっ。俺の気持ちも分かるだろうに。
「敵はあの怪物と同等なんだろう?少しでも戦力を増やさないでどうするっ」
「その怪物が二人だぞ?あまりに危険すぎる」
「それでもジン太かよ。フィアさんを助けたいって思うなら、それぐらいは呑み込めよ」
くそ、まるで譲る気はないか。
(護衛だけでは足りない。それは正しい)
正しいが……しかしよっ。
「――あたしもそう思うわ」
「!メリッサっ」
背後からの声は彼女のもの。
振り返ると、ロインと対照的に地味な服装の女性。
「お前まで付いてくるのかっ」
「不満そうな顔ね……仕方ないか。あの様じゃ」
「あの様って」
もしかしてクルトの一件を気にしているのか?あの落ち込み様なら、おかしく
ないがな。
「今度は――あんな無様は見せない」
やはりそうなのか。
次こそは。決意の種類はそんな感じだろう。
「お前等……」
「止めたって無駄だ。観念しろや」
「足手まといにはならないわ。お願いジン太!」
挟み撃ちで強迫一歩手前とは。
こりゃあ抵抗しても無駄かっ。
(二人なら確かに助かる。あっちの状況次第だが、連れて行った方がフィアを助けられる可能性は上がるだろう)
そしてなにより、二人とも良い顔をしている。
「予備の補助具は出来るだけ持ってきたぜ」
「その補助具、最新式でしょう?そう簡単には壊れないと思うけど。ロインにしては用心してるわね」
「なんたって、体験済みだからな……」
覚悟が決まった人間が、新たな一歩を踏み出す際のもんだから。
(――だったら、どっちみち止められないよな)
どいつもこいつも、俺の周りにはそういう奴等が多いみたいだ。