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危険な相棒

 話を聞き終わった後、フィルを居間に呼び出した。

 マリンが寝ていたのは都合が良い。


「どういうことだ……っ!!フィルっ」 

「……」


 壁を背に立つフィルに問い詰める。彼女の両脇を両腕で塞ぎ、逃げられないようにして。

 凍えた赤い瞳をしっかりと見ながら。

 フィルの顔は相変わらずの冷静。

「言ったら、貴方は無謀に立ち向かっていくでしょう?」

「なっ」

「相手は天上、勝てないのは分かり切ってる。そんな結末はつまらないわ。許せない。理由はそれだけ」

「っ。俺を想ってのことだっていうのかッ」

「私が楽しむ為。の方が正確」

 楽しむためだとっ!?……くそっ!だがそのお蔭で命を拾ったのは事実っ。

 敵には天上が二人いるという。加えてクルトさんを戦闘不能にするほどの奴等も。

(もし知っていたら、下手に動いて無駄死にしていた可能性はあるっ)

 それは分かっているがっ。

「考えなしに突っ込んだりはしないわよね。きっと貴方はない頭を振り絞って、必死になって助けようと努力して、碌に時間もないのだから当然の如く失敗して。壊れてしまう」

 フィルの言葉を否定できない。悔しいが的確に俺を評価している。

 あれこれ考えても、短時間で解決策を導くなんて俺の能力じゃ無理だろう。

「今まで隠してたのも、危険だからかっ」

「そうよ――でも、結局貴方は向かうのね」

 溜め息を吐き、彼女は俺の顔に右手を添えた。

 ひんやりとした感触が伝わってくる。

「!?」

「脆そうな顔、千切れば飛んでいきそう。ね」

「何を言ってるっ」

 哀しそうにも見える瞳で、俺の奥底を貫く。

 少し怯んでしまう心を感じた。

 なんで、お前はそんなに冷たい見方ができるんだよっ。

「いっそ此処で壊そうかしら」

 ぞくりとした悪寒が声によって走り。


 赤さを増した瞳に、引きずり込まれそうに――。

【グちゃぐちゃにィ?】


「うっ!?」

 反射的に飛び退いてしまう体。フィルから少しでも距離を取るように。

 其れほどに強力な悪意の奔流を浴びた。

(……分かった気でいたが)

 彼女の内面の歪さを。それなりに理解した気になっていた。

 しかし顔を流れる汗が、それを間違いだと告げている。

「酷いです、そんな必死に離れるなんて」

「……お前、今なにを」

「別に。少し心の内を見せただけですが?」

 少し?

 それであの悪寒を生み出したっていうのか。

「……失望しました。完璧な人間なんていない。そう言っていたのに、この程度で受け入れられなくなるんですか」

「!それはっ」

「――仕方ないわよね。だって貴方」

 嘲るようにフィルは言おうとして。

「やめろッ!!」

 俺は激情を言葉に乗せて放っていた。

 今まで彼女に浴びせたことのない、負の感情を込めて。

「それ以上はッ」 

 自然と虹の波動が出てしまった。

 なんだかこの状況は、いつかの一時と似ていると思う。

(今度は俺が拒絶する側かっ)

 ちくしょうが。何をそんなに恐れているんだ。俺はッ。

 どうにも嫌な気分だ。フィアのことも関係しているのかっ。

「……やる気ですか?私を無理矢理捻じ伏せると」

「そんなこと言ってないだろっ」

「怖いわね。怖くてうっかり口を滑らせそう」

「だからっ!やめろって――」

 俺は勢いのままに彼女に詰め寄り。

「――身の程を知りなさい。劣等者」

 フィルの殺気が放たれて。

「ぐおっ!?」

 あっさりと、俺は床に叩き付けられた。

 視界が天井を向く。

「貴方は本当に」

 そこに映った顔はとても綺麗で。

 美しすぎる外面・反発する内面。

「どうしてそんなにも」

 妖しい色気を感じさせる唇が、どんどん大きくなる。

「どうして」

 逃げようとしても、しっかり体を押さえつけられていた。両手首をがっしり握られ。

 彼女の息がかかる程に近い。顔に彼女の髪が触れる。

 黒ワンピ越しに重なる体・フィルの重さが伝わって。唇が動く。

「――私も付いていきます。アホ船長」

「はっ?」

「どうせ貴方のことですから、置いていこうと思っていたのでしょうけど」

「……ついて来てくれるなら助かる」 

 お前を置いていこうと思っていたさ。

 だが、お前なら付いてくると確信していた。

「ええ。暇つぶしに手を貸しましょう。ナマケモノはともかく、【彼女】は手に余るかもしれないけれど」

 その理由までは掴みきれないが。

「マリンは」

 そんなフィルは、楽しむように問いを投げる。

 俺がどう動くのか観察するように。

(マリン……マルスさんが言っていた。あっちの異海に向かうと言うのなら、何人かの兵を助力として付けられると)

 ジュアの一件。

 囮の様に使われたことに異論はない。この国に滞在するに当たり、ある程度は国の力になることを了承した。

 しかし、マットンの一味の中で重要なポジションにいたらしい彼女の正体を暴けたのは事実で。

(現在、その事について王に掛け合っているのだろう。クルトさんから、敵の情報などをなるべく聞き出すとも言っていた)

 準備完了はいつになるか。待たずに出航した方が良いのではないのか。

(リアメルを襲った目的は――フィアの力。その可能性は高い。なら命を奪われるようなことはない)

 というのが希望的な考え。

 フィアの偽物らしき奴もいたようだが、本物の彼女は……。

(待つのが得策)

 勘が告げているのはそっちの道。

 感情は早く行こうと言っている。

「――話はするが、マリンは置いていくつもりだ」

「あら、こっそり行った方が安全ではないかしら」

 マリンの安全だけを考えるなら、そうだろう。

 話をせずに、さっさと出航してしまえば彼女を危険な場所には。


【置いていかれる方が】


(それは駄目だな)

 彼女の言葉がどうしても耳に残り、その選択を拒否する。

(マリンはそれをあんなに嫌がっていた。きっと過去の出来事の所為なんだろう)

 なら、ちゃんと向き合わないと。

 ちゃんと彼女と話した上で、俺の意志を伝えよう。

(ついていくと。そう答えた時)

 俺はどうする?

 危険な場所に連れて行くのか。今回は今までの比じゃないぞ。

「ふふ、どうするのかしらね。貴方」

「さあな……というかそろそろ下りてくれないか。フィル」

「……そんなに重いかしら」

 顔を僅かにしかめるフィル。

 重いというか、この密着した状態は色々といかんっ。

 押し付けられる胸や両足の感触が、刺激的に過ぎるっ。近いので匂いや胸元の谷間もっ。

(もう少しで唇が触れそうだ……!)

 やはり危険だこの相棒っ。あらゆる方面でっ。

「ちょっと息が荒くなってる」

「まじかっ!?」

「冗談よ。ケダモノ」 

「んなっ」

 じっとりとした視線で、見下すように彼女は言った。

 いかん。フィルのペースだっ。

「くそっ。早く離れろっ」

 少し力を入れて、両手首の拘束を振り解く。

「乱暴ね」

「お前が言うかっ」

 彼女の両肩を掴み、押し退けようとしたところで。

「!?」

 フィルの後ろを横切る、赤髪の少女が見えた。

「マリンっ」

 呼び止めようと声を出した。

 間に合わず、ドアの閉まる音が聞こえた。

「聞いていたのね。マリン」

「……みたいだな」

 この暗い中、外に行ってしまった。

 いくらアスカールとはいえ、早く追いかけないとな。

「行き先は分かるのかしら」

 乱れた髪を直しながらフィル。

「なんとなくな」

 体から退いて、床に座り込んだフィルの肩から手を離す。

 俺はそのまま立ち上がり、ドアに向かって走り出した。

(その前に追いつけそうだが)

 話をする機会がこんなに早いとは。

 良かったのか悪かったのか判断できない。


(人の心か)

 分からない事だらけだよ。まったくさ。

 いつかの裏切りも突然に感じてしまった。

(なあフィル)

 暇つぶしなら――暇じゃなくなったらどうするんだ?

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