行動の時
並んだ蝋燭が道を指し示す。
先にあるのは王者の部屋。
「王の道……王道」
廊下に敷かれた長い絨毯が、照らされて青を表す。
大きな茶のブーツがその上を歩いていく。
「王道・王道か」
ずしんずしんと、全体重を床に響かせていく巨体。
彼は図々しくも・堂々と廊下を進んでいる。
「笑いの王道はなんぞや」
いつも通りの楽天的な心で、阿呆な発想を膨らませ。
「一人がボケて、もう一人が突っ込む・壊すギャップ・視覚を使ったギャグ」
通路に並ぶ彫刻・壺・風景画などから発想を得ようと視線を巡らせる。
笑いの種はどこにあるか分からないのだから。
「むうっ」
いかんせん、昔より発想力が落ちていると考えるガルドス。
「全盛期がなつかしいなー」
昔のオレはもっと面白かったと語る男。
しかしそれは勘違い。
元々、彼のギャグは大して受けていない。
「それ面白いと思ってんのっ!!ぎゃははははっ!面しれェ!!」
「ふむ、人の感性はそれぞれだ。私には響かないな」
「……ははっ。お、面白い!僕は!」
「つまんねぇな。んなことより、久しぶりに戦おうぜ」
仲間からの評価はこの通り。
それでもガルドスはめげずに己のセンスを磨き続けた。
「――ふとんがふっとんだ」
結果はあまり進歩なし。
「ふっ」
この程度で得意げになるレベルである。
彼には決定的に、笑いに対する何かが欠如していた。
「……」
彼の両足が大きな扉の前で止まった。
そこは渡り廊下の終着点。
王の間に繋がる両開きのドアを眼前に。
「入ります。ジンカイ王」
二つの取っ手を掴み、押して開いた。
「――来たか。ガルドス」
複数のシャンデリアで開く領域。
彼の視線の先には、獣に挟まれて座っている主がいる。右手にはグラスが。
「ほほう。今回はまた珍妙な……」
近くに踊り子衣装のような姿の女性数名を侍らせ、悠然と彼は居た。
背後の壁に取り付けられた彫刻(蛇の顔)の口から、赤い液体が流れ出ている。酒の匂いを放つ水だ。
「好きにしても良いと言ったので、好きにさせて貰いました!はは!酒、甘そうですね!――下に作った酒蔵、役に立ってるようで」
「おお、それなりにな。抜け目ない誰かを警戒してはいるが……弱い酒だが丁度いいだろう」
「どうぞ」
女性の一人がグラスにそれを注ぎ、ガルドスの下へと持ってくる。
その顔は少しぎこちない。
ガルドスの、無駄に威圧感を感じる体格だけが理由ではないだろう。
「ありがとう。ところでどうだい?この格好」
「えっ!あっ!素敵だと思いますっ」
グラスを受け取ったガルドスの問いに、愛想笑いで応える女性。
仕方のないことではある。
(雪だるま……?)
雪だるまと合体したかのような大男。
大きな雪玉から頭や両手足を出した、変人の姿で立っていた。
「まさか急いで王城に向かおうとしたら、丘から転がり落ちて雪玉になってしまうとはっ」
「奇怪な……」
呆れたような感心したような、ジンカイはガルドスに微妙な視線を飛ばす。
「ははは!人生そういうこともありますよ!」
「あるか?というか溶けないのかそれ。絨毯濡らすなよ、打ち首にするぞ」
「冗談きついなー!もう!」
「……」
「あれ、冗談っすよねっ」
汗を流しながら、ガルドスは立っている絨毯から離れる。
「話に移ろうか。ガルドス。次の標的は、水面下で戦争の準備を進めている――」
「陸地から攻める場合、蛮族の縄張りを通ることになるが」
「既に買収済みと」
「裏切り防止の監視も置いてある。……海から攻めるとなると、少々厄介だからな」
侵攻に関する話は進んでいく。
そもそも綿密な策すら、必要にならない戦力差だが。
「才物による【艦隊】でしたね!相手したくない!」
話は決まり、第三部隊の任務が始まる。
次に戻ってくるのは何時の事か。
「――では、次はそこで決まりで」
「頼んだ。ゲノム大陸を離れ、二十日ほどの旅になるからな。今回は特別手当を出そう」
「いやっほー!って、喜ぶべきですかね?」
「不満か」
「金が貯まっていましてね!何分、野宿で生活しているもんですから余計に」
「酔狂な奴だな。点々と住居を変えていると聞くが」
ジンカイの言う通り、ガルドスはロドルフェ各地を渡り歩きながら生活していた。
「それも笑いのネタ探しの為か」
「そうなりますかね。好きでやってることですけど!」
「自由奔放というのやら。貴様の仲間はだいたいそうだが」
御付きの女性に肩を揉まれながら、酒をあおるジンカイ。
グラスに映った御付きの顔を見て、ふと一言。
「――あの女も自由を味わったと言えるのかもな」
「?……天の使い様のことですか。まー、確かに」
【何者っ!?】
彼女を捕える際、交戦した時のことを思い出すガルドス。
「悪い意味で。自由を味わったでしょうね」
その恐ろしさをと、彼は言う。
「才力が使えなくなって、彼女的には助かったのかもしれません!」
「あれは誤算だった。特殊な才が必要になるとは」
「才力も、元となるそれがなければ消費するばかりですからね!」
才力を構成する才。
その発生源については諸説ある。
「人間から、直接発せられているとか」
または。
「才に変わる前。その状態から【ある場所】に回収され、世界中に存在する出口から発生するとか」
「吾輩は後者だと思っている」
どちらにしても、まだ決定的ではない。
「それにしても散々利用して、不要になったらポイとは!酷いお人だ!探らないんですか、リアメル以外も」
「リアメルに来る前に才力を構築した――その可能性は高い。が、他の場所で供給できないか試そうとしても、あの女の記憶は当てにならない。なんせ昔から【籠】の中だ」
意味深に動いたのは、王の眉。
「一気に萎えてしまってな。無能はいらん。幸いあの美貌だ、欲しがる金持ちは多かった」
フィアの身柄は既にジンカイを離れていた。
それなりの金にはなったと、彼は満足気。
「ははは、どうなっていることやら!」
いつも通りにガルドスは笑い飛ばす。
そして持っていたグラスを、御付きの女性に返した。
「そろそろ失礼します。色々と準備が多そうなので!」
ガルドスは王の間から去って。
「貴様はどこまで本気なのかな」
去った部下へと、伝わらない言葉。そんな気もない。
「掴めない奴だ」
目が動いた先は、近くに置いてある小テーブル。
そこに在る砂時計。
「時は流れ――やがてか」
落ちていく砂粒は何を示すのか。
ジンカイが映す未来には、どんな光景が広がるのか。
彼にしか分からない。きっと。
◆邂逅の時は◆
「――以上が、クルトから聞き出せた情報だ。前々から何かを隠してる風だったらしいが、今回の件でようやく話してくれてね」
音を鳴らしながら近づいていく。
運命は変わらない。
「……」
「ショックかもしれないが、気をしっかりもってくれ。ジン太君」
「リアメルが、滅んだ?」
夜にロイン宅を訪れたマルスから、その事実を聞いたジン太。
彼の視界で、テーブルの向こうにいるマルスの顔がぶれている。
「滅んだかは分からないが、少なくとも王は……」
「じゃあ、あいつは」
「あいつ?」
ジン太の頭の中で、様々な思考が渦巻く。
(フィア……そいつらの目的は?ジーア達も倒されたのか?フィルが言っていた天上は、そもそも。あいつ、もしかしたら)
マルスは知らない。
リアメルにジン太にとって大切な存在がいたことを。
なので次に彼がどう動くのかも。
「侵攻を続けている強国の仕業らしい。なのでしばらくの間、あっちの異海には」
【ジン太。今日はどんな話を】
(――行かないといけない。この目で確かめる)
ジン太の決意が強く燃え上がり、彼は再びそこへ行く。