凍結領
「寒いなここは」
「来る前に言っただろうに。【凍結領】をなめすぎだ」
ロドルフェの中心地域・凍結領。
薄暗いコリン雪原の中を進む、毛皮のコートを着込んだ成人男性二人組。
「なんでこんな状態に。ここだけ四季が崩れてんだろ?」
金髪の男が不満を出すように言う。
「あの【天力】とかいう力。それが季節を狂わせたって言うけどな」
青髪男の説明。
黒いブーツで足跡を刻みながら、丘の上へと。
積もった雪に足を取られそうになっても、着実に前へ。
「村の名前、何て言ったか」
「シャーハット村。約150程度の村人がいる」
「色白美人とかいねーかなー」
「遺跡で発見された【槍】を受け取りに行くだけだ。遊びはなし」
「面倒だな。そんなに武器が欲しいのかね、王は」
マイナス10℃を軽く超える気温の中、軍の任務を遂行する為に歩く者達。
ロドルフェ第一部隊・守護遂戦人の天具回収班。
「王はとにかく強力な戦力を望んでおられるようだからな」
「充分強いのに。俺達に敵う国なんてあるか?」
「確かに快進撃を続けてはいるな。どの国も変幻成諸人に一矢すら報いれないとは」
「まあ、ロドルフェ最強の部隊だしな」
「プライドないのか。おい」
共に歩く同僚に呆れた視線を送る男。
「いや、悔しい気持ちはあるけどよ……この前の腕試し大会で負けたしなぁ。総隊長、めっちゃ怒ってた」
「総隊長の前でさっきの言葉言ったら、ぶん殴られるな」
「ありえそうだ。気を付ける」
こわいこわいと、顔を横に振る男。
「――グレート・スーパー・ガルドスパーティーってふざけてんのか?」
遅れて突っ込みを入れたのは、部隊名について。
「いまさらじゃないかよ」
「そうなんだけどさ、無理やりそんな名前付けちゃうってどんだけ自信過剰っていうか、痛いよな」
「パーティーは違う国の言葉で、「集団」の意を表すようだ。そういう意味では合ってる」
「そういう問題か?……でもなぁ。あの総隊長、アホだろ」
丘の上に出て、遠くに雪だるまを発見する金髪。
目指す村が薄らと見えてきた。
「アホって」
「お前もそう思うだろが。言動が馬鹿丸出し」
「……」
「エルマリィさんの方が総隊長っぽいよな。みんなそう言ってる」
「あの人は……まあ、うちの総隊長ですら認めてるぐらいだし」
村の左方向に雪煙が上がっているのを確認する青髪。
「?」
「認めてるどころか、恋文を渡したって噂あるじゃん」
「本人は否定してるが……あっても変じゃない」
会話中に目を凝らし、雪煙の正体を見ようとする。
「そんな人があんな奴の下にいるなんてなぁ」
「あんまり甘く見るなよ。ただの阿呆が総隊長になれるわけないだろう」
「つまり?」
「あの馬鹿らしい行動はフェイク。欺くためのものだ――おそらく、恐ろしく冷たい本性を秘めている」
雪煙の中に、大きな台車が見えた。
「考え過ぎ……って、さっきから何を見てるんだ」
「なあ、猿獣って知ってるよな」
「知ってるが。コワフィンとかいう国の猿才獣に対する名称だろ」
「凍結領には、そのグノリタの生息地がある……特に、青のグノリタが多い」
「へえそれで」
「知性項目が高い傾向にある奴等は、経験を積めばそれなりに厄介だぞ」
何を言いたいのか。金髪は数秒考え、その結論に至った。
「やれやれ。楽な任務ってのはないもんかね」
腰に付けたホルダーから、ナイフを引き抜く金髪。
「仕事は辛いもんさ。滅多に遭遇なんてしない筈なのにな」
青髪の体から淡い炎が上がる。
本来は譲渡強化用の才力である武強を自身に使う、肉体強化。
「まあ純粋な強さはそれ程でもない。そうでなければ、流石にもっと警戒する。鍛えた天力を使える兵なら、簡単に討伐できるさ」
「はぁ、でも数がいたら疲れそうだ。知性が高いのはだいたいちょこまかと……」
戦闘態勢に入った二人に、接近してくる木の台車。
「!!おい!誰かいるぞ!」
「……攫われた人か」
まだ朧気だが、台車の上に複数のグノリタが確認できる。
それに囲まれた一本の丸太も。
(人間を攫い、ただ愉しむ為に嬲る事があるっていうが)
視線を強め、丸太に縛られた人影を捉える。
「――ヘルプですぞオオォゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
((ガルドスだ―――――――――――!!?))
目玉が飛び出そうになるリアクションを返してしまう両者。
噂をすればなんとやら。最強部隊のトップである筈の男が、敗北後の姿で現れた。必死に命乞いしている。
「幻かな……」
「似た別人とか。ゴリラの可能性もある」
「どっちにしろ助けないとな……もし本人だったらどうしよう」
嫌そうな顔で構える兵達の緊張感は、微妙に削がれていた。
(なんで捕まったかは分からないが――本当にただのアホなのかもしれない)
駆け出した青髪はそう思う。
「あ?」
何かがきらりと光るのを彼らは見た。
その時には既に、才獣の群れから赤が飛び散っていた。
「っ!?こりゃあっ!」
全滅したグノリタ。
続けて台車周りの雪が吹っ飛び、白いカーテンが形成される。
「……まさかなっ」
似たような現象を青髪は見たことがあった。
兵達の練度向上を目的として時々開かれる大会。
不滅成滅人同士で戦う場合もあるそれで、彼は体感した。
(雷光の使い手・エルマリィ)
銀の髪を靡かせながら、怪物が降ってくる。
「――休暇になにをしている。君は」
雪の乱舞の中心に、立つ者は第三部隊の女傑。
得物の弓と、ダウンのコートを装備している。背にはリュックが。
「いやな、新しい笑いのネタを発見しようとしたらさー。ばったり遭遇しちゃってねー」
縄を切ってもらったガルドスは、事の経緯を説明する。
【カモンッ!!ユーッ!!】
「調子に乗って喧嘩を売ったと?」
「一匹は倒したんだよ!しかし!卑劣な奴等はっ。集団でオレのことをさー!!ちくしょおおおおおッ」
「……」
若干凍った鼻水を吹き出しながら、彼は悔しさで蹲る。
それを見るエルマリィの視線は、どこか達観していた。
「……それで、笑いは見つかったか」
「おおおおお――ああうん、見つかったさ」
「良かったな」
返答を受けた彼女は、少し嬉しそうに微笑んだ。
言葉の中から、何かを察したかのように。
「寒くないか、ガルドス」
「平気だ。へっくしょんっ」
「コートを貸そう」
エルマリィはリュックを下ろし、中のコートを取り出してガルドスに差し出す。
「べ、別に嬉しくなんてないんだからね!」
「頬を染めるな。似合わんぞ」
「惚れちゃいそう……エルマリィ先輩」
「本当にやめて」
不細工おっさん面を赤く染め、ガルドスは黒いコートを受け取った。
「おお。ぴったり。何故に」
「こんな事もあろうかと。というやつだな」
「準備良すぎ!お前、凍結領で何をしていたんだ」
「私は自主的な見回りだ。それと雪原での戦いを想定したトレーニングを」
「うおー!真面目!くそ真面目!休暇ぐらいグウタラしなさいよ!ノードス君みたいにさっ」
言われてエルマリィ、眉をひそめる。
「あんな時間の使い方は御免だ」
「人間、オンオフはしっかりしないと駄目よ?」
「あの男にオンなどあるのか」
「あはは!それもそうだな!!うける!!」
爆笑するガルドスは怠惰な仲間を頭に浮かべ、今頃の光景を想像した。
「爆睡中だろうけど、そろそろ次の仕事だし……しっかり気を引き締めるように言っとくかな!」
「言って、自分のペースを変えるわけがない」
「マイペースの極み!自由すぎるぜー!」
ノードスがいる森の方を見るように、ガルドスは視線を投げる。
そこから南に視線を変えて。
「お姫様の方はどうなるかな?早い者勝ちだが――」