選んだ無為
ロドルフェという国を簡単に説明するのなら、【実力主義】が相応しいだろう。
王・ジンカイは、強力な駒を重宝する。
「――能力のない奴は要らん。邪魔だ」
国の南寄りに在る王都・【ヴェスリル】を覗いてみよう。
時刻は昼近く。
「イリシュバルは最強なりっ!てやー!」
「ぐわー!つえー!」
路地裏で子供たちが遊んでいる光景。一人の少年が木の棒を剣に見立て、もう一方の少年を切り伏せる。
子供たちの間で流行っている、ごっこ遊び。
「誰が好き!?おれはエドワード!あの剣捌きかっこいーよな!」
「ぼ、僕は……エルマリィさんっ」
「俺、第一部隊のゴードンさんみたいになりてぇ!ビッグな男に!」
口々に軍人の名前を言う少年達もいる。
彼らはある店の前で立ち止まり、中に入って行った。
「いらっしゃい」
店の概要は軍人専門店。より正確に言うならば、それのファンを対象にした店舗だ。
活躍兵に関連した品が積まれた横並びの棚の奥に、カウンターが見える。
「店長!携帯肖像っ!」
棚を物色してる客の横を抜け、そこに向かう黒髪少年。
「はいはい」
「俺が一番先なっ!」
カウンターに小走りで近づき、その上にある箱に手を伸ばす。箱からは複数、長方形の物体が突き出ていた(布に包まれている)。
「これっ」
その中の一つを手に取り、高く掲げる少年。
急いた様子で布を剥ぎ取った。
「うお!エドワードだっ!やった!」
現れたのは木の小さな額縁。収められた絵は、剣を持った茶髪の戦士を描いたものだ。
「見ろよ!羨ましいだろ!」
「お前、金払ってないぞ」
追いついた友達のフォロー。
「おっと、ごめん店長」
布を返し、ポケットから五枚の硬貨を取り出してカウンターに載せる。
「5百メイル丁度。まいどあり」
華奢な体格の男性店長が、それを受け取った。
「次はおれ!」
「これは持ってんだっけ」
「ああ!だから、別なの欲しい!」
違う少年も同様に絵を引いていく。
ランダムに選択される、不滅成滅人の肖像コレクション。
「出来れば【アレ】が欲しい……!」
余談だが・この携帯肖像にはいくつかの開運法が存在する。
(事前にやっておいたっ、軍に募金しよう開運法っ!)
この少年もまた、それを試したのだった。
【絶対に当たる。大人を信じろ!】
薄汚い大人によって、誘導された果てに。
「とりゃ!」
神に祈って運命を回した――。
「こ、これはっ」
「げーっ!!ガルドスだーっ!!いらねーっ!!いやだー!なんでー!」
悲痛な叫びが店内に響く。
「大丈夫か!」
「今、加勢する!」
それに合わせて、友達二人がダッシュでフォローに入った。
「そ、そんなぁ」
「げ、元気出せよ!な!」
「そうだよ。僕なら発狂するけど」
「う、うぅ。よりによってダサい大根野郎かよ泣きそうっ」
散々に第三部隊・総隊長の悪口を言う子供達。
「何が白亜の槍だよ……っ!かっこつけやがってっ」
余程ショックなのか、八つ当たり気味に不満を零す。
「あーあ、ノードスかエルマリィが欲しかったなー」
「その二人はウルトラレアだから、簡単じゃないぜ」
気が済むまで愚痴った後、彼等は店を後にした。
「忘れていってら。あいつ等」
店長は、カウンター上に残されたガルドス肖像を回収しようとして。
「……」
その前に大きな手がそれを回収した。
「?お客さん、それ欲しいのかい」
「……」
無言で頷く二メートル程の巨体男。
(顔が包帯で……それにこの大きな体)
正体に薄々気づいた店長だが、触れずにスルーした。
どう見ても触れ辛い雰囲気を持っているからだ。
「――なんでコモン。俺、総隊長ッ、なのにっ、最低レアッ、ノードスとエルマリィは最高レアっ、エドワードは普通のレア、有り得ないだろーっおおぅぅ」
嗚咽を漏らして目元を押さえる男の姿は、見るに堪えず。
「あー何だ、私は結構好きですよ。そのイラスト」
「いやいや、むしろ絵が足を引っ張ってるんだなー」
ガルドス風の男が見ている絵は、麦わら帽子着用・タオルを肩に掛けた・大根持った農家のおっさんにしか見えない。
しかも頭とそれ以外のバランスがおかしく、シュールさ全快であった。
「キレそうっすわオレ。温厚なオレでもキレそうっすよ。誰よ!この絵師!エルマリィとかは無駄に格好良いのにっ」
「エルマリィさんのは、彼女のファンの女性絵師が描いてますからね」
「オレのも描いてくんないかな」
ぶつぶつ言いながら、額縁の裏を確認するガルドスのそっくりさん。
その眼が驚愕で飛び出そうになった。
「おいおいおいっ、これはアウトだろ」
視線は額縁に刻まれた数字へ。
「なんです?」
「だってこれ、これさぁ、オレの強さランク【3】なんだけどっ」
「マックス10ですから……まあ、弱いですよね(笑)」
「ノードスは10だよなっ?オレ、あいつの半分以下に見られてんのか」
己の評価に物申す彼は、森のナマケモノを思い浮かべた。
「許せんっ。ノードスゥッ!!」
「――知るか」
筋違いの恨みを察知したナマケモノは言う。
一階建の木の家は、人気のない森の中。
「誰」
ベッドの上で天井に両腕を伸ばした体勢。
掲げる物体は黒い板状の機械。
(アホかな)
彼は寝転がってゲームをしていた。
始まりの海の技術で構築された、携帯ゲーム機だ。
「あ、やば」
機械の右側に付いた複数のボタンを凄まじい指の動きで操作する彼は、飛び出したゲーム画面(立体映像)をしかめた面で眺める。
(電池切れ)
セレクトボタンを押し、一旦中断。
ノードスは脇に置いてある充電器を取り、それにゲーム機をはめ込んだ。
(少し白けたな)
充電器のハンドルをだるそうに回しながら、一欠伸。
「やめっか」
面倒になって、充電器ごとゲームを放り投げる。
ごろりと右に回転し、そこにある五段棚を見た。
(掃除でもすっかな)
所狭しと並んだ人形・フィギュアの数々。
美少女・ヒーロー・怪物と、種類は様々。
「ふー」
既に疲れた様子で身を起こした彼は、非常にマイペースな動きで棚に向かおうとして。
(必要あるかよ)
疑問が生まれた。
もっと時間が経ってからでも問題ないのでは。
「やめっか」
巻き戻しのようにベッドに戻り、再び寝転がる。
「寝よ」
目を閉じた彼は堕落に沈む。
ただ静かな・情熱が失せた時の中で。
(――あれは楽しかった)
この前の作戦を思い出す。
大量の玩具で戦っていた、ミジンコのような国。
やたらと騒がしい指揮官がいたが。
(ぷちっとな)
潰した感覚は鮮明に思い出せる。
あれは実に高揚した。
(勘違い系・努力馬鹿を圧倒的な才能で捻じ伏せる)
(――いいもんだ)
穏やかな寝顔で、彼は限りある時を無為に消費していく。
否、人によっては無為に見えるかもしれないが。
堕落を愛する彼には至福だろう・怠惰に包まれた人生は。
彼は自由にそれを選び、そう生きる。
◆そして彼女は◆
「――あ、ぁ」
澄み渡るような青空の下。
四角く小さい檻の中、虚ろな瞳で小鳥は囀る。飛び立つことも許されない。
白いドレスはかつてのようで、編まれた髪も元通り。
身だしなみは整えられていた。
「みん、な」
戻らないのは大切な人。両手足の自由。
己も他人も徹底的に蹂躙され、壊れかけた心。
自由を奪われた身ではどうすることも出来ず、ただ身を任せるしかない。
「……せてっ」
何もできないまま時は過ぎ。
心が堕ちていく音を聞いているしかない。
「またっ」
近くで青き炎が燃え上がった。
数人が出現する。
「――」
「ジン太――」
もう随分と昔に感じる記憶。
その中で楽しそうに笑っている、少年の名が奥底から出た。
彼女にとっても楽しかった、日々の中で。