心の内
「ちょっと休もうかな」
マリンがそう言ったのは、花屋を出てから二十分ほど経った頃。
彼らはリループ広場へと戻り、広場右に設置されたベンチに座る。
「どうだマリン」
「おいしい!このお菓子!」
左に持った茶の紙袋から、赤色のお菓子をつまんで食べるマリン。口に広がる程よい塩気は庶民の味方。フィッシュリザードの爪は、焼くとちょっとしたお菓子に。
「リザードチップスはお気に召したようで」
「うん!才獣っておいしいねー!」
「焼き加減によって、味が変わるんだぜ。それ」
「えっ!甘くもなるの?」
「なるなる」
先ほどの通りで買ったお菓子を、嬉しそうに食べる少女の姿。どこか安心するのはジン太。
(100ルビィの安いお菓子だけど、値段は関係ないか)
子供に人気!とかいう謳い文句が商品の札に書かれていたから買ったが、正解だったと思う。
(花屋で様子がおかしい気がした)
吹けば消えそうな背中に、思わず手を伸ばそうとした彼。
マリンに不思議そうな目で見られてしまった。
(あの不安感はなんだったんだ)
危うさと言う名の気配を感じたのは、気の所為ではないのだろう。目の前を歩く通行人の姿を見ながら、ジン太は何とか杞憂と思いたいが。
「……なあマリン」
「?」
「お前は、いつも一生懸命に家事とかやってくれるけど、何でそこまで頑張るんだ?」
「……え」
お菓子袋に向かおうとした小さな手が、びくりと止まった。ジン太を見る瞳が微細に震える。
「あっ!違う!別に悪いってわけじゃなく!むしろ感心してるんだがっ」
慌てて説明するジン太は、しかし己の心に反発している部分もあった。
(右の手)
まだ微かに傷跡が残っている、それは。
そうして頑張って来た証でもあるが。
痛ましくも思える。それを喜べるかというと。
(――喜んでいるな。俺は)
【親友の罵倒が浮かんだ】
「……なんでって言われても。だってわたしの仕事、だしっ」
目を泳がせながら言葉に詰まりそうになるマリンと、判断に迷うジン太。
ここは踏み込むべきなのか。と。
(考えたって分からない)
そんな事は山ほどある。今だってそう。
なのでジン太は更に深く聞くことにした。
「それにしたって、才力の習得までやるのは行き過ぎじゃないか」
「っ!」
「俺としては普通に家事やってくれるだけでも」
「せ、船長が危険に突っ込むからでしょうっ!?」
怒声のような。それとも悲鳴か。
周囲の人が奇異の目を向ける程度には、響く声。
「だ、だからわたしはっ!こんなに傷ついてもっ。それで船長を守れるならってっ」
ジン太が聞いた経験のない、必死な叫びが少女から放たれた。
「マリン?」
「ッ!!」
ジン太に向けられる瞳の種類は、怒りより恐れが強い。「これ以上踏み込まないで」と、訴えている。
彼は踏み込めない。強い拒絶の光がそれを許さない。
「――ジン太さん」
マリンは絞り出すような声で、言った。
「ごめん、ね」
泣きそうな表情で話は終わり。
楽しい時間も終わってしまった。
「――」
帰り道は気まずさに満ちていて、二人にとってとても居心地が悪い時間になって。
「随分と酷い顔ね。二人共」
夕焼け空に帰宅。
帰ってきた家で待つフィルは、何かを察してか軽く流した。
マリンは無言で、彼女の隣になるようにソファーに座る。
ジン太は気まずくなって二階へ。
(何が不味かったのか)
自室のベッドで横になり考える。
(あの様子……何か触れてはいけないことに触れた)
拒絶された時の事を思い出す。
マリンにとって、そんなにあの言葉は駄目だったのか。
ただ、彼女が心配で。
(……それでもこうなったしな)
白いシーツを強く握り締め、彼は苦悩する。
フィルの事に加えて悩みが増えてしまった。
(身近な人の気持ちを知る)
その人の事を分かった気になっていても、やはり何かがずれている。
真に理解するなんて不可能だ。
(――お前がそうだったよな)
昔のことだ。
ある少年が・ある少年に出会い、行動を共にした。
互いの本質が、絶対に相容れないものであるとも気付かずに。
(宿敵)
正しく、ジン太にとって彼はそんな存在なのかもしれない。
今でも忘れないその才が、脳裏に散らばっていた。
「……ッ」
外が暗く染まっていき、彼の心も晴れずに沈む。
太陽は昇るか・そのまま堕ちるか。
●■▲
「――そうか」
ぽつりとした言葉はこの時の状況では珍しい。
彼の心は収まり、認識が安定してきた。
【ぎゃはっはっ!!よくもちょこまかとっ!私の◆秘密武器◆を避けてくれやがってッ!!】
■城内・一階:エントランスにて■
■置かれた芸術品などは無残に砕かれていき、部屋はその形を失っていく■
頭を叩く声の正体も今ならハッキリと理解できる。
白いドレスを赤く染め上げた、意志ある【才物】。
整った顔を不細工に歪めながら迫りくる。
「変形ッ!回転ッ!射出ッ!!」
左の掌が【開き】、その奥から顔を出す大きな金属兵器・クルトが知らない進化した銃。
複数の銃身を束ねた、機関銃・ガトリングガン。
「ひゃははははははッ!!」
才力を動力源として回転を行うそれから、次々と発射される弾丸の嵐。
王を守る石造の間が砕け散っていく。
(高速の弾丸――この状態では不利)
身化を維持しながら射線を逃れるクルトは、ガルドスとの戦いで負傷した体を分析する。
(数か所に罅が・特に左足の怪我が重い・機動力は半分以下に)
勝利こそしたものの、ガルドスが残していった負担はあまりに大きい。決して容易い相手ではなかった。
(冷静になれ。冷静に)
敵は未知の兵器体・だがその程度で退くことは許されない。欠陥者相手に逃走を選択するのは、彼の強迫観念が許してくれない。
(欠陥、欠陥ッ!)
消し去りたくて仕方ない者が目前にいるのだから、行う選択は決定当然。
「欠陥者ァッ!!」
血走った目で彼が取った行動はごく単純。
「ぎゃっ!?」
「――乱雑なる思考」
霧の渦・波動砲を纏いながらの突進。
弾丸の壁を無理矢理こじ開け、欠陥者の元へ。
(器への反動――未知数)
ただでさえ反動があるバーストの持続発動。
「だがッ!!開いたァッ!!」
握り締めた斧に才力を注ぎ込み。
青き刃を大きく後ろに振り。
「――最終兵器。喰らえや」
眩い光と共に、彼は欠陥者に敗北した。
「――はっははっ!!」
記憶の認識が終わり、薄暗い室内で渇いた笑いが起きる。
直視してしまった現実に、感情の昂りが抑えられない。
「くっくく!!」
両手で抱えた頭を伏せながら、正気に戻ったクルトは。
「……欠陥ッ!!大欠陥ッ!!失敗ッ!!屈辱ッ!!私はッ!!あんな奴等にッ!!敗けたのかァッッ!!?」
正しく戻った狂気を言葉に込め、世界壊す強迫を炸裂させた。
根性なしは治らない。
いずれ世界そのものを、完璧に削るまで。過ぎて・消える・この世の果てに。
「ガるッ!!ドスッ!!」
欠陥者の名を叫んだ。
◆届いた声は◆
「――糞野郎がっ!しつけェぜ!」
吹雪が視界を奪う、【コリン雪原】を逃走中の賊。
髭を生やし、毛皮のコートを着た男性だ。
「へっ!へへ!ちょっと金目のもんを恵んでもらっただけだろうがっ」
抱えた大きな袋に入っているであろうそれは、どう見てもちょっとではなかった。
「まったくっ!準・総隊長ともあろう方が、小物くさいこってっ!ッ!?」
賊の笑いと走りが同じくストップ。
白い光景の中に、その人物が立っていた。
「ぐっ!?てめェ!」
賊が睨む姿は、灰色の防寒着に包まれ。
右に持った長剣が危険を伝える。
「……」
ただ無言で威圧する男は、それ以上の逃走を阻止。
盗賊は少し後ずさりし、腰のナイフに手を掛けた。
「……へへ。如何にも俺っちが負けそうな流れだがよ」
後退を止め、殺意を剥き出しにする。
覚悟が決まった男の目だ。
「やられてっ!たまるかよっ!」
「……っ」
雪に埋もれた賊は無念の表情を見せている。
「……」
剣を持った男は、何の反応も示さずに横たわった彼に近づく。
「――イリシュバルの威光を知れ」
一言だけ残し、真っ直ぐに鉄槌を振り下ろした。
強国・ロドルフェの、ある一日。