静止
「ノードス君!お疲れのようだね!肩揉むかい!」
「いらん。休ませろ。絡むな。気遣いになってない」
ギルアの小さな町。その一角に建つ劇場内。
時刻は既に夜。劇場奥ステージ上の台座に置かれたオイルランプの火が、静かに揺らめく。
「そんなこと言うなよー!一緒に飲み会行こうぜー!」
「ふざけんな」
左右二列に並ぶ長椅子の、右列最前席に寝ているノードスの顔を、背もたれ側から覗き込むガルドス。
「頼むよー!誘っても、誰も付き合ってくれないんだよー!冷たい!」
【えっ!わたくしと一緒に飲みたい!?――寝言は死んでほざけや!ギャハハ!】
【あんた、僕に借金あるよな?散々立て替えたよな?おいっ】
【用事があるの。ごめんなさい】
「人望なし。無能上司」
「ぐおっ」
ガルドスの心に容赦ないパンチが打ち込まれ、彼は後ろに倒れそうになった。
「……はぁっ、はぁっ、やるじゃないか。ノードス君っ」
「茶番なら余所でやれや」
「――真面目な話がしたいのか」
ガルドスの声色が一瞬で変わり、気を抜いたら命を吹き飛ばされそうな威圧感を放つ。
「そっちのがマシ。かもな」
「なら任務達成お疲れ様だ。今回は、ちょっと変わった任務だったからな。どうだった?」
「特になにも。自分で望んだし。……なにもねぇよ」
「そうか」
言葉に混じる僅かな違和感を感じて、それを追及することなく問いを収めたガルドス。
踏み込むべきではない。そう判断した。
「そっちこそどうだ。収穫」
「おお。そりゃあもうガッポリと!儲けましたぜ!」
「大量にあったのか。あの玩具」
「製造場所にたんまりとな。ただまあ、殆ど命中率が低いタイプだ。捕えた製造者を使って改良する必要があるが……これでロドルフェにも新武器・誕生!って、玩具かいっ!」
「そうだろ。才力に比べれば」
あの程度の【銃】など、使用価値なしと怠慢男は言い放った。
「言うことが違うなー。――第零異海の出身は!」
「……だから?」
「いやー、お前にとってはロドルフェ何て大したことなく見えるのかも。ってな!」
「全部そうだ。弱すぎる」
この異海自体が脆くて頼りないと、ノードスは言う。
「【あの海】なら、容易く侵攻できるか」
「できる。するかは知らん」
「あっちも一枚岩じゃなしと。――やだねー、どこも陰謀・策謀でドロドロしてて!」
「必然だろ」
詰まらなそうに欠伸をして、始まりの海から来た男は故郷を想う。
「何処も同じ」
変わらない景色を回想する。
「っと、辛気臭くなったところで!見たまえ!これを!」
「?……酒か」
ノードスの視界に映る毛深い右腕には酒瓶が。
「美味そうなのが王城の酒蔵にあったから、持ってきたんだ」
「酒はいかん」
「なぬ」
「持ってきたのあるだろ?他」
ふっふっふっと笑いながら、後ろの席から黒色の液体が入った瓶を取るガルドス。
「コーラって奴、好きだなー」
「まあな。サンキュー」
寝ながら腕を伸ばし、上から差し出された瓶を掴もうとして。
「ギャハハは!フィアちゃん登場!ですわ!」
掴むと同時に、ガルドスの後方にある劇場の出入り口が開かれた。
入ってきたのは騒がしい声だ。
「遅れたわね」
落ち着いた声も。
「おっ!おっ!やっぱり寂しくなったか!素直じゃないんだから!もー!」
「エドワードはまだ仕事が終わらないってよっ!うーん、あの真面目ちゃん!ぎゃはは!」
号泣しながら二人の元に走る上司(手には三つのコップ)。必死さを隠せてない。
「さっ!金のコップ・銀のコップ!それともオレが作った」
「うわっ鼻水。わたし金」
「私は銀ね」
即座にコップを選んでしまった二人。
残されたのは、右手の変な柄のコップ(珍妙な絵が描かれている)。
「くそっ、徹夜して作ったのに!」
悔しそうに涙を流しながら、後方の椅子を指差すガルドス。
「あそこに飲み物は用意してあるから、好きに取ってくれ」
「私、酒は駄目なんですけどー!ぎゃは!」
「なんでも問題はないけど、出来ればワインがあれば」
「オーケー!有能上司のオレは、しっかりそこら辺も把握してるんだな!」
静かだった劇場内が少し騒がしくなり、侵攻を主とする第三部隊の面々は任務終わりに一杯。
「ほら!ノードス君も乾杯!」
「めんどい」
それすなわち、ロドルフェの勝利に他ならず。
他国の資源・戦士などを吸収しながら、力を増していく国。
(第七異海の【十人の王】とは違う。完全一強――ね)
ノードスは瓶を傾けながら、この異海の未来について。
(――どうでもいっか)
考えるのを止め、ただ堕落していく。
●■▲
「早く早く!」
「おいおい、そんなに焦るなよ」
第一地区を共に歩く、昼のマリンとジン太。
現在地は、丸い【リループ広場】の南に位置する通り。
「あー、今日は丁度いいよな」
「なにが?主語抜けてんぞ」
「気候がさ。これぐらいが好みなわけよ。これで彼女と一緒ならな~」
通行人が言う通り、今日の王都は快適な気候を保っていた。
「船長!今日は本当に好きなだけ買っていいの?」
「そうだぞー。太っ腹な船長に感謝するのだ」
「やったぁ!船長の財布ゲット!」
「財布て」
ジン太の前でスキップしているマリンは、嬉しそうな顔を彼に向けている。
(まあ、いつも付き合ってやれなくて悪いしな。……銀行に預けてあるルビィは、まだ余裕ある)
以前アスカールに来た際に紆余曲折あり、ジン太はかなりの額を持っていた。
ポケットにいれてある袋には、事前におろしておいた金が。
「あっ!可愛いぬいぐるみ!」
早速、欲しいものを見つけて走るマリン。
ぬいぐるみ屋のショーウインドーに反応した様子。
「思い出しちゃうな」
そこに飾られた猫の人形が、リアメルで出会った友人を思い起こさせる。
「欲しいのか。それ」
「ううん、そんなに人形好きってわけじゃないよ」
少し寂しげに別の店へと向かう彼女。を見て、ジン太は。
(ああ言っても、マリンがそんなに使うわけないか。フィルだったら遠慮しないだろうなぁ)
「好きなだけ買って良いと言ったでしょう?」
「うっ」
以前とんでもないことになり、フィルにその言葉は使わないようにしたジン太。
口は何とやらを学んだのだった。
(マリンが欲しがるものと言ったら、お菓子ぐらいか)
この通りに高級菓子屋なんてものはない。などと、せこい考えを起こす男。
「見てっ、綺麗な花だね!」
「ああ」
マリンは開放型の花屋に入り、棚に並べられた花々をじっくり見ている。
花とかは良く分からないジン太だが、色取り取りで悪くないと思う。
(いい匂いがする)
何の花だろうか?と。
(フィルに――興味ないか)
一瞬そんな考えも過ったが、彼女には本の方が。
(――あいつにとっての、それ以外は何だ?)
【弱者を甚振るのは。楽しいです】
(などと、とんでもないことを言っていた。……あいつの異常性については、長い付き合いで掴めた。少しは)
しかし、その先は。
【残念です】
「……アウトだろ。その眼は」
彼の背筋に氷柱が突き刺さる。
「――パパーッ!!どこっ!?」
と、花屋の中で子供の泣き声が聞こえてきた。
(女の子?)
ジン太達の左方向、店の奥に。
両膝を床につけて、泣いている少女がいる。
「あっ」
気付いたマリンは反射的に、その子の元へ行こうとして。
「?」
何故かその足を止めた。
そうしている内に、少女の親がやってきて。
「パパっ」
「すまない。心細かっただろう」
再会した親子。
「――だめだよ」
それを見て、呟きは漏れる。
「だめなんだよ」
ジン太の目に映るマリンの背中は、酷く朧げに揺れていた。
親子が陽だとするなら・彼女は影。