火種
「お前という奴は、本当に風紀の敵だな」
別れ際にそう言い、アッシュは去って行った。皮肉ではない素直な言葉だ。
「くっそー、なぜに奴はモテるんだ。僕の方が戦士としては――まあ、同格かね」
一瞬だけ敗北のイメージが湧き、ロインは汗流す。
「早く戻るぞ。リンダ先生に渡さなきゃな」
ジョージに促され、ロインは泣く泣く教室へと帰還。
「――では教科書の」
二時限目の授業が始まり、己の席に着くロイン。
黒い革の表紙の教科書を開き、しかし意識は集中できず。
「……」
自然と目線が左の窓・外に向き、西の校庭を見遣った。
(今日も木々の様子に変化なし)
風に揺れる葉の動きを目で追い、ぼんやりとした時間の流れを味わう。既視感を感じる一時。
(あの時は、くそつまらないと思っていたが。今は)
様々なトラブルに見舞われて、心境に変化でも起きたのか。
(――やっぱ、勇者になりてェ)
そんなことはなく、彼は混沌を望む。
ただし、だ。
(大切な人を巻き込むなら、この詰まらない平穏の方がマシだ)
その気持ちが強くなった、様な気がするロイン。
(――メイ)
視線を反転させ、教室内の一点を見る。
そこにあるのは幼馴染の姿。
(距離が遠く感じる)
こんなにも遠いのは、彼にとって初めての経験だった。
(元はメイの知人のものだったらしい家を貰って、そこに住み始めた)
そこでロインがメイと過ごした時間は、間違いなく距離を縮めていった筈。日々の中で、相手が自分と一緒だと薄々感づいていたのかもしれない。
(本当に充実した毎日だったのにな)
溜め息と共に視線を教卓側に。
「……つまり、才物によって抽出された要素が」
その奥に立つ、さっぱりした短髪教師の授業に聴力を集中。することで、気を紛らわせている様にも見える。
「メイ」
羽ペンを走らせながら呟きは出た。ノートに書かれた文字は乱れ、纏まらない。
(――纏まらない。頭がっ)
思い切り床を叩き、加えて頭を叩き付けた。
(割れる――割れる――これはっ!?)
【――ギャハハはッ!!●●ドスッ!!なに、負けてんだっつーの!?】
下品な笑いがクルトの鼓膜を叩き、それを払うように頭を振り乱す。
その声を何処で・何時聞いたのか、朧げだ。
(だが、胸に燃え盛るこの炎はっ)
怒りを元にしたもの。時にとてつもない力を生む、執念の輝き。
(欠陥・欠陥ッ!!)
決して許せぬ欠陥者達、それを止められないという大きな欠陥が。
彼の怒りを燃やすもの。
「グアアッ!!」
◆叫びは、遠い地に向けて◆
「――うああっ」
時刻は昼になり、空はそれなり快晴模様。
「ゆるしてくれっ!わざとじゃないっ」
なのにロイン宅に響く声は、どんより湿っていた。
トラウマが再燃した男の声だ。
「船長。不気味だよ」
ソファーに座って彼を見ている少女。
映る光景は、恐怖の表情で上体起こしを繰り返す(上半身裸&虹色の波動付き)変質者だ。
(もっと上へっ!!もっと研ぎ澄ませっ!!)
感じる力を押し上げて、更なる高みへ導いていく。
かなりの集中力が必要な為、精神に掛かる負荷も大きい。
(立ち止まっている暇はないぞっ!青春は待ってくれないんだっ!!)
だが、彼は熱意を燃やし続ける。
ただ積み重ねていく。
【無様】
「?休憩?船長」
動きが止まったジン太を見て、マリンは不思議そうに声を掛けた。
「……ああ。少しな」
数秒間、目元を押さえるジン太。それに使う右手が少し震えている。
「だ、大丈夫っ?水欲しいっ?」
「いいや。……悪いな、心配かけて」
右手を離して、マリンに笑顔を向ける。
「ちょっと疲れてる顔、だね」
「そう見えますかっ」
「見えるよ!もっと休んで!」
マリンはジン太にとてとてと近寄り、背中を優しくさする。
「何か食べたいものはあるかな。消化が良いものとか」
病人のような対応だ。
(そんなにかよっ)
複雑な感情で優しさを受けながら、「大丈夫」だとマリンの頭を撫でた。
「やっぱり何だかキツそうだよ。――そろそろ時間だし、止めにしよう。ね」
「……時間か」
出入り口側の窓からは、昼の光が不足なく射している。
絶好のお出かけ日和と言えるかもしれない。
「――だな!汗流してくる」
「うん!なるべく早く!」
ジン太は立ち上がり。近くの床に置いた上着を拾い、一階左奥にある扉へと向かう。
(いや、待てっ!早まるなジン太っ)
扉のドアノブに触れて、何かに気付く彼の脳内。
(さっきのハプニングを思い出せっ。俺の中の経験が危険を告げているっ)
急速に冷えていく体。この後の展開を予想する頭。
(いきなり開けて、ばったり着替え中っ!)
そして飛び出す鉄拳。
(なんてことになるっ。可能性っ)
先ほどの出来事が尾を引いているのか、変に疑心暗鬼状態なジン太。
「フィル!いないよなっ」
大声で確認する彼は、中からの返答を待つ。
「いないなっ」
10秒経った。
「なっ!」
三分経った。
(……行くかっ!)
彼はドアノブを回し、ドアを開ける。
(行くぞォッ)
「なにをやってるのかしら」
「さあ?なんであんなに動き遅いのかな。足が震えて」
傍から見たら珍妙にしか見えないジン太を、傍から見ている女性陣。
マリンの手には本があり。ソファーに並んで座りながら、マリンはフィルに何らかの知識を教えて貰っている様子。
「もうっ、早くって言ったのに!」
「諦めなさい。あの男に高望みするのは」
(いない――やったっ!俺はふざけた運命を回避したんだっ!)
仲間達の白い視線も知らずに、彼は意気揚々と浴室へと向かった。
×××
――ロドルフェの誇る最高戦力・不滅成滅人。
いくつもの部隊に分かれた、最強無敵の軍隊。
「押せっ!押せーっ!!」
ある時ロドルフェに齎された、超常の力。才力。
それの普及により、ロドルフェは一気に第六異海最強の国家へと変貌した。
「勝てるっ!!勝てるぞッ!!噂だけではないかっ!我等の【銃】の敵ではないっ」
他の強国と小競り合いを続けているが、軍事力の差は一目瞭然。
主な理由はやはり。
「後列部隊前へっ!!一気に」
「ストップ」
第六異海で初めて銃兵器を生み出した、強国【ギルア】の町で起きた侵略者との戦争。
迫りくる兵達を、多数の銃弾で寄せ付けないギルア兵だったが。
「ッ!?うっあああああっ!?」
「な、なんッ!?」
町の西通りを塞ぐように展開している数十人の兵達が、悲鳴を上げる。
皆が焦って銃を放つが、正面から来る【男】は止まらず。
(――だるい)
その男は歩いて。短剣を振って。
次々と倒れていく、ギルアの兵達。
「くそっ!化け物がっ」
【男】の周囲。建物の屋根から狙撃が行われ。
(だりぃ)
撃った順に・屋根から鮮血が舞った。日の光によって、血生臭い光を持ちながら。
「こ、これは?」
部隊を率いるリーダーで、強固な体躯を黒い軍服に包んだ男・ジンコは現実と幻想の狭間にいた。
目の前の光景が、彼の受け入れられるストレスを超えようとしていたからだ。
その間にも、男が接近してきた。
「――我等は、恐れない」
しかし表情を整え、すかさず決意の炎を燃やし始める。
「我等は、磨いてきたのだ」
合唱するかのように、空を仰ぎながら彼は言う。
「武力を。知力を。団結力を。愛国心を薪に変え、熱意燃やし進んだ」
目を瞑り、三十数年の人生を振り返る。
【名は、ジンコと言います!この心臓を国に捧げる為に参りました!】
誓いは強く・今でも忘れず。
【どうした!その程度では、立派な兵になれんぞ!】
辛いこともあったよね。
それを乗り越え、新兵を指導する立場になり。
【よくやった!我が軍の誇りだ!お前は!】
楽しいこともあったよね。
汗と涙の果てに、強い絆が生まれた。
「だから、我等が負けるなど有り得ない。我等の力はこんなものではない。きっと覚醒する。今に見ていろ、王が夢見た無敗の王国まで我等尽きぬ。折れることない。止まることなき努力で、いずれ我等は――――絶対勝つんだよォッ!!?」
「うざってェんだよ」
「や、やめっ――ぺっ」
ミジンコを踏み潰すかのように、ジンコの汗と涙の苦労を重ねた三十年の人生は幕を閉じた。
「終了っと」
軽く言い、地面に寝転がる。
近くの倒れた兵達など構わず、彼の頭の中は既に休息中。
(帰ってゲームやりてぇ)
大欠伸をしながら、彼はふと思い出した。
「――ジン太」
かつて短剣を譲った、理解できない・下らない男の名を。