ずれる認識
第三地区の監獄。
特に危険な囚人が収監される、【特殊警戒牢】にて。
「――ぐっ、がっ、!?」
重く暗い空間からは、【怪物】の唸り声が響いてくる。
それは鋼格子の隙間を通り抜け、監獄内に広がった。
「どうした?クルト」
牢屋の前に立つ、青・黒を基本にした衣服を纏う男二人。その内の一人が、振り返らずにクルトの様子を伺う。
「ぐっぅ!」
黒白・縞模様の囚人服を着た男。
牢屋内のクルトは、両手に板状の枷を嵌められた状態で床に蹲る。顔には汗が浮かび、苦しそうな様子だ。
彼の頭の中では、ある種の記憶の嵐が荒れ狂っていた。
「っ!!」
あまりの苦悶から床を殴打。
才物である手枷に仕組まれた【逆制御】のシステム。器を繋げた際に、逆に才物側が使用者の器を操作する機能。
よって、器の動力を封じられた怪物にはそれが限界。
「ぐぅっ!?」
構わず何度も、床を叩き続けるクルト。
それは、やり場のない怒りをぶつける行為にも見えて。
「許っ、せんっ!!」
失った何かが戻ろうとしていた。
◆波乱の幕開けは・近い◆
「――目覚め、良し。青春の一歩だ」
ぱちりと開いた両瞼。気持ちよく覚醒した意識。
ロイン宅二階・ジン太の部屋。散乱したトレーニング器具や、書物の類が確認できる。
窓際にあるベッドの上で、新しい一日が始まった。
「……よいしょ」
ベッドから下りて、近くのクローゼットを開く。
(よし!これだなっ)
そこに掛かった服の群れは、一様に地味な色合いのものだ(ジン太の趣味)。その中から適当に一着を手に取り、取り出した。
灰色の長袖上着に、黒の長ズボンの組み合わせが完成。
「普段通りだ……」
あんまり服に拘りはないとはいえ、もう少し工夫するべきかと思うジン太。
「あ、おはよう!船長!朝食は待っててね!」
ロイン宅・一階。
とても元気な挨拶で彼を迎えたのは、台所に立つ赤毛の少女(エプロン姿)。蛇口が取り付けられた円柱の頭に触れ、操作用の輪型波動を発生させる。
「おう、おはよう」
コンロに載せられたフライパンの様な調理器具の上には、いい匂いを放つ魚が。
「おはようございます。……目が赤くなってますよ」
もう一つの声。
「昨日、張り切り過ぎてな。成果はともかく」
「そう」
長袖の黒ワンピを着た、冷静な印象を与える少女。
ソファーに座ったフィルが挨拶し、横に少しずれる。応じてジン太は彼女の隣に。
彼女の両手には分厚い書物が。
「何の本読んでんだ?」
「植物図鑑よ」
「……本当に見境ないな。楽しいのか、それ」
「割と。楽しいです」
軽く言葉を交わす二人。淡々とページを捲るフィルと、その様子を何気なく観察しているジン太。
(楽しそうだな)
普通では分からない僅かな機微から、ジン太はフィルの感情を読み取る。それが出来る位には彼女のことを見てきた。
(最初は仲間と言えない関係だったが、今では普通に接することができる)
始まりの死闘(蹂躙?)からここまで、なんだかんだで縁が続いている彼等。ジン太の方は最初の恐怖感が(一応)薄れ、大切に想える相手にはなったのだろう。
(なら、フィルの方はどうかというと)
フィルのことをじっと見つめ、ジン太は考える。
(分からないところもある)
当たり前にある。どんなに親しい間柄でもだ。
(しかし俺は)
ジン太は彼女の事を――。
「船長、ちょっと」
「あ」
考えるのに夢中で、フィルに接近し過ぎたジン太。あと数センチで、彼女の髪に鼻が触れそうになる距離。
「……」
「……」
変質者を見るような目で、すすすと静かに距離を置くフィル。
「えええっ!?」
とんでもない誤解を受けていると思い、ジン太は狼狽する。
「……積極的」
背後のマリンは「あらあら」といった顔で、口元をおさえてにやけ顔。
「ええっ!?ちょっ、待っ!」
なんとか誤解を解こうと彼は立ち上がり、ソファーの端に移動したフィルの元へ。
「違うぞフィっおわっ!?」
慌てた所為で足がもつれて、前方に突っ込む体。
着弾先は必然。
(――柔らかい。この感触は、以前にも)
遠い記憶を探る彼の脳内は、ある種の現実逃避状態に入っている。この後自分を待ち受ける運命を知っているからこそだ。
(動けない。ぞ)
冷や汗を出しながら硬直したままのジン太(抱き付き姿勢)。この地獄への列車から脱出する方法を模索するが、そうやって行動を起こさないこと自体が悪手であることに気付いていない。
「――貴方、いつまで埋めているつもり?」
冷たい声が発せられた。
ジン太はゆっくりと顔を上げる。
「許し――」
トラウマが新たに生まれた瞬間・彼の悲鳴はどこまでも。
●■▲
「調子が悪いわね。壊れたかしら?」
天上学院・三年C組教室。時刻は朝・牛の時、一回目の休み時間。
担任リンダは、ボードの前で頭を悩ませていた。
手に持ってるのは、生徒達が槍と呼ぶ補助具。これを使用することで容易く内部構築(文字限定)が可能になる。
「どうしたよ!先生!」
「水臭いぜ!悩み事なんてよ!」
ジョージとケビンが肩を組みながら登場。ロインは不在の様子だ。
「少し槍の調子が悪くて。困ったわ」
ボードに残った黒い文章を見ながら、溜息を吐くリンダ。
「消せないのか。書くことはできんだろ?」
「ええ」
「ボードの方が壊れてる可能性もあるけど、多分槍だよな。予備は」
「切らしてしまったの。取りに行かないと」
教室出入り口の引戸を見て、彼女は外に出ようとする。
「なら俺が行きますよ。丁度、一階に用があったんで!」
「――誰か(美女)が僕に助けを求めている」
東校舎と西校舎に挟まれた中庭で、大きな花壇前のベンチに腰掛ける男。
両腕を椅子の後ろに回し、何故かサングラスを掛けている。更に、制服の前を開いて腹筋アピール。
(たまの休みに、新鮮な気持ちを味わうのも良いな!)
疲れた体を休めるロインは、ついでにアピールしておこうかと思い立ち。
(さあ皆!僕の半端ない姿に、見惚れるんだYO!!)
美女達の視線を受ける自分を妄想・開始。
【やだ、あの人かっこいいっ】
【誰かと思えばロイン選手!】
【私、サイン貰ってくる!】
「やだ、なにあの人。口が変」
「あれ、ロインさんじゃない?優勝チームの」
「ちょっと幻滅。行こ」
現実はこうなった。が、本人は知らないので格好付けたまま。
「フフ、今日は太陽が気持ちいい――」
「なにをやっとるんだ。お前は……」
「はい?……ジョージか。お前こそなんだ」
「俺は備品室の帰りだ。埃ひどいな、あそこ。ちゃんと掃除されてない」
いつの間にやら、背後に立っていたジョージ。右手には補助具が。
「なるほど、さっきの気配は先生か。くっ!僕としたことがっ」
「不覚に思うなら今の状態だろ。中庭で休むって言うから様子を見に来れば……窓越しにずっこけそうになったじゃないかよ」
「校舎の中から見て、そのインパクトかっ。周囲の反応はどうだっ」
「不審な男・要通報。って感じだな」
「?」
額を押さえて、ジョージは溜息。
「そろそろ時間だし、戻ろうぜ。早くしないと」
「――また、お前か」
日光によって光る委員長専用腕章。
時既に遅し。校舎からベンチへと続く赤レンガの道を通り、風紀委員長が参上した。
「なんだよアッシュ。僕は、何もトラブル起こしてないぞ!」
「怪しい男がいるから対処してくれと頼まれた。何か言うことはあるか?」
「見てっ、アッシュ先輩!」
「本当に素敵……!」
「私、もっと近くで見てくる!」
「――馬鹿な」
本気でショックを受けてるロイン。
「お前は、他人から見えてる自分像がずれ過ぎなんだよっ」
自信過剰過ぎる友に、今日も振り回されるジョージであった。