再会
「――彼女に会うには、このルートを通らないといけない。王城に繋がっているんだ」
俺とレンド、二人の足音が通路に響く。
建物の奥にあった赤い扉から、この石畳の通路に入った。中はひっそりと静まり、足音が良く聞こえる。
俺の視界で、壁に取り付けられた蝋燭の火が妖しく揺らいだ。
「この通路。才力が宿った通路か。才物に分類される。種別は、道の接続」
「おれ達は、天の道って呼称してるな。……詳しいんだね」
この島に来る前に、資料に目を通しておいたからな。
(物にも、才力が宿る)
誰かの手によって作られた、命を持たぬもの達。それらにすら、付属する力。
そういった物を、才物と呼ぶ。
(俺も一つ持ってる。それもレア中のレアを)
これを手に入れる為に痛い思いもしたが、結果的には良い方向に転んだといえる。フィルも……仲間になったしな。うん。
「空間の乱れが激しくなってきたな。そろそろ接続面か」
俺の前方と周りの壁に、異変が生じる。石造りの灰色の壁が、いくつかの部分だけ変色した。
色は白。変色は一定時間経つと元に戻り、更に一定時間経つと再度の変色。
「混ざり始めたね。……そうだ、一応伝えとこうかな」
「?」
少しだけ前を歩くレンドが、少しの緊張感を俺に伝えてきた。
「なんか最近、妙な噂があってね」
妙な噂?おいおい、なんだよ不安になるな。
「この国を乗っ取ろうとする、不穏分子がいる。……そんな噂なんだが」
「不穏……」
――何故か。イケメンの顔が浮かんだ。
……まさかな。
「ままっ、ただの噂さ!そんなことより、天の力に思いを注ごうじゃないか」
「そっ、そうだな!」
単なる噂だ。噂。
「ジン太は、どんな力が欲しい?」
「うーん、やっぱり肉体を強化するやつとか」
あれは便利そうだ。色々なことに使えるだろう。フィルの奴ほどの強化は無理……かな。
「普通すぎないか?やっぱりさ、空飛びたいだろ。男の夢的に考えて!空飛んで旅とか!」
「お前は、船に乗って旅をするのが好きなんじゃなかったか?」
「たまにはそういうのも、ね」
残念だが、レンド。空を飛べる才力はないぞ。いや、まだ確認されてないだけかもしれないが、少なくとも後天的には手に入らない。
「いやー!夢が膨らむな」
「そうだなー」
夢を壊しちゃ、あかん。そう考え、口を閉じた。
「きちんと二人共に習得できたら、町の酒場で飲もう!」
「騎士的に大丈夫なのか?おごりは?」
「そっち」
ふざけんな!壊すぞ!!
「あの酒場は、料理が滅茶苦茶美味くてさ」
「ほう、それじゃあ楽しみにするか」
俺とレンドの下らない歓談は、少しの間続き。
「完全に、変わった」
白い壁とそこに飾られた風景画、赤を基調とした絨毯、高級そうな窓から見える庭園らしき場所、明らかにさっきまでの場所とは違う。
ここは、王城だ。つまり、フェルンから少し離れた王都に到着した。あり得ないほどの、短時間で。
これこそが、異なる道と道を繋ぐ接続の力。
「王城の廊下に到着か。あの扉の向こうに」
おれ達の前方、二十歩以内に到達できそうな距離に、大きな扉がある。
「ああ、いるんだ」
赤い両開きの扉、あの向こうに。彼女と、
(求め続けた)
才力。まだ見ぬ、未知の領域。俺にそれを扱う才能があるかは分からないが、天才的な「才使い」になれる可能性もあると。
(フィアはそう言ってくれた。だから俺は、それを信じて色々とやってきたんだ。そして功績を認められ、遂に――天才)
特別な人間。優れた人間。そういった存在になれる可能性が。
【もうあの涙も汗も、傷つき裂けた両手も、全身を襲う痛み苦痛も、無駄にならずに済む】
(夢が、あふれる)
しかし、俺の足は進まない。
理由は、ドアの前に立ちふさがる物体。
「なんだ?犬?」
赤い体毛が、鋭い牙と目つきと爪が、俺の注意を解かせてくれない。どうしてか、体が震える。
「おい、レンド」
俺は左に立つレンドに、横目を向けた。
彼の口端が、僅かに上がっている。
「――え」
その笑みは、何度か見たことがある。目論見が上手くいった人間の笑み、とても危険な笑み。
――俺は咄嗟に、右斜めに飛び退いた。
「ううあッッ!?」
俺が立っていた地点を、切り裂く爪。かなりの速度で飛びかかってきた赤い犬の、確かな殺意。
「……!?」
その斬撃は、とても鋭く殺意に溢れていて、ならばこそ俺の脳裏に浮かぶ一つのイメージ。
避けなければ、死んでいた。
「あっ……はっ」
高鳴る心臓、冷えていく体。突きつけられ現実に、抱く思いは。
(逃げろ。さもなくば)
俺は反転し、全力で走り出した。
「ごめん」
そんな呟きが、聞こえたような気がしたが、今はどうでもいい。
走れ、走れ、走れ。
「はっっ!!」
遠ざかる、希望の光。彼女の居場所。
「はっっ!はっ!!」
その代わりに俺に迫るのは、暗く重い絶望だった。
「ごめん」
呟いた言葉はジン太に届いただろうか?別にどちらでも構わない。おれの罪悪感を消すための言葉なのだから。
(罪悪感はある)
当然だ。おれは彼を本当に友達だと思ってたし、彼と過ごす時間は本当に楽しかった。
なら、何故に裏切ったのか?答えは簡単だ。
(死にたくないから)
死にたくない。おれはあの人に殺されたくない。
(おれの主)
元々おれは、あの人に雇われてこの国で騎士をやっていたんだ。
(騎士なんて……)
別に好きでもなんでもなかった。旅の方が好きだ。
だから、あの報酬に飛びついた。
(一生の旅ができるほどの富と、自分の立派な船、並べられた報酬の数々)
飛びついてしまったんだ。
(後悔の底へ)
まさか、こんなことをやらされることになるとは。なぜ、詳しい内容を聞かなかったのか。自分の迂闊さに吐き気がする。
しかし一度やると言ったからには、やらないと。時間がない。
主は、約束を破った者には非常に厳しい。
(破ったら)
どうやって殺されるか?まず間違いなく、まともな殺され方はされないだろう。一度だけ、主の【やり方】を見たが――この男は、本当に同じ人間か?と。
想像するだけで、ああ嫌だ。
「……」
そうして今、その死から逃れられるところまで来てる。
(扉を開ければ……中の護衛も対処済み)
天の使い様がいる。彼女を連れ去れば、おれの仕事は終わり。その為に【あの人】に助力を頼んだりと、準備してきた。
ああ、ここまで長かった。おれは、やっと不安から解放される。感謝するよジン太。後で伝えるのは無理そうだから、今伝えよう。
君と出会えて、本当に良かった。