機会
両脇に店が建ち並ぶ【大炎通り】で、トラブル発生中。
「――くそがっ!やるぞっ!」
加速を緩める気配はなく、突っ込んでくる三泥棒。
迎え撃つロイン達は、怯むことなく身化を発動する。
(バカが!丸腰で!)
体格が一番大きい男が、スーツの内側に左手を忍ばせた。
(武装補助・剣式◆M07――武強、発動)
左手で掴んだのは、剣発動用の補助具である武装補助・剣式の小型。
(器の才力を【変換】)
補助具により武強専用の才力に変換され、剣式の器に送り込まれる。
(強化・完了!)
他の才によって進化した武器が、牙を剥く――。
男の顎に、強力な衝撃が加わった。
「ごっ!?」
意識が左右上下に揺れて、遠のいていく。
賊の視界に映るのは、拳を突き出した茶髪の少年。天上学院トップの実力者。
(こいつ――!)
(速――っ)
ロインの動きを見て、瞬時に脅威を認識した他の二人。
その脅威から早く距離を取るように、走り抜ける。
「おっと!行かせっかよ!」
賊達の前に、それぞれ立ち塞がったケビンとジョージ。
「邪魔だっ!」
賊の一人・比較的細身な男が、右腕でケビンを払いのけようとする。
応じるケビンは、同じく右腕を使いガード。
「どけェッ!」
勢いよく突進する太った賊。
ジョージは、それを正面から受け止めようとする。
「うあっ!?」
想像以上の重さに、ジョージは弾き飛ばされ。
(来ちゃったよ。俺の出番っ)
自然な流れで、後ろに控えたジン太の方へ。
顔をマスクに包んでいるが、目は「退けろ!」と威嚇中。
(そんな睨まなくても)
と、ジン太は大人しく道を開けた。
自分が役立たずであることを理解している為。
太った男を通してしまう。
「へっ!それで良いん――がっ!?」
なので彼は、背後から不意打ちを仕掛けることにした。
後頭部に拳一発。
(固っ!痛っ!)
微力な限界突破では、あまりに負担が大きい一撃。痺れた拳が次を放てない。
「……テンめェッ!!」
若干前のめりになった男が振り返ると、ジン太に掴みかかり。
そのまま、店側に向かい投げ飛ばされた。
「うおわっ!」
地面の煉瓦に背中を打ち付け、ジン太の全身に痛みが伝わる。
更に彼の視界に映ったのは、額に血管を浮かばせた賊の顔。
「おうらぁっ!!」
高く掲げられる右腕が、仰向けに転がるジン太の顔に振り下ろされた。
「ごっぶおおっう!?」
大袈裟にも思える珍妙な声が上がる。
それでも男の怒りは収まらず、再度腕が振り上がった。
(やべっ!こりゃッ!?)
ジン太は、両手で顔を守る様な姿勢を取る。
「……?」
ドンと音は鳴った。が。
予想していた一撃は来ないので、両手の隙間から様子を伺う。
見える光景は、白目を剥いた賊の体が傾くもので。
「あれ?」
ジン太の左に倒れ伏す巨体。
「――すまん!逃した!」
声が発せられた方向には、黒き刃を右手に持ったジョージがいた。
彼の足もとには、賊によってばら撒かれた補助具が。
「しつこいぜ!このっ」
一方のケビンは、拳の嵐を受けている。
「糞、当たらない!?」
しかし攻撃はかすりもせず、空振りし続けていた。
すなわち彼の「目」は、完璧にそれを捉えている。
(これだけなら、学院トップの自信あるんだな)
身化の速度上昇、それによって底上げされた動体視力。
(テストじゃいつも、そこだけ評価マックス五)
ひらりひらりと、余裕の表情でかわすケビン。
対照的に賊の顔は焦りに染まる。
「こんのォッ!!」
我慢が切れた賊は、勢いよく拳を放った。
(――ジャスト)
体を反転させながら、その一撃を両の手で掴み。
「う、うわっ!?」
同程度の体格が浮かび、地面に引き寄せられる。
(タイミング!)
ドスンと響かせ、賊は地に衝突した。
見事に決まった一本背負い。
「……だぜ」
三者の賊は、天上学院の力を見せつけられる形で討伐された。
「――無茶を。するもんだ」
大炎通りの騒ぎは収まり、賊達は連行される。
「ああ、あっちはボクが対処したよ」
連れて行くのは第一の戦士達。
「それじゃあ、巡回に戻るけど……」
マルスは、去り際に心配そうな目を向けた。
「この度はどうも。何かお礼を」
才物・補助具を扱う店、サイクロショップの閉店後。
店の奥、様々な商品を入れた箱がそこかしこに置かれた部屋。箱から僅かに飛び出た補助具の剣が、部屋の明かりできらりと光る。
「どうぞ、お口に合うか分かりませんが」
部屋の中央丸テーブルを囲むように座る五人。ロイン達+オール・サイクロンの店長。
「はははは、人として当たり前のことをする。その結果っす!」
ケビンは謙遜しているが、両目に映る現金の光は消えることない。
「いえいえ、私の気が収まりませんので」
エプロン姿の中年男性、白い顎鬚を生やした店長はそれを察しているのか。
「ケビンはともかく、俺はいいですよ。レオルさん。勝手に動いただけですから」
ジョージは言い、テーブルに置かれたティーカップを持った。
「……貴方が使っていた、武装補助。宜しければ差し上げますが」
「ぶっ!?」
口に含んだ紅茶を、微妙に吹き出しそうになるジョージ。
「ふふ、ちらちらと見てませんでしたか?」
「あ、いや。それはなぁ」
少し気恥ずかしそうに、彼は視線を泳がせる。
どう見ても揺れていた。
「丁度いいんじゃねジョージ。お前、今度の大会出るんだろ?」
「そうだが……」
「ああ、闘技場の。今回は固定武器なしでしたね」
闘技場で時々催される大会。
近々開催されるそれに、ジョージは出場するようだ。
「賞金出るしな。お前の【夢】にも近づくし」
「……」
目を瞑り、ケビンの言葉を聞いているジョージ。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて!」
「はい。まいどあり!」
営業スマイルのレオルは、足元から一つの箱をテーブル上に置いた。
銀に輝く、鉄製の箱だ。蓋には店のマーク・渦巻き模様が。
「どうぞ、お開けになって」
言葉に促されるまま、ジョージは二つの留め具を外し。
「武装補助・剣式◆M07。の最新作っ」
箱内の窪みにはめられた、黒を纏うナイフ型の補助具。
「本当に無料で?」
「遠慮せずに。大会に出るんですよね」
「?はい」
「……実を言うと、私が店を始めたのはそれが理由なんです」
レオルは、懐かしむように言う。
「昔、闘技場で見た戦いに。何らかの形で関わりたくて……回り道もしましたが」
手前に置かれた紅茶を見ながら、遡る過去に想い抱くレオル。
「才能がないので、自分で戦うのは諦めたんですよ」
「……そっか」
ジョージは複雑そうな表情。
「今でも暇があれば、闘技場に見に行きます」
「あっ、てことは」
「ええ、知ってますよ。貴方方のことも」
少し尊敬の念を込めて、レオルはロイン達に視線を送る。
「エイトさんも口にしていましたし」
「おっさんと知り合いか!」
「はい、あの人の作品も扱っています」
「付き合いにくいだろ、あのおっさん」
「ハハ、気難しくはありますね。ですが、素晴らしいクリエイターですよ」
思いの外、話は弾んでいく。
時間は緩やかに過ぎて、やがて【鳥の時】から【虫の時】に変わる。
「もうこんな時間ですね。すいません」
「いや、楽しかったぜ。補助具はありがたく使うよ」
机上の箱を手に取り、ジョージは立ち上がる。
釣られるようにロイン達も起立した。
「そうしてくれると、嬉しいです」
「ああ。……それじゃ、客が来る前に退散するか」
レオルの話によると、大事な客がこの後訪れるようだ。
その為に、いつもより早く店を閉めたのだとか。
「またのご来店を、お待ちしております――」
最後に整ったお辞儀をして、客を見送るレオル。
言葉に肯定で応え、ロイン一行は店を後にした。
レオルが殺害されたのを彼等が知るのは、しばらく経ってからの事。