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入浴後

 夜は続き、月は輝きを増す。


「綺麗なものね。――貴女もそう思うでしょう?」

 月夜に映る美しき黒は、天を仰ぎながら湯浴みを楽しむ。

 放った言葉は、ただ一人場所を共有する同士へと。

「ルナ」

 湯煙に隠れたその響き。指す人物は、湯を囲む石垣に腰を下ろしていた。

「……あなたがそれを言う?相変わらず、憎たらしい程の美しさねぇ。報酬のルビィは受け取ったかしら」

 健康的な肉体をタオルで覆い、水色の長髪から水を滴らせる者。

(戦士団・第四団――影似潜無者カゲリノシト所属。ルナ・ソリュア――)

 彼女の視線は、羨ましそうにフィルへ向けられる。

「報酬ならさり気なく渡されたけど……まさか、そっちの気はないわよねルナ」

 夜の中で眩しく浮かぶ、人外の原石。

「なくても見るわよ。あなた、まだまだ自覚が足りないわ」

「……そんなに?」

 少し意外そうな声を出すフィル。

「ほんと。嫉妬すら忘れてしまうわぁ……最近、ストレスでちょっと」

「仕事が忙しいのね。お疲れ様」

「そうなのよぉ……また、スペンサーグの鼠が……」 

「近くの小国の?捕えたのね」

「ええ。才力について情報が欲しいらしいわ、研究所はそんな簡単に見つからないのにぃ。いつまで、しらばっくれるのやら。【団長】が今度の会議で、都市に入る際の審査をより厳しくすべきだって進言するみたいねぇ」

 呆れ気味に言って、ルナは両足を湯に浸ける。

「大した力もない国だけれど、あんまりしつこい様なら対処を変えるでしょうねぇ」

「……物騒」

「【ご都合国家】のキュリアムはキュリアムで、一々贈り物が多いし……狙いが丸わかりだから断っているけどぉ。何が仕込まれているか、分かったものじゃない」

■ご都合国家とは、カゲリノシトの一部で使われてる名称■

■やたらと偉そうに戦争を仕掛けて来たくせに、速攻で撃退され■

■それ以上の早さで、戦争反対の条約を結んだ国に対する侮蔑の言葉だ■

「あの国は、アスカールの恐ろしさを理解しているんじゃ?下手な真似はしないでしょう」

「しているからこそってこともあるけど。まあ、そうね……才力は強力な力よ。上を見ればどれ程強大になるかは、あなた達が証明しているし。とは言え、そのレベルまで到達できるのは本当に少ないけれど」

 湯の中で両足を動かしながら、ルナの視線は畏怖の念を帯びる。

「だからこそ、王は他国に才力を広めたがらないと」

「単純にそれだけって訳でもなさそうねぇ……何考えてるか、分かりそうで分からない人だからぁ……フィルと同じ」

 ルナの両目が探る様に光を放つ。

「内面も人外のようね、あなた」

「酷い。人を化け物みたいに……」

「意外と気にするの?」

「……まあ、ね」

「それなら御免なさい。悪気はないのだけど……」

 ルナの謝罪。

 フィルはそれに合わせて。

「――でも、ずれてるのは本当。さっきの話でそれを実感したわ」

 改めてと、付け加えるフィル。表情は分からない色を表す。

「さっきのって」

「ある相談をされたの。まったく共感できなくて」

 溜め息を吐いて、彼女は濡れた髪を弄る。

「共感……」

「そう。彼女には悪いわね」

 赤い目を細めた。視線はメリッサがいるであろう場所に。

(相談する相手を間違えてるわよ――死・殺の恐怖なんて、初めから欠け落ちているのだから)

 フィルはかつての戦場を回想する。


(共に戦った、八人) 

 天上と称される者達。

 戦う理由は様々なれど、全員が人外。しかし。

(その中にも、私ほど淡々と敵を始末するおもちゃはいなかった)

 勿論、戦う際の条件はあったが。ドルフのように何でもありじゃない。


【お前は俺と同類と思っていたが、違うかもな】


(日々の中で、ドルフは言った。……そうだった方が良かったかも)


「……」

 フィルは無言で、この場を仕切る壁【その向こう】を見つめる。

 瞳に宿す色は誰にも分からず。

「機会はあるかしら――フフ」 


 ●■▲


 外の風は程よく体を冷やす。

 炎銭前の通りに出て、男四人並んで一気飲み。

「ふはー!風呂上がりの牛乳は最高だっ!」

 瓶を手に持ち、彼等は休息の一時を堪能していた。

「しっかし、ここら辺賑わってるな」

 周囲の人の流れを見ながら、ケビンは言う。

「前に来た時は少ないイメージだったんだが」

 以前の記憶と照らし合わせると、明らかに人が多いようだ。

「それってあれじゃねぇか?近くに出来たサイクロショップ。壁に貼ってあったチラシも、そこのだろ」

 流れの方向から、銭湯の右に位置する店だろうとジョージ。

「割と評判良いみたいだしな。俺達もちょっと見ていくか?」

「メリッサ達も服屋に行っちまったし、丁度いい」

「ふう、僕は興味ないんだがね?ねっ」

「才物か。たまには良いかもな」

 ロイン達、男性陣は興味本位で足を運ぶことにした。


「――」


「……才物のシステムには、器認識というのがあるのよ」

「器認識?」

「接続機構の一種ね。器と器を繋げる前の段階」

 衣服がずらりと並ぶ、中規模の服屋。

 その並びに挟まれて、マリン達は服を見ていた。

「触ると器を才物が認識して、そこから自動で繋いでくれるの。それが接続機構の仕組み。繋げることで、その才物を操作できる」

「あのシャワーもそれだね。便利だなー」

「あれは補助具だから、少し違うのだけれど……」

 マリンはフィルの説明を聞きながら、ハンガーに掛かった服を手に取る。

 花柄の飾りが複数付いた、可愛さを強調したような服だ。

「微妙かな……飾りは少ない方が……」

 服を戻し、別の商品を物色するマリン。

(可愛いのに……)

 その服に、メリッサが惜しそうな瞳を向けている。

「いつもの服が一番なのかも、やっぱり」

「勿体ない。せっかくルビィ貯まったのに」

「うん、せっせとね。でも、またの機会にする」

 アスカール滞在中に、(年齢的な問題がある為)家事仕事でロインから貰う等して貯金したルビィ。

(船長、何か欲しいものあるかなぁ)

 ぼんやりと使い所を決め、今回は見送ることにした。


「――」


「見えて来たな。あれが、【オール・サイクロン】か」

 黄緑色をした三角屋根の建物前に、人が入り乱れている。

 去る者・訪れる者。男女・子供。多様な光景を見せる、店の前。

「……なんだ?騒がしくないか」

「賑わってるんだろ。新しい才物入手してウハウハ!って感じで」

「いや、そういう類じゃなくて」

 ジョージは店先の様子に不穏を感じ、他の三人も注意する。

(あれは……皆の目線が)

 開いた扉の先・店内の何かを見ている様子だと、ジン太。

 表情からは不安を感じれる。

(嫌な気配だ)

 彼の小物としての勘が危険を告げているような。

(またかよ。冗談じゃ)

 とてつもない悲劇が巻き起こるのでは――。


「ど、泥棒だーっ!!」


 誰かの大きな声と共に、店から飛び出す複数の影。

「泥棒?」

 影達は二手に分かれ、一方がジン太一行に向かってきた。

(なんだ、ただの泥棒か) 

 トラブルには違いないが、感覚が麻痺したジン太には大して響かない。

(黒ずくめの、男、かな)

 それが三人、身化を使用していると分かる速度で逃走中。誰も止めに入ることが出来ずに。

 三人共、膨らんだ大きな袋を持っていた。

(さて、ロイン→無視・ケビン→スルーとなると)

 ジン太の左に立つジョージが、一歩前に出る。

「わりぃ、巻き込んじまうな」

 右腕を回しながら、喧嘩態勢。

「しょうがねぇ、運が悪かったと思うぜ」

「後で奢りな!」

 腕捲りをしながら、共闘の意思を示すケビンとロイン。

 当然そうなると、二人も無視できなくなるわけで。

「!?どけっ!ガキども!」

 泥棒達と激突する、五秒前。


(……俺、足を引っ張りそうなんで待機します)


 完全に背景と化したジン太は、素直に後退した。

「うお」

 小石を踏んで、ずっこけそうになりながら。

(なんか、本当に薄くなってない?俺っ)

 己の右手を見ながら、空しい気分になるジン太。

 彼の背中には、「脇役」と書かれた張り紙がいつの間にか出現したのだった。

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