一休み
日が落ちて、夜の始まり。
「チケットは買った!いざ、目的地へ!」
「出発っ!」
第一地区に存在する、【第一・特急駅】。特急ホースの停車・発進場所。
そこに敷かれた長い道上に、とても大きな馬車と青い瞳の馬。馬車からの鎖に繋がれた馬の体は、茶の中に黄の星が散りばめられている。
それこそ超越馬の証。大きな馬車には会社のエンブレムである、力強い馬の絵が。
「やっぱ、こっちの方が店いいよな。才物とかさー。デザインは正義って感じ? スタイリッシュなのがいいわけよ」
ルート周りには、第二地区へと向かう乗客の姿が見える。
「そっかぁ?オレは第二地区が良いや!」
天上学院ではない制服を纏った男子二人が、地面の枠線の内側から出て馬車に乗り込む。
「もぐもぐっ!どこに座っかな!もぐっ」
駅の売店で買ったお菓子の袋を左手に、ケビンは先んじて特急ホースへと。
「乗るの初めて!わくわくするっ」
目をキラキラさせながら、次いでマリン。
「あ~。早く癒されたいんだ~」
ジョージは疲れ気味に声を出しながら。
「――メリッサ。来たぞ」
「あっ、うん」
「ぼーっとしてんなよ。ほら」
親友の手を引いて、ロインも馬車に。
「はあぁ……」
残業終わりで目が死んだオッサンの如く、ジン太は溜息と共に肩落とし、とぼとぼ歩いて乗車したのであった。
成果は見ての通り。大量の本には勝てなかった。
「哀れね。……ああ、報酬のことなら」
最後にフィルが、その背中を見つめて。
小さい声を同士に放ち、最後に乗り込んだ。
「これから炎銭に向かうのよ。――そこでお願いします」
ジン太達はジョージに誘われ、第二地区の銭湯・【炎銭】へ。
第二地区へと続く長いルートに、淡い光のレールが出現し。
繋がった鎖を鳴らしながら、王都高回線をハイパーホースが行く。
「休む時は、休まないとな……」
二つ一組の椅子が、車内左右に多数並んでいる中の最前席。
そこにジン太は座り、窓の向こうに見える風景を物憂げに眺めていた。
「……」
隣に座る少女が、意味深い視線を投げていることに気づかずに。
その銭湯は、第二地区の西寄りに建つ。
「――やー!ちょっと内装変わったか?」
玄関から一枚の扉を越えると、そこは炎銭のロビー。かなりの人が集まり賑わっていた。
奥にある暖簾は、青と紫の二種。
「いらっしゃい、大人は400ルビィだよ」
そこのフロントにいる老婆に硬貨を渡し、ジン太一行は暖簾によって二分される。
「おっ、あの張り紙の才物!最新の【武装補助・剣式】じゃねぇかっ。欲しいな!」
右側の壁を指差すジョージ。そこに描かれた格好いい剣は、ブルーシュア社の最新式。
「おいら剣じゃないし。ロインだろ」
「ふふ、僕の剣がっ。僕の新調(される予定)したマイソードッ!!がっ!?どうしたよっ!」
男性陣は、青い暖簾の向こうへと。
「暗い顔ですね。メリッサ」
「え……そう?フィルさん。……じゃなくフィルね」
「あっ、シャンプー忘れたっ!」
「私が持ってるわマリン。そうなると思って」
女性陣は、紫の暖簾を潜って。
別々の脱衣場に入って行った。
「傷跡多いなー。ジン太の体。右腕の目立つ」
「旅をしてると、どうしてもな。この腕の傷は海賊と戦った時のだ」
「海賊ゥ!?その話くわしく!」
脱衣籠に衣服を放り込みながら、ジン太達は楽しく話をしている。
「やはりというか、二人も相当鍛えてんだな」
「まあ天上学院生だし。あそこ、入学試験に戦闘試験があるぐらいだから」
「才力を極める道は、戦闘に通じるってな」
このアスカールに来てからの数か月間で、それなりに仲良くなった様子だ。
「……女湯……男湯。壁で仕切られ……しかし露天風呂ならっ」
ロインは一人不穏に、ある計画を立てていた。
「?どうかしましたか、私の体に何か」
「あっいや、ちょっと」
もう一方の脱衣場では、一人の女性が客達の注目を集める。
「すごい……」
「あの人……似てない?」
キャミソールを脱いで下着姿になったフィル。彼女の放つ肉体の輝きは、同性ですら自然に惹きつける。
(綺麗・きれい――きらきら輝いている。あまりに過ぎるっ)
人間離れし過ぎた女体。見た者に人外の印象を与える美。
無意識にそれを見てしまう、メリッサ。
「……鼻息荒いわよ」
「うそっ!?」
メリッサは顔を赤く染め、フィルは構わず服を脱いでいく。
「お風呂~♪大きいお風呂~♪」
「行くぜ!」
入浴準備が終わり、脱衣場の扉が開かれた。
「――大きいな」
ジン太は、湿った石の床に足を置く。
湯煙が広がる大きな空間。中央には丸く巨大な浴槽が配置され、獣型の像の口から新湯が注がれている。王都の地中に張り巡らされた、【水道才管】によって出ているお湯だ。
タイミングが良かったのか、客の数は程々。
「懐かしき湯の地!一番乗りはっ」
「僕だっ」
浴槽に向かって走り出す、タオルを巻いたケビンとロイン。
「おいっ!走んなよ!」
「ガキか……」
ジョージとジン太は、呆れ気味な顔で後に続く。
「……お~、疲れがそぎ落とされていく~」
「……いい湯だっ。こりゃ」
頭にタオルを乗せ、楽々な声を出すジン太。身体中に染み渡る湯の温かさが、積み重なった疲労を流していく。顔に当たる湯気すら心地いい。
(少し根を詰めすぎていたかな……【イレギュラー】を上手く使えなくなって、焦っていたのかもしれない)
目を閉じ、心の赴くままに心身を休ませる。
旅の合間に一休み。それも時には必要だ。
「来てよかったな……」
気分よく入浴中のジン太達。
しかしその中に、怪しげな視線を飛ばす者あり。
「あの扉の先に……露天風呂――」
「――それで悩みって?」
「……えっとっ」
男湯と似た構造の女湯にて。
フィルとメリッサは並んで大浴槽に浸かり、なにやら真剣な雰囲気。
「おっおっー!これがシャワーっ」
壁際に並んだ多くのシャワーを見て、無邪気によろこぶのはマリン。
「面白いっ」
シャワーから発生した輪型の波動を右手でいじくり、遊んでいる。右に回すとお湯が・左に回すと水が出る。切り替わる度に輪の色も変わり、赤・青・赤・青・赤……。
「どうやったら、そんな綺麗な肌を……じゃなくっ!」
顔を赤くして、メリッサは話を始めた。赤いのは熱さの所為だけではないのだろう。
「あたし……この間の実戦で全く動けなくて」
最初はぽつりと。
「頭がぐちゃぐちゃで……相手を殺したらどうしようとか……自分が死んだらどうしようとか……そのせいで、攻撃が当たらないし」
薄暗い感情を吐き出すように、彼女は想いを語っていく。
「みんな戦っているのにっ。なにもっ」
声を詰まらせながら、悲痛なそれを。
(――船長ね。こうなるようにしたのは)
おそらくあの男が、自分の事を話したから。とフィル。
(でも――)
その悩みには応えられない。そう思ったから。
「ごめんなさい。きっと助けにはなれないわ……」
「え……?」
ただ事実のみを伝える。
(私を冷静な、恐怖を抑えて戦う戦士だと思っているのでしょう)
その認識は誤りだということを。
(最初から、ずれているのよ)
「……どうして、だっ」
目の前の状況にジン太は歯噛みする。
場所は男湯・露天風呂。
「――そこをどけ」
「……」
睨み合う二人の男を、月光が照らす。
性質を分けるなら、守る者と覗く者になるのだろうか?
「どかないなら……」
覗く者の視線は湯の先、竹で出来た壁の向こうに。
その前に立ち塞がる微塵も揺るがない壁。
「力づくでどかしてやろう!」
とうとう走り出す侵略者。
湯の中に立つ守護者を撃破せんと、右の拳を振り上げた。
「ぐふっ!」
タオルが舞い、一発で決着は付く。敗者は湯に沈み、勝者は真剣に言い放つ。
「――覗きは許さん。例え冗談でもな」
【ぐすっ……ぐすっ】
【ごめんメリッサ……】
(まさかロインが秩序側に回るとは)
珍しいこともあるもんだと、ジン太は何食わぬ顔で露天風呂を楽しむ。